「斬新なアイデア」なんて先人が出し尽くしている|「自分がやる必然性」に価値を見出す思考法
「斬新なアイデアを出したい」。これは、あらゆる創作者が持つ願望ではないでしょうか。
私も何度となく考えました。斬新なアイデアさえあれば、みんなに面白いと認めてもらえるのに、と。しかし、思いついたアイデアを少し調べてみると、似たようなものがすでに山ほどあります。どんなに考えても誰かの二番煎じに見えてしまい、やがて「自分には才能がないのではないか」とふさぎ込む。
そんなとき、Togetterで見かけた言葉にハッとさせられました。
「美大に行って一番最初に言われたのが、『君たちが生まれるよりとっくの昔に全ての斬新なアイディアなんて先人アーティストが出し尽くしてる。オリジナリティや新しさにこだわるより、自分がやることの必然性に価値を見出しなさい』だった」
この言葉が、斬新さの呪いから解放してくれました。このエントリーでは、この気づきをもとに「オリジナリティとは何か」を掘り下げ、創作者が本当に追求すべきものについて考えていきます。
じゃあ「斬新なアイデア」って何?
冒頭の言葉で気づかされたのは、斬新なアイデアとは「ジャンルの絶対数が少ないときに、早い者勝ちで生まれるもの」だということです。
たとえばWeb小説というジャンルが生まれた当初は、何をやっても「Web小説初の試み」になります。異世界転生も、チート能力も、ステータスオープンも、最初にやった人がいたからこそ「斬新だ」と評されました。
しかしジャンルの作品数が膨大に膨れ上がるにつれて、何をやっても先人の二番煎じに見えてきます。小説家になろうで異世界転生ものが流行していたとき、昔のアニメや漫画を引き合いに出してパクリだと批評する方もいました。ですが、Web小説というジャンルの中では確かに斬新なアイデアだったのです。
それでも「今までWeb小説で見たことのない展開」を生み出すことは可能です。しかしよく調べてみると、それもまた「別のジャンルで先人アーティストが描いていたもの」であることがほとんどです。つまりは、現実のニュースやスポーツ、映画、漫画、評論などからの「枯れた技術の水平思考」にすぎません。
枯れた技術の水平思考とは、元任天堂のゲーム開発者・横井軍平氏の製作哲学で、「すでにある技術を別の用途に転用する」というリサイクル理論です。ゲームボーイの液晶技術は、当時すでに「枯れた」技術でしたが、携帯ゲーム機に転用することで世界的なヒット商品になりました。
Web小説の世界でも同じことが起きています。ほかのジャンルで使い古された手法をWeb小説に持ち込むことで「斬新」に見せる。しかしその「斬新」は、あくまで「そのジャンルの中で珍しい」というだけであり、人類全体の創作史の中では先人が通った道です。
斬新なアイデアを考えるのをやめていい
ここで冒頭の言葉が響いてきます。
「オリジナリティや新しいことを必ずしも追わなくてよい。自分がこれを書く必然性に価値を見出せば、それが唯一無二の作品になる」。
これは救いの言葉です。「何か今まで見たことないか?」を探し出す作業は、正直なところ誰にでもできます。インターネットを駆使して類似作品を調べ、まだ誰もやっていないニッチな組み合わせを見つけ出す。そうした作業は大切ですが、「自分以外の誰かがやっても別に構わないこと」ではないでしょうか。
一方で、「自分が書かなきゃいけないこと」を突き詰める作業は、あなたにしかできません。それはつまり、自分の人生はこのためにあったのだと胸を張れることを書く、ということです。
仮面ライダーセイバーに登場するストリウスという敵役は、「この世の全ては全知全能の書に記されており、あらゆる物語も技術も、人間が自らの手で生み出したものなど一つもない」と悟り、絶望した存在でした。「全ての物語には結末がある。だから人は死ぬときが一番美しい」と考えるようになったストリウスは、冒頭の美大で語られた言葉の「受け入れられなかった側」の人間です。
斬新さがすべて先人に奪われているという事実を、絶望として受け止めるか、救いとして受け止めるか。その分かれ目が、「自分がやる必然性」を見出せるかどうかにかかっています。
考えてみれば、読者が作品に惹かれる理由は「斬新さ」だけではありません。むしろ、読者が最も心を動かされるのは、作者の「本気」が伝わってくる瞬間です。設定が斬新であっても、作者の心がこもっていなければ空虚な作品になります。逆に、どこかで見たような設定であっても、作者が全身全霊で書いた作品には読者を引き込む力があります。「自分がやる必然性」とは、その「本気」の源泉にほかなりません。
「自分が書かなきゃいけないこと」とは何か
では、「自分がやる必然性」とは具体的に何でしょうか。
それはおそらく、悪いことも良いことも含めて、自分に与えられたものを受け入れることからしか生まれません。
私自身、病に冒されたとき、「なぜ自分ばかりこんな辛い目にあうのか」と絶望したことがあります。周囲からは「あなたよりもっと苦しんでいる人がいるよ」と慰められましたが、「だから私の苦しみが軽くなるとでも思うのか」と叫びたかった。社会規範に則れば、どんなに自分が苦しくても、もっと苦しい人のために祈るべきだったのかもしれません。
しかし私は、社会規範で覆い隠すことのできなかった本音の蓄積を、作品に封じ込めるようにしました。苦しみの中で湧き上がった「だったらお前がやってみろ。この苦しみの中、聡明で居続けてみろ」という叫びが、そのまま作品のキャラクターの台詞になりました。
このとき感じたのは、「これは自分にしか書けない」という確信です。同じ設定、同じプロットを別の作者が書いたとしても、この台詞は生まれなかったでしょう。なぜなら、この台詞は自分の人生経験から直接に滲み出たものだからです。
斬新なアイデアを追い求めていた頃には得られなかった手応えです。「自分がやる必然性」とは、自分の人生や体験、感情、価値観を作品に落とし込むことで生まれる、他の誰にも代替不可能な個性のことです。
必然性を見つけるためにできること
「自分が書かなきゃいけないこと」が見つからないという方もいるかもしれません。その場合は、以下のアプローチを試してみてください。
自分が最も感情を動かされた体験を思い出す — 嬉しかったこと、悔しかったこと、許せなかったこと。強い感情を伴う体験の中に、あなただけの物語の種が眠っています。
繰り返し書いてしまうテーマを自覚する — 気づくといつも同じテーマに引き寄せられている場合、それがあなたの「必然性」です。無理にテーマを変えるのではなく、そのテーマを深掘りしてみましょう。
他者の意見ではなく自分の本音を採用する — 「こういう作品が売れる」「こういう設定がウケる」という外部の声に振り回されず、「自分はこれを書きたい」という内なる声に耳を傾けることが大切です。
悪いことも良いことも、本音で向き合い、作品に落とし込むことで、価値が生まれます。今後もクリエイターとして、自分に与えられたものを受け入れ、表現していきたいと思います。
最後に、冒頭の言葉をもう一度思い出してください。「オリジナリティや新しさにこだわるより、自分がやることの必然性に価値を見出しなさい」。斬新なアイデアを探し求めて疲弊している方がいたら、一度立ち止まって考えてみてください。あなたが書かなければならない物語は何か。あなたの人生の中にしか存在しない物語は何か。その問いの先に、唯一無二の作品が待っているはずです。
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