All For One, One For Allは間違っている
「All For One, One For All」(一人はみんなのために、みんなは一人のために)という、ラグビーなどでチームワークを表す有名な言葉があります。
しかしこの言葉は間違っていると今回は伝えたいです。
きっかけはラグビーワールドカップ
ラグビーワールドカップ、楽しんでみていました。ワールドカップ前に特番が多くて、ラグビーのルールがある程度頭に入りました。
前に投げてはいけないけどキックはOKとか、トライで5点、トライ後のキックで2点、ペナルティキックドロップキックで3点とか。ポジションごとに役割があって、ある選手は像のようにフィジカルが強いけど、ある選手はチーターのように足が速いという風に、特徴ある選手が揃っていると。
その知識を仕入れた状態で見てみると、ラグビーは面白いです。思ったよりもロースコアな試合が多くて、逆転の可能性が残されたまま試合が進むのが面白かったです。
そんななか、報道番組でラグビー選手が出てくるたびに、All For One, One For Allという言葉がピックアップされます。これ、なんだか受け付けないんですよね。
局所的にはアリ
もちろんラグビーのようなスポーツで、All For One, One For Allを掲げて、みんなでトライに向けてボールを繋いでいく。というのはオッケーだと思います。仕事でも、ひとつの目的のために全員が協力して仕事を果たすというのはアリだと思います。しかし胸につっかえている違和感は何なのか。
例えばパワハラ上司が、おまえはAll For One, One For Allの精神がないな、と言って残業を強要するのはめちゃめちゃイラつきます。
そしてAll For One, One For Allを強要される世界の行き着く先は、「戦争で神風特攻してこい」を肯定することにつながります。これは絶対に肯定してはいけない価値観だと強く感じます。
All For One, One For Allを唱えるためには条件がある
All For One, One For Allを唱えるためには条件があると考えます。例えば、ひとつの目的に向かう同じ意識レベル同じ技術レベルの集団でAll For One, One For Allを唱えることはアリだと考えています。
つまりAll For One, One For Allの「One」はひとつの目的ということです。
逆に言えば下記の集団ではAll For One, One For Allはナシだと考えます。
目的が違う集団:
例えば個々人のプライベートって生きる目的が違うわけです。それなのに休日、会社の集まりに顔出せと強要するのはナシだと感じます。個々人によって生きる目的が違うわけです。それなのに休日、会社の集まりに顔出せと強要するのはナシだと感じます。
意識レベルが違う集団:
プライベートを重視する人と、ワークを重視する人では仕事に対する意識レベルが違うはずです。なのでAll For One, One For Allが通用するのは同じ価値観を持つ集団の中だけの話で、違う価値観を持つ人に対して強要するのはナシだと思います。
技術レベルが違う集団:
目的と意識レベルが同じなのであれば、もちろんそれぞれの人間が自分のできることをやって全体に貢献すれば良いので、技術レベルが違ってもAll For One, One For Allは成り立つはずです。
しかし日本の会社で、マネジメント能力の低い上司だと技術レベルの違う集団ではAll For One, One For Allは成り立たないというのが私の認識です。
例えばIF文しかかけないプログラム初心者と、3Dゲームが作れるようなプログラマではやれることが違うはずです。よくやりがちなのは、All For One, One For Allを唱えて初心者に上級者レベルの仕事を要求すること。チームのためなんだから背伸びしてがんばれよ!とか言いがちですよね。個人的には、極端に能力以上のことを強要するのはナシだと考えています。
All For One, One For Allは時と場合を考えて
結論としては、ラグビーというスポーツは非常に面白いということです。トライのために自己犠牲の精神でボールを繋ぎ、みんながつないでくれたボールだと感じてトライのために走る、そんな姿は感動を呼びます。
けれどAll For One, One For Allの価値観を、絶対的に正しいと考えて国民に強要するのは間違っていると思います。
ラグビーワールドカップの期間中は、All For One, One For Allこそが今の日本に必要だという高齢の解説者をよく見ました。こういう時代錯誤の人たちは地上波から消えてほしいですね。
All For One, One For Allを説くのであれば、同じレベルの集まりであればという前提をつけるべきです。この前提をなくしたAll For One, One For Allは世の中に不幸しかもたらしません。
All For One, One For Allの「One」はひとつの目的だと理解した上でつかうのが良いと感じます。
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