シン・エヴァンゲリオン劇場版 感想「さよならとありがとう。気持ちよくお別れが言えた」

2021年4月11日

 シン・エヴァンゲリオンを見てきました。
※感想は、どうしても自分語りから始まってしまうことをお許しください。

 24年前、中学生だった私はエヴァンゲリオンと出会い、そのスタイリッシュな表現に心を掴まれました。TV版25話26話は繰り返し見て、セリフを覚えるほどでした。旧劇を見て放心状態に陥ったのもいい思い出です。これは凄まじいものを見た……と、感受性豊かな中学生の私は、庵野監督の信者となりました。

 それから24年、早いものですね。

 大学のときに新劇場版・序が始まり、大学院で新劇場版・破を見ました。社会人になって同僚と新劇場版・Qを見に行き、クエスチョンマークが浮かんだのも良い思い出です。そして、シン・エヴァンゲリオンは弟と見に行きました。

「虚構ではなく現実を生きなさい」という、旧劇から変わらないメッセージを、丁寧な描写により見せてくれた映画でした。

 最後はシンジとマリが手をとって、現実世界を駆け出していきました。ちまたで言われているマリ=安野モヨコさん説がしっくりきましたね。庵野監督は、モヨコさんと出会って、虚構ではなく現実を前向きに生きることができるようになったのでしょう(3/22 プロフェッショナル 仕事の流儀 「庵野秀明スペシャル」を見て、モヨコさんがいなかったら、庵野監督は命を失っていたかもしれないと感じました)。

 ただ、現実を生きなさいと突き放す描き方ではなく、虚構で悩んでもいい。成長して現実を生きようねという暖かさを感じました。これは旧劇の頃にはなかった優しさです。

 エヴァンゲリオンに魅せられた人々が、エヴァンゲリオンとの思い出にけじめをつけられた作品でしたね。

 印象的なシーンはたくさんありました。 

・序盤と終盤で、まったく受け取り方が変わるマヤのセリフ。
・人の死を受け止めることができるようになったシンジを認めるゲンドウ。
・アスカとレイがシンジを好きになるよう仕組まれていたという設定(視聴者が25年間かけて培ってきた常識の破壊でしたね)。
・葛城艦長が、最後に葛城ミサトになるところ。
・Qでのサクラやミサトの言動が、シンジを思ってのことだったとわかるところ。
・ミサトやリツコの格を落とすことなく、冬月先生が一枚上手と思わせる艦隊戦(最後の一手があるという情報を隠しておき、最後にリツコに気付かさせる演出)。
・成長したトウジとケンスケ(ニアサーは、人々にとって天災だったでしょう。けれどひどい状況でも、やれることをして日々を生きている第三村の人々に前向きな活力をもらえました)
・エヴァの呪縛から解き放たれて、帰るところを得たアスカ(TV版や旧劇を通して素直になれなかったシンジとアスカですが、シン・エヴァンゲリオンでようやく、「シンジの事好きだった」「僕もアスカが好きだった」と対話したのは良かった)
・人間の証である、髪ののびたレイ。
・S-DATによる表現(旧劇を示す25,26曲目をループしていたが、マリによって27(新劇:破をさす?)、カヲルによって28(新劇:Qをさす?)、最後はゲンドウによって29(シンエヴァ?)に到達。しかもこのS-DAT、何度も失くしかけ、そのたびにユイのクローンであるレイが拾ってくれたのです。ゲンドウを補完するためのユイの計画だったとも思えるほど。ユイさんは女神でしょうか)
・渚司令と加持さんの相棒感(渚司令といっていたけど、カヲルは碇司令と対になる存在なのかもしれませんね。シンジに対する厳しさの集合体がゲンドウで、優しさの集合体がカヲル。カヲルがシンジを絶対に裏切らなかったのは、父親だからなのかもしれません)

 色々と書きましたが、私はとくに、ミサトさんが葛城ミサトとしてシンジくんに命のバトンを託していくシーンに、胸を掴まれました。逃げ続けたシンジくんが、人の死を受け止められる大人に成長したところで、言葉にできない感情が溢れて涙が出ましたね。

 かつて庵野監督は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』所信表明として、こう語っていました。

 「エヴァ」はくり返しの物語です。
 主人公が何度も同じ目に遭いながら、ひたすら立ち上がっていく話です。
 わずかでも前に進もうとする、意思の話です。
 曖昧な孤独に耐え他者に触れるのが怖くても一緒にいたいと思う、覚悟の話です。
 同じ物語からまた違うカタチへ変化していく4つの作品を、楽しんでいただければ幸いです。

 シンジくんは新劇場版でも、くり返しひどい目に会いました。何かができると思ってエヴァに乗ったのに、ニアサー、フォースで世界を壊し、大事なものを失い、膝を抱えて、ですがそのたびにまた立ち向かっていきました。

『立ち向かうたびに失敗して、世界を不幸にする』

 何をやってもうまくいかないのは、親であるゲンドウの仕組んだ道だったのかもしれません。親が子供の道を定めようとするから、子供は世界を(親を)不幸にしたと思い込んだ。
 シン・エヴァンゲリオンでは、ゲンドウの補完をきちんと描くことで、絶望の輪廻から、シンジくんを断ち切ってくれました。

 庵野監督。エヴァンゲリオンをしっかり終わらせてくれて、ありがとう。24年前に庵野監督の信者となった私は、シン・エヴァンゲリオンによって、気持ちよく「さようなら、全てのエヴァンゲリオン」と別れを言うことができました。

 

 さて、ここからは、庵野監督の作品を見て、創作活動をはじめた作家としての感想です。