羽生結弦選手の至高の物語|現実世界に宿った「美しい物語の構造」を創作に学ぶ

2022年2月17日

至高の物語とは何でしょうか。

「美味しんぼ」で海原雄山が至高のメニューを目指すように、物語作家であれば誰もが至高の物語を書きたいと思うのではないでしょうか。私が考える至高の物語とは、「美しい生き様」です。

かつてイチロー選手の人生を「美しい物語」と評したことがあります。努力を重ね、頂点を極め、最後に「おさまるべきところにおさまった」美しい生き様でした。そして2022年の北京オリンピックで、新たな美しい物語を見つけました。それは、フィギュアスケート・羽生結弦選手の会見の中にありました。

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2022年2月14日、羽生結弦選手の会見

2022年2月10日の北京オリンピック・フィギュアスケート男子フリー終了後から4日後の14日、羽生結弦選手が現地で記者会見を行いました。この会見は「メディア各社に個別対応する時間が取れないため、記者会見方式で実施する」という趣旨で開かれたもので、羽生選手から何か特別な発表をするというものではありませんでした。

しかし、結果として約30分間にわたったこの会見は、羽生選手の人柄と哲学が凝縮された、一つの完成された物語になりました。

羽生選手は会見の中で、「氷を作った人」への感謝を述べ、「言い訳くさくなっていろいろ言われるのも嫌だな」と怖さを率直に吐露しながら、「足を痛めていた」という事実をさらけ出しました。それでもベストを尽くせたことには胸を張り、最後にこう語りました。

「でも僕はやっぱりオリンピック王者だし、2連覇した人間だし、それは誇りを持ってこれからも『フィギュアスケートで2連覇した人間』として胸を張って、後ろ指を指されないように、明日の自分が今日を見たときに胸を張っていられるように、これからも過ごしていきたいなと思っています」

この力強い言葉に、羽生結弦選手という人間の人柄が凝縮されていました。試合の後にあつまれどうぶつの森をプレイしたこと、自分の原点はスーパーファミコンのゲーム「エストポリス伝記Ⅱ」と「平成 新 鬼ヶ島」だと断言したことにも、一部界隈で大きな注目が集まりました。

最強の武器は、最初から手に入れていた

この会見の中で最も感銘を受けたのは、今後のモチベーションについて聞かれたときの羽生選手の回答です。

「正直今まで『4回転アクセルを飛びたい』と目指していた理由は、僕の心の中に"9歳の自分"がいて、あいつが『飛べ』ってずっと言ってたんですよ。ずっと『お前下手くそだな』って言われながら練習していて。でも今回のアクセルは何かほめてもらえたんですよね。『一緒に跳んだ』というか……」

9歳の頃の思い出は、羽生結弦選手の原点です。原点である9歳の自分が心の中にいつまでもそこにいて、オリンピックを2連覇し頂点を極めた未来の自分に、「お前下手くそだな」と言い続けていた。

この9歳の羽生結弦は、怪我に苦しみ、長いトンネルの中を歩んだ27歳の羽生選手のモチベーションを支え、4回転アクセルという誰もが到達し得なかった技を「飛べ」と促し続けました。そしてついに北京オリンピックで、不完全ながらも4回転アクセルに挑戦したとき、9歳の自分は初めて「ほめてくれた」のです。

こんな美しいシナリオがあるでしょうか。

最強の武器は、最初から手に入れていたのです。

これは物語の世界で言えば、「最終話で明かされる伏線が、実は第1話に仕込まれていた」という構造です。9歳の少年が「飛べ」と言い続けた声は、18年間ずっと物語の底流を流れていた伏線であり、北京の4回転アクセルはその回収でした。現実の人生がこれほど見事な物語構造を持っているということに、創作者として畏怖すら感じます。

物語構造としての「原点回帰」の美しさ

創作者としてこのエピソードから学ぶべきは、「原点回帰」という物語構造の力です。

物語における原点回帰とは、主人公が旅の果てに、自分の出発点に立ち返ることです。ただし、出発点に戻ったとき、主人公は旅の前と同じ人間ではありません。数々の経験を経て成長した主人公が、原点の意味を再発見する。この構造が、物語に深い感動をもたらします。

羽生選手のケースでは、「9歳の自分」が原点であり、4回転アクセルへの挑戦が旅の帰結点です。9歳の少年は27歳の世界王者に「お前下手くそだな」と言い続けましたが、北京での挑戦を経て、ついに「一緒に跳んだ」と認められました。これは物語構造における「メンターとの和解」であり、「自己受容のクライマックス」です。

イチロー選手の引退会見にも同じ構造がありました。世界記録を打ち立て、数々の栄光を手にしたイチロー選手が、最後に語ったのは「野球が好きだ」という原点でした。偉大なキャリアの果てに、出発点の感情に立ち返る。この「おさまるべきところにおさまった」感覚が、至高のカタルシスを生んでいます。

両者に共通するのは、「頂点に立った人間が、原点の純粋さに還る」という構造です。頂点に立つだけでは感動は生まれません。頂点から原点を振り返ったとき、そこに至るまでの全ての苦しみと喜びが一つの線で結ばれる。その瞬間に、人生が「物語」になるのです。至高の物語とは、つまり「全てが一本の線でつながった人生」のことではないでしょうか。

至高の物語=美しい人生を歩む方法

羽生選手は子供のころに「自分の表現したいこと」を見つけ、3度目のオリンピックで原点に還って、自分の表現したいものを表現しました。9歳の自分がいつまでもそこにいて、美しい人生を歩む道標になっていたのでしょう。

ここから導き出せるのは、「至高の物語」を書くためのヒントです。

主人公に「原点」を持たせる — 物語の序盤で、主人公が最も純粋だった瞬間を描きます。それは幼少期の夢でも、誰かとの約束でも、ある出来事がもたらした気づきでもよい。この原点が、物語全体を貫く通奏低音になります。

原点を忘れさせてから思い出させる — 主人公は旅の途中で原点を見失います。成功や挫折、さまざまな出来事が主人公を変えていく中で、原点は記憶の奥に沈んでいきます。そして物語のクライマックスで、ふとした瞬間に原点を思い出す。この「再発見」が最大の感動ポイントになります。

原点と現在をつなぐ「成長の軌跡」を描く — 原点に戻るだけでは感動は生まれません。原点と現在の間に、どれだけの困難を乗り越えてきたかが重要です。羽生選手の場合、ソチとピョンチャンでの2連覇、怪我、苦悩という長い道のりがあったからこそ、北京での4回転アクセルに至高の意味が宿りました。

物語においてこの「成長の軌跡」は、読者と主人公の感情的な絆を築く時間でもあります。主人公が困難に立ち向かう姿を見守り、共に苦しみ、共に喜んできた読者だからこそ、原点回帰の瞬間に最大のカタルシスを感じることができます。旅が長く険しいほど、帰還の感動は深くなるのです。

私達が美しい人生を歩むためには、まず自分が「表現したいもの」を知る必要があります。あなたの中にも、9歳のときの自分はいますか。もしいるなら、その純粋な声に耳を傾けてみてください。

羽生選手が会見で語ったように、原点にいる幼い自分は、時に厳しく、時に優しく、私たちを導いてくれます。「お前下手くそだな」と怒られ続けた先に、「一緒にできたね」と認めてもらえる瞬間がある。その瞬間を目指して歩み続けることが、至高の物語を生きるということなのかもしれません。そしてその経験は、そのまま物語の中の主人公にも反映できるはずです。。あなただけの至高の物語を、人生というキャンバスに描いてみてください。


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