わたしたちが物語を書くべき理由

2020年8月18日

物語がなきゃ生きていけない人たちと、作品を面白くすることの話
というエントリーに、共感を覚えましたのでシェアします。

 あえて、主語を「わたしたち」と大きくしています。このブログを読んでいる方なら、わずかでも共感していただけるかなと思いましたので。

自分がマトモじゃないという自覚があるのなら、今更マトモになろうとするんじゃなくて、今のまま幸せになる方法を考えた方が良い。

 人間って、吃驚するくらいに何も変わらない。一度構築された人間性を変えることは、殆ど不可能に近い。だから、自分がマトモじゃないという自覚があるのなら、今更マトモになろうとするんじゃなくて、今のまま幸せになる方法を考えた方が良い。物語を必要としない人間なんか、僕には宇宙人と同じだ。

 私も、一般人に擬態して生きています。異性にモテて、出世して、お金を稼いだら幸せでしょ?……そんな価値観に染まれない自分。

 自分を無理やり曲げて社会にあてはめても、幸せになれないと気づいています。会社でも権力にひざまずくことができなくて、自分の考える正義をつらぬきながら、日々戦っています。

 そんななか、今更マトモになろうとするんじゃなくて、今のまま幸せになる方法を考えた方が良いというのは、胸を貫かれました。

 たぶん、今のまま幸せになる方法のひとつが、小説なんだと思います。理由は後述します。

自分の書く物語に救われる

 物語を書いていると、どこかのタイミングで物語が自分を救ってくれていることがあります。

 例えば私は、自分自身が腎臓の病を持っていて、普通の人と違うことにずっと負い目を感じていました(腎移植の手術をしてからは、考え方も変わっていますが、2018年まではモヤモヤと心の奥に霧がかっていたのを覚えています)。

 そんな私は、プロジェクト・レボリューションという作品で、目の見えない少女ジェダと、カリアス・トリーヴァのやり取りに心を救われました。

「目の見えない少女よ。養われている身だからといって、自分の好奇心や夢を諦め、絶望し、萎縮する必要はない。ただ、この男に感謝さえしていればそれだけで十分だ」

「初めて聞く声。あなたは、障害を持っている私でも認めてくれるの?」

「そうだ。私は科学者として、小さい世界に対して好奇心を抱く君に魅力を感じている。視力を失ったことが、かつて見た世界を深く掘り下げる欲求に繋がったのだろう。だとすれば障害によって、人と違う感性を育むことができた、ということになる。それは君の才能だ。今の人類は、そういった才能を欲している」

 自分の抱えている課題に答えを出せるのは、実のところ自分だけな気がしていて、その意味でも心にもやもやを抱えている人は、みんな小説を書いてみるべきだと思っています。

自分の書くキャラクターが自立する

 自分の作品の主人公に、自分を重ねる作家さんもたくさんいらっしゃると思います。

 私はどちらかというと、自分を重ねるわけではなく、主人公に自分の理想を体現してもらうタイプです。

 例えばアイン・スタンスライン(https://ncode.syosetu.com/n6130gd/

 彼は私の思い描く最高のリーダーです。社会人になった当時、役立たずだった自分が、誰かの役に立てるようになるにはどうすればいいか?を考え続けて、20代のすべてを捧げて、理想のリーダーを追求してきた結果が彼です。

 私は彼以上のリーダーはいないと思っていますし、いまでも悩んだときはアインならどうする?と考えることがあります。

 まさにこれで、自分の作り出したキャラクターが、今の自分には絶対できないような主張をしてくれるのが本当に面白いです。

物語がなきゃ生きていけない人たちが、小説を書く理由

 この話を受けて、物語がなきゃ生きていけない人たちが、小説を書き続ける理由は二つあると思いました。

・自分の中に抱えているモヤモヤを形にすることで、自分が救われることがある。
 →自分の課題を物語が解決してくれることがあります。
  ほしい言葉をかけてくれることがあります。

・自分の作り出したキャラクターが自立する。
 →キャラクターは自分の一面を切り取った存在です。
  陰陽いりまじった自分をキャラクターとして切り出すことで、
  キャラクターが自立すると、自分にとって最高の遊び相手になります。

 公開を前提としない、誰に見せるでもない、自分のための作品を書いてみるのもいいですね。自分を救える物語だからこそ、誰かを救うことができると思いますから。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
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