創作ネタ | 令和にウケるキャラクターの動機【鬼滅の刃に学ぶ】

2021年4月25日

 本エントリーでは、「令和にウケるキャラクターの動機は、シンプルに家族愛&怒りでいい」ということを、鬼滅の刃を例にして説明します。現代の私たちは、共同体の解体されたあとの世界で、寄り添うもののない世界で、家族と寄り添うわけです。

DMMブックスで「鬼滅の刃」を読んで感じたこと

 もう終了してしまいましたが、DMMブックスで初回購入限定最大100冊70%オフクーポンの配布を行っていました。

 こういった割引のチャンスで即座に動けると、得しますね。いずれ買うつもりだった本を、この機会に一挙購入しました。鬼滅の刃もそのひとつです。

 今日は鬼滅の刃 電子書籍版を一気読みして気づいた、キャラクターの動機についてのヒントを書きます。

 

動機はシンプルに家族愛&怒りでいい

 以前、「魅力的なキャラクターの動機は、怒りである」という記事を書きました。

好きだからというポジティブな感情だけで進み続ける主人公(いわゆる天才)」
 これに私たち凡人は共感できない。
 だから怒りを動機にすれば間違いない。

 という記事です。

 鬼滅の刃も、主人公竈門炭治郎の動機は怒りでした。 

 ただ、注目のポイントがあります。「魅力的なキャラクターの動機は、怒りである」で紹介したアルテの動機は、女性だというだけで認められない、という周囲の常識に対する怒りであったのに対して。

 竈門炭治郎の動機は、家族を殺した鬼に対する怒りでした。

 つまり、家族を奪った鬼に対する復讐譚です。

 この「家族を奪った何者かに対する復讐譚」……って古来から使われている共通でシンプルな構造なんです。シェイクスピアのハムレットだって、「デンマークの王子ハムレットが、父王を毒殺して王位に就き、母を妃とした叔父に復讐する物語」です。

 ハムレットはもはや錆ついた古い作品で、そんなの例に出されたって現代に通用しなよという方もいるかも知れません。でも、あの「半沢直樹」だって、ネジ工場の経営者だった父の命を奪った、銀行に対する復讐譚ですよね。

 このように「家族を奪った何者かに対する復讐譚」は古来から古来から使われている共通でシンプルな構造です。そして私は、現代において家族愛は、人気作の重要なポイントだと感じました。

 

 

現代は、共同体の解体されたあとの世界

 封建時代までは、助け合い・分け合い・自給自足する共同体社会でした。

 共同体とは閉じた社会のことで、いわゆる村のような存在です。共同体の構成員同士は知り合いで、その中での個々人の役割や立場がはっきりしています。人は共同体の一員になれば、その中で役割を与えられ生きていくことが可能でした。村長がいて、名家の一族がいて、その下で働く百姓がいます。

 百姓は百姓の分をわきまえて生活するから、上の人も可愛がります。だからこそ秩序があり、助け合い・分け合い・自給自足をすることができました。

 ですが、現代の私たちは、共同体の風習や人間関係のしがらみから解放され、自由で平等な個人として生まれ変わりました。

 資本主義のなかで、お金を持っている人が偉いという価値観が育ちまして。そのおかげで、今まで百姓だった人々が、村長や名家の一族と張り合い、お金稼ぎで勝つことができるようになりました。しかしその結果、村長や名家の一族は百姓を守る気が失せ、助け合い・分け合いをするという文化はなくなりつつあります。

 まさに現代は、共同体の解体されたあとの世界なんです。

 その世界の中では、人は寄り添うものを失います。誰もが競争相手で、相手を利用してでも成功しようとする悪が蔓延っているようです。

 だから私たちは、家族と寄り添う

 一昔前、親子は敵対する関係でした。両親は自分の価値観を押し付けてくる存在で、子供の意志を尊重してくれない。いわゆる、エヴァンゲリオンのシンジとゲンドウです。

 ですが、最近の若い子たちに話を聞いてみると、家族の仲がいいんですよね。

 現代の尾崎豊「15歳の夜」と呼ばれる【Ado】うっせぇわを聞いてみると、自己肯定感が凄いですよね。シンジとはまるで逆です。これは家族に愛されているからです。一昔前は、自分は天才ですと言い張る自己肯定感が育たなかった。

 つまり現代の私たちは、共同体の解体されたあとの世界で、寄り添うもののない世界で、家族と寄り添うわけです。

 

 

家族と寄り添う時代だからこそ、家族愛が万人に受け入れられる

 こういった時代背景を踏まえると、家族愛が万人に受け入れられるのも理解できます。

 みんな、家族のことが好きになっている世界です。家族を奪われたらどれほど痛いか、想像できます。家族を奪った鬼に復讐したくなる思いが共有できます。

 鬼滅の刃では、敵が鬼になった動機にも、家族が関係していました。例えば猗窩座は、身寄りのなかった自分の家族になってくれる人たちを奪われ、鬼となりました。今の時代の私たちは、猗窩座の気持ちもわかります。

 鬼滅の刃は家族愛の物語です。鬼殺隊は家族のために戦います。鬼は家族に嫉妬したり家族を奪われて鬼になります。

 ひたすら家族愛がキャラクターの動機なので、またかとなる人もいたかも知れません。猪之助の母親のエピソードなんかも唐突といえば唐突でしたから。でも、私は後半になってもボロボロ泣きながら読んでいました。家族愛は普遍です。

 家族と寄り添う時代だからこそ、家族愛が万人に受け入れられる。これは間違いないと思います。作家の皆さんも、家族愛を作品にぜひ組み込んでみてくださいね。