「斜に構える」かっこよさに憧れる原因

2020年12月23日

 私は、4、5年前からエレファントカシマシが好きです。宮本浩次(みやもと こうじではなく、みやもと ひろじ)の音楽への取り組み方に共感しますし、音楽番組で見せる純粋な音楽愛が好きなんです。今でも「俺たちの明日」の歌詞に心打たれ、「今宵の月のように」をヘビーローテーションしています。

 そんな宮本浩次について、Webニュースが掲載されていました。斜に構えるかっこよさは横に置き、考え方を変えたという記事です。

 結成は81年。中学の同級生である石森敏行、冨永義之、そして冨永の高校の同級生、高緑成治が加わり、86年には現在の4人になった。力強いロックサウンドに、熱いボーカル。レコード会社のオーディションで入賞するなどし、88年、バンドはメジャーデビューした。「鳴り物入りだった」との言葉通り、同年秋には、注目の若手バンドとして読売新聞の紙面にもその名が登場する。

 だが、人気は定着しなかった。客席を暗くせず、明るいまま公演を行うなどの、奇をてらった面が目立ったのかもしれない。「レコード会社の人も事務所の人も、私たちの音楽が好きだったし、こいつらを売りたいと思ってくれた。熱いファンもいて……」。しかし、そんな彼らの思いに「私が応えきれなかった」。

 契約終了。絶望も覚えた。結婚し、家庭を持ったメンバーもいる。「まだ修業だ。全然力を出していないから」と自分に言い聞かせた。けれど、屈託なく楽しそうにしている若者を町で見かけると、夢破れた自身と対比してしまう。「冗談じゃないよ」と涙があふれた。

 「あんたも、もうちょっと分かりやすい曲作れば良かったのにね」。年末、テレビを見ながら親類が明るく言った。「両親もおばちゃんもみんな、売れ線のものを歌えってさ。でも僕らまだ若かった。次の音楽的な道筋も見えて来てたんだ」

 考え方を変えた。斜に構えるかっこよさは横に置き、ヒットを飛ばす歌手らの曲を聴きあさった。小沢健二やスピッツ、Mr.Children……時代の主流の音を吸収し、力を蓄えていった。

 新たなレコード会社との契約にこぎ着け、96年に「悲しみの果て」をシングル曲として発表。「涙のあとには 笑いがあるはずさ 誰かが言ってた」と、苦しみの中でこそ見える希望を素直に歌い、多くの人の心をつかんだ。

契約終了に絶望…親戚は宮本浩次に明るく告げた「あんたもっと売れ線を歌いな」

 本エントリーでは、この斜に構えることについて、書きます。

 

若い頃は斜に構えるかっこよさに憧れがち

 私も、中学校から大学生にかけて斜に構えるかっこよさに憧れていました。

 「斜に構える」とは、『物事に正対しないで、皮肉やからかいなどの態度で臨む。』(デジタル大辞泉)の意味で使われています。 何となく、以前書いた記事の「パロディ」を思い出しますね(パロディ、オマージュ、パクリの定義と特徴)。

※パロディ(英語: parody、ギリシア語: παρωδια)は、他者によって創作された文学や音楽、美術、演説などを「模倣」し、「意図的に滑稽さや皮肉を付け加えて」作り替えられた作品、及び作り替える行為を指す用語でした。

 

 そう。「斜に構える」人は、いわば他人の意見をパロディしている、といっても良いのです。
 実際、私が斜に構えていたころの言動は、身だしなみを崩したり、教師へ従順に従わなかったり……真面目な子たちの行動を皮肉したものでした。

 ですが、「身だしなみを崩したり、教師へ従順に従わないこと」が当たり前の社会だったら、私はそうしたでしょうか。きっと、しなかった。「斜に構える」私は逆に、身だしなみを整えたり、教師へ従順に従ったでしょう。

 

斜に構えてしまう原因

 この斜に構えてしまう原因は何なのか?を考えてみました。
 理由はおそらく、自分に自信がなかったことです。

 私は以前の記事(パロディ、オマージュ、パクリの定義と特徴)で、パロディを『ゼロから創るという才能のない「凡人の表現」ということもできます。他人の創造力を活用することで、凡人でも天才の表現に近づくことができる、有益な手段なのです。』と書きました。

 私は中学校から高校生にかけて、自分の表現に自信がないから、他人の創造力を活用しました。

 他人と違う行動をすることは、『自分を特別だと演出する一番簡単な方法』です。他人と同じ行動をして突出するよりも遥かに簡単に、凡人でも天才のフリができるのです。

 特別になりたかった私は、他人と同じ行動をして突出することを諦め、斜に構えて得るかっこよさを求めてしまったということです。

 

最近、斜に構えなくなった

 冒頭の記事で「あんたも、もうちょっと分かりやすい曲作れば良かったのにね」というフレーズがでてきます。私は、この台詞の深さに改めて心を打たれます。

 エレフェントカシマシが、斜に構えるかっこよさを横に置き、ヒットを飛ばす歌手らの曲を聴きあさって、「悲しみの果て」で多くの人の心をつかんだのは、他人と同じ行動をして突出したからです。

 ここでの学びは、世間に認められるためには、他人と同じ行動をして突出しなければならない、ということ。……若い頃は独自の道が左右に見えてしまうけれど、結局の所、新しい感性を認め、受けとめられる人が少ないんですよ。ヒットさせるためには、わかりやすい形にして届ける必要がある。最近そう、気づきました。

 

斜に構えてしまうときは、少しだけ思い出して

 みなさんも斜に構えてしまうときは、斜に構えるのは『自分を特別だと演出する一番簡単な方法』だと思い出してみてください。自分は今、楽な道に逃げようとしている?……と戒めるために。

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