「なろうデビューに未来は無い」本当に?考えれば考えるほど……

2020年7月26日




 「なろうデビューに未来は無い」というパワーワードがトレンドとなっておりました。なろうデビューとは「小説家になろう」で「デビュー(書籍化)」することです。

 えっ 小説家になろうでデビュー目指しているのに不穏なこといわないでよ!と思った方も多いのではないでしょうか。

 本エントリーでは「なろうデビュー」の問題点と、本当に問題なのかをつきつめて考えていきます。

なろうデビューの定義

 なろうデビューという言葉の定義から始めましょう。
 インターネット界隈で「なろうデビュー」という言葉は、下記の事象のことを指すようです。

【前提】
・小説家になろうなどのWeb小説投稿サイトで連載をしている。
・本になるだけの分量(10万字以上)を投稿している。
・人気がある(ブックマークが1万や2万と言われています)。

【事象】
・出版社から打診が来てデビューをする
・サイト内で出版社が企画しているコンテストに応募し、選ばれてのデビューをする

 これを「なろうデビュー」と呼ぶようです。

なろうデビューの問題

「なろうデビューに未来は無い」と唱える方々の主張は、

・新人賞や公募での受賞歴が無ければ物書きとしてやってけない。
(なろうデビューには権威がない)
・小説家になろうなどのWeb小説投稿サイトでうける作品は、読者の好みを分析し、読者にあわせたものであり、自分で流行を生み出す能力が身につかない。
(なろうデビューには先見性がない)
・執筆速度(1日2投稿以上が推奨)が求められ、プロットを綿密に組んで伏線を張ったり、回収したりする能力が身につかない。
(なろうデビューには計画性がない)

というところです。
これらの要因により、なろうデビューをしたとて長く続かない、だから「なろうデビューに未来は無い」という主張です。

本当に問題だろうか

 先に上げた問題について、本当に問題なのかどうかを掘り下げて考えてみます。

・新人賞や公募での受賞歴が無ければ物書きとしてやってけない。
(なろうデビューには権威がない)

→『権威がない作家の作品は面白くない、売れない』というのと同義かと思います。
 これについては権威がある方が、テレビやラジオで取り上げられて副収入を得たり、学校の先生になる道が拓けるので食いっぱぐれない。というのが正しいでしょう。

 面白くないや売れないという点については、新人賞や公募での受賞歴が無くても売れている方もいれば、受賞したとて売れていない人もいますので、多様ですとしか言いようがありません。
 もちろん芥川龍之介賞受賞の又吉直樹の作品が好きな方もいらっしゃると思いますが、『無職転生』や『転生したらスライムだった件』のほうが好きという方も多いですよね。

 ところで、テレビやラジオ、学校の先生になるから食いっぱぐれない……というのは、物書きにとってそれほど重要なことでしょうか。これらは箔が第一の権威主義、お金第一主義の拝金主義の賜物のように思われます。

 この権威主義、拝金主義は日本のメインストリームですので(お金持ちになる方法といった本が山ほど出ています)、否定はしません。理解しようと務めることも、多様化した社会では必要ですから。

 そして、小説を書くことがその人にとって権威やお金を身につける近道なんだとしたら、否定はしません。

 ですが、作家全員が権威、お金を重要視しているかというと、NOだと思います。むしろ「なろうデビューに未来は無い」が賛否両論になるということは、権威やお金を求める人は少ないのでは?

 つまりこの指摘は権威主義者&拝金主義者から、私たち作家も同じだと勝手に思われて声をかけられているけど、なんだかすれ違っている……そんな状態に思います。

小説家になろうなどのWeb小説投稿サイトでうける作品は、読者の好みを分析し、読者にあわせたものであり、自分で流行を生み出す能力が身につかない。
(なろうデビューには先見性がない)

→先見性を求められる社会かどうか、を考える必要があると思います。

 現代は、反知性主義が流行していると感じます。

 反知性といわれると、頭の悪い人を推奨するのか?と思われるかもしれませんが、そうではありません。反知性とはエリート主義と相反するもの。エリートは知識の仕入れ元によっては、偏見にとらわれて判断力を致命的に失う弱点があります。一方、私のような大衆は、時に曇りなき眼で、本能的に正邪を見わけることが出来まるじゃないかという考え方です。

 つまり簡単にいうと、難しい言葉で机上の空論を交わすんじゃなくて、現実に沿った行動しようよ、ということです。

 この考え方が主流になったため割りを食ったのは、大学院を卒業した修士や博士です。知り合いでも職につけなかった院生がたくさんいます。うちの会社でも大学院生に対する偏見がひどかったです。とはいえ、流行りだからね……。

 さて。新人賞や公募での受賞は、小説界隈での大学院卒業証書のようなものではないでしょうか。文章技術やアイデアをつきつめた結果、有識者に認められたという証拠……それが受賞だと感じるのですね。こういった技術の向上をうながす仕組みは、残しておくべきです。ですので新人賞や公募はなくしてはいけないと思います。

 しかし文章技術やアイデアが有識者に認められたからといって、生活できるかというと……大学院の修士や博士と同じ結果が待っているのではないでしょうか。大学院の修士や博士は、就職できずに食いっぱぐれたり、わずかな教授というポストをめぐって争っています。

 むしろ、コト消費、トキ消費といわれるように、刹那の時間を自分の好きに楽しみたいというニーズが発生しています。これらのニーズをつかめるのはむしろ「なろうデビュー」勢であり、読者の好みを分析し、読者にあわせた作品の書ける人々です。

 ですので、(なろうデビューには先見性がない)などと批判されることがあっても、社会で食べられるのは「なろうデビュー」作家になるでしょう。

・執筆速度(1日2投稿以上が推奨)が求められ、プロットを綿密に組んで伏線を張ったり、回収したりする能力が身につかない。
(なろうデビューには計画性がない)

→計画性を求められる社会かどうか、を考える必要があると思います。
 えっ 計画性が求められないような社会があるのか?と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし創作活動においては、筋書きのないドラマほど面白いものはない、ともいえます。

 私が欅坂46の活動休止に深く感動したのも、平手友梨奈が20歳になるまえに活動休止して、欅坂46を10代の青春の満ちた宝箱として閉じ込め、伝説にするというはからいがあったからです。これが5年前に計画されていたかというと、絶対にないと言いきれます。

 創作活動でも何でもそうですが、ひとつのぶれない目的を持ち、走り続けたならば、そのドラマは脱線を繰り返しても元の道に戻ってくるはずです。そして筋書きのないドラマが、戻ってくるべきべきところに着地したとき、強く心を揺さぶられます。例えばイチローのように

 プロットを綿密に組む力はもちろん必要ですが、「なろうデビュー」作家のように毎日作品を投稿するという縛りを加えることで、筋書きのないドラマを生み出すスキル……これも令和の作家に求められるスキルだと考えます。

※得点を取るために努力を重ねる姿は、小説が、スポーツになったということができるかもしれません。

 この筋書きのないドラマを生み出すスキルを磨けるのは「なろうデビュー」作家。だとすると、今の時代にあうのは、「なろうデビュー」作家だといえます。

「なろうデビューに未来は無い」考察まとめ

 なろうデビューの問題と、本当に問題なのかを突き詰めて考えました。

・なろうデビューには権威がない
・なろうデビューには先見性がない
・なろうデビューには計画性がない

 という3点の問題に対して、

・なろうデビューには権威がない
→問題と捉えるかどうかは、作家にとって権威やお金がどれだけ重要かによる。

・なろうデビューには先見性がない
→読者のニーズを捉える力は「なろうデビュー」作家のほうが遥かに高い。

・なろうデビューには計画性がない
→筋書きのないドラマこそが、人の心を揺さぶる。創作活動はスポーツだ。

 という3点の見解を書きました。
 意外と、未来のある結論が導き出せたのではないかと思います。

 令和時代は、まさに多様化する社会です。
 どんな作家スタイルも許される社会ですので、自分のスタイルを確立して、素敵な創作ライフを楽しんでください。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
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