美しさは時代を超える(長い物語の先編)

こんにちは。
杞優橙佳です。

前回のエントリで
『美しさは時代を超える』というお話をさせていただきました。

Youtubeで動画を見ていたら、hide with Spread Beaver - ROCKET DIVEが流れて、昔好きだったなあと思いな...

そして物語制作においても同じことが言え、
つかみの1秒で物語を美しいと思えるかが決まるだろうという話をしました。

科学者の研究によると、
美しさとは「とても強烈な」快の感情であり、
美を感じるためにはたったの“1秒”あれば十分だということです。

これは美しさの一面を捉えていると思います。

ですが一方で
私たちは、長い物語の先に美しさを感じることもあるのではないでしょうか。


他人の人生に美しさを感じることはありませんか

私は誰かが、ひとつのことを追求しつづける姿に
美しさを感じることがあります。

例えば私が美しさを感じるのは、
プロ野球のイチロー選手の人生です。

イチロー選手は小学校の作文で
『僕の夢はプロ野球選手です』と書き、
皆にプロ野球選手なんかなれるわけないと
笑われながらも練習をひたすら重ねて、
神戸に本拠地を置くオリックス球団のプロ野球選手になりました。

そして日本で7年連続首位打者という前人未到の大記録を打ち立て、
メジャーリーグに移籍してからもシーズン最多安打や
10年連続200本安打などの大記録をつくり、
歳を重ねて打てなくなってきても笑顔で野球を続け、
日米通算、現役28年目を迎えた2019年3月21日、
日本で行われたメジャーリーグの開幕戦で
日本のファンからあたたかい祝福を受けながら引退しました。

そして引退後は草野球を本気でやるんだと言って
自主トレ仲間と草野球チームを設立し、
将来は草野球リーグをつくって
神戸のスタジアムで決勝戦をやるんだと
野球を続けているのです。

このイチロー選手の生き様に私は美しさを感じます。
本当に野球が好きで、野球に真摯に取り組み、
自分をプロ野球選手にしてくれた神戸に
深い愛情を持っているとわかるからでしょうか。

特に強く美しさを感じたのは、
神戸でプロ野球選手になったイチロー選手が、
神戸を草野球チームの聖地にしたいと活動されているところです。

なぜ美しいと感じるか

2つの要素があるためと考えます。

1つは人生の儚さであり、
もう1つはおさまるべきところにおさまったという
快の感情です。

こう書くと普通の人生だけでは美しくないのか?
と思われるかもしれません。

そうではないです。

私は人生は常に美しいと考えています。
なぜなら生まれて、死ぬという人生の流れが
おさまるべきところにおさまったという
快の感情を想起するからです。

※上記の定義で考えた時、事件や事故に巻き込まれての死は、
 快の感情を想起しづらいこともあり、
 美しいと言いづらいです。
 ただその場合は遺族も含めての
 家族の人生が美しくおさまっていれば、
 一人の人生で描く美しさより、
 もっと美しい人生だと感じます。

おさまるべきところにおさまった人生は常に美しいです。

では翻って美しい物語とはなにかを考えてみましょう。

それは、人の人生のある一片を切り取った時
(これを物語ということもできるでしょう)
始まりと終わりがピタリとおさまっていること、
これを私は美しい物語と考えます。

先程のイチロー選手の例であれば、
繰り返しにはなりますが、
神戸でプロ野球選手になったイチロー選手が、
神戸に帰ってきて、
神戸を草野球チームの聖地にしたいと活動されているのが
本当に物語として完成されていて美しいなと。
(もちろんこれからもイチロー選手の物語は続くのですが)

美しさを物語に活かす

おさまるべきところにおさまったという快の感情
=美しさとするならば、
それを物語に活かす事を考えましょう。

例えば私が自分の作品で
一番美しいと感じたエピソードをここに紹介します。
ルノワール・ラブラカニラという
敵キャラクターのエピソードです。

私の作品のルノワール・ラブラカニラ

というキャラクターは、
芸術の国アルテリアに生まれ、
アルテリアの文学を愛して生きてきました。

彼はアルテリアの宰相にまで登りつめたのですが、
近年アルテリアの文学で表現される生死が
徐々にリアルから乖離した妄想の産物に
なっていることへ危機感を感じ、
リアルな生死の表現をアルテリア文学に復活させるため、
アルテリアと隣国ロマリアとの戦争を画策します。

そんな彼の野望は
物語の主人公アイン・スタンスラインによって暴かれ、
アインはルノワールへ、あなたを処刑すると伝えました。

ルノワールは自分が死んでも何も変わらない、
戦争は終わらないといいますが
アインはアルテリアの王がきちんと
国を運営すれば戦争は終わると言い切ります。

「自分のやったことは全て無に帰すのだ」
とルノワールが思ったとき、アインはルノワールへ
貴方は文学の中で数世紀先も生き続けるのだと伝えます。

ルノワールは最後に笑います。

「なるほど、美しい終わり方だ。私自身が文学の素材になることは考えなかった」と。

文学を愛し、文学の復活のために生きてきたルノワールが
文学の中で永遠に生き続ける……
これ以上美しいエンディングはないのではないでしょうか。

このような美しいエピソードが、
私の作品には多く散りばめられています。

よかったら読んでみてください。

 この記事へのコメント

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  3. […] 確かにこの言葉の登場によって、『人がなにかに一途に取り組んで達成し、衰え、自分がなにかを目指すきっかけとなった場所に恩返しをする』といった美しい物語も、エモいの一言で済まされるようになりました。 […]

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