第3回:現代日本で“ファンタジーに逃げず”に満足できる人の特徴
―― 日常という「地味な奇跡」に気づく人々
この現実を「良い」と思える人たち
暑い夏の日に麦茶を飲みながら団扇であおぐ。
仕事帰りに寄ったコンビニで、おにぎりと缶コーヒーを買う。
ふとした休日に近所の神社を歩く。
それは特別な物語でも、劇的な成功でもない。けれど、そうした日常の中に「心地よさ」や「満足」を感じている人は、確かに存在します。
一方で、ファンタジー小説や異世界転生、理想の海外生活など「今とは違うどこか」への憧れに生きる人も多い時代。
では、この現実にちゃんととどまり、今の日本で“満足して生きている人”にはどんな特徴があるのでしょうか?
1. 「特別」を追いかけない、“小さな感動”の感度が高い
ファンタジーに惹かれる人が「非日常」に心を動かされるのに対し、現実に満足している人は日常にある“ちいさな非日常”に気づける人です。
- 雨の音が心地よかった
- スーパーの豆腐がやけに美味しかった
- バスの中で赤ちゃんが笑っていた
そんな一瞬に「悪くないな」と思えるセンス。
この“微細な感動を受け取る力”は、現実の生活をファンタジーに変える魔法のようなものです。
2. 他人の理想に巻き込まれない、「自分の幸せ」を知っている
「海外で悠々自適に暮らす人生が幸せ」
「年収1000万円になったら自由」
「もっと自分を高く評価してくれる場所があるはず」
SNSや現代の情報環境は、こうした“他人の理想”で満ちています。
でも、現実に満足している人は、それに飲み込まれません。
彼らは他人の人生を羨まないわけではなく、「それは自分の欲しいものじゃない」と気づいているのです。
彼らにとっての幸せは、「子どもとご飯を食べる時間」だったり、「黙って作業に没頭できる日」だったり、極めて個人的で静かなもの。
だからこそ、周囲に惑わされずに“今ここ”に留まることができるのです。
3. 不完全なものを受け入れる「寛容さ」と「折り合いをつける力」
日本という国は、完璧ではありません。
経済格差もあるし、制度の矛盾もあるし、人間関係も面倒。
それでも「完璧じゃないから全部ダメだ」と切り捨てるのではなく、「それでも悪くない」と思える人たちがいます。
- 使いづらい役所もあるけど、手続きすればちゃんと進む
- 古くて不便な街並みにも、味がある
- 上司が嫌でも、職場のメンバーはいいやつばかり
こうした“折り合い力”を持っている人は、欠点を受け止めつつ、良さを見落とさないバランス感覚を持っています。
それは現実逃避ではなく、現実との共生です。
4. 「意味のないこと」にも意味を見出す想像力
満足して生きている人は、「役に立たないもの」を愛する傾向があります。
- 近所の銭湯のタイル絵
- 見慣れた団地の猫
- 祖父母の家の古い柱時計
それらが何かの成果につながるわけではなくても、彼らは意味のないものを意味あるものとして扱う感性を持っています。
つまり、自分でこの世界に意味をつけて生きている。
これは、ファンタジーを読む人が「与えられた物語」に感動するのとは逆に、現実に“物語の種”を見つける視点と言えるかもしれません。
5. 「ここにいられること」に感謝している
結局のところ、現実に満足している人が持つ最も強い資質は、“今ここにいられること”そのものへの感謝かもしれません。
- 住める部屋がある
- ご飯が食べられる
-誰かと話せる日がある
こうした当たり前の中に「ありがたいな」と感じられる人は、派手な成功や非日常を必要としません。
その心には、静かな満足が宿っているのです。
おわりに:「ファンタジーを読まない」のではない、「現実をファンタジーにできる」人たち
ここで大切なのは、「ファンタジーに逃げるのが悪い」という話ではありません。
物語の世界には力がありますし、誰しも時にはそこに避難する権利があります。
でも、現実に満足できている人というのは、物語の力を外に求めるのではなく、現実の中に“物語のような美しさ”を見出せる人なのかもしれません。
何気ない毎日。誰も気づかない変化。
それらを、退屈ではなく「豊かさ」として味わえる人。
その心があれば、日本の中でも――どこにも行かず、誰にもなり変わらずに――人はちゃんと、幸せになれるのです。
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