美しさは時代を超える(着地編)|おさまるべきところにおさまる物語の書き方

2019年10月8日

前回の記事では「美しさは時代を超える」というテーマで、つかみの1秒——短期的な美しさについて考えました。

科学者の研究によれば、美しさとは「とても強烈な」快の感情であり、美を感じるためにはたったの1秒あれば十分だと。

これは美しさの一面を正しく捉えています。しかし私たちは、もうひとつの美しさを知っています。長い物語の先に感じる美しさ です。


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他人の人生に美しさを感じたことはありませんか

私は、誰かがひとつのことを追求し続ける姿に美しさを感じることがあります。

イチロー選手の物語

例えばプロ野球のイチロー選手の人生です。

小学校の作文で「僕の夢はプロ野球選手です」と書いた少年。みんなに笑われながらもひたすら練習を重ね、神戸に本拠地を置くオリックス球団でプロ野球選手になりました。

日本で7年連続首位打者。メジャーリーグに移籍してシーズン最多安打、10年連続200本安打。歳を重ねて打てなくなっても笑顔で野球を続け、2019年3月21日、日本で行われたメジャーリーグの開幕戦で日本のファンから祝福を受けながら引退しました。

そして引退後——草野球を本気でやると宣言し、自主トレ仲間と草野球チームを設立。将来は草野球リーグを作って神戸のスタジアムで決勝戦をやるのだと、今も野球を続けています。

この生き様に、私は美しさを感じます。

特に強く美しいと感じるのは、神戸でプロ野球選手になったイチロー選手が、神戸を草野球チームの聖地にしたいと活動されている ところです。


なぜ美しいと感じるのか:2つの要素

イチロー選手の物語に美しさを感じる理由は、2つの要素に分解できます。

要素1:人生の儚さ

プロアスリートの全盛期は長くありません。その限られた時間に全力を注ぎ込んだ姿に、儚さ——消えてなくなりやすく、もろくて長続きしないものの美しさ——を感じます。

要素2:おさまるべきところにおさまった快感

神戸で始まった物語が、神戸に帰ってくる。始まりと終わりがぴたりとおさまっている。この 「おさまるべきところにおさまった」 という感覚が、強烈な快の感情を生みます。

科学者の定義を思い出しましょう。美とは「とても強烈な快の感情」です。おさまるべきところにおさまった人生は、まさにこの定義に合致します。


美しい物語とは何か

人の人生のある一片を切り取ったとき——それを物語と呼ぶこともできるでしょう——始まりと終わりがぴたりとおさまっていること。これが私の考える美しい物語の定義です。

公式にすると

> おさまるべきところにおさまった着地 = 長期的な美しさ

逆に言えば、始まりと終わりの間に一貫した線が引けない物語は、読者に美しさを感じさせることが難しい。


美しい着地を設計する3つの方法

方法1:始まりと終わりをつなげる

物語の冒頭で提示した要素が、最終話で回収される構造です。

イチロー選手の例でいえば「神戸→世界→神戸」という円環構造。物語の場合、1話の冒頭のセリフが最終話のラストで別の意味を持って繰り返される——こうした設計が長期的な美を生みます。

鎌倉殿の13人では、三谷幸喜がキャラクターの初登場時と離脱時に同じセリフを使う手法を徹底しました。視聴者は退場シーンで自動的に初登場を思い出し、そのキャラクターの人生の「おさまり」を感じます。

方法2:「A→B→A」の隠れ蓑パターン

前回の記事(美しい物語を書く2つのヒント)でも紹介した構造です。

1. 目的Aを提示
2. 目的Bが登場し、読者の関心がBに移る
3. Bは達成できなかったが、Aは達成される

Bという隠れ蓑がAを「忘れさせる」効果を持つため、Aが達成されたとき読者は「ああ、最初からこの着地を目指していたのか」と驚きとともに美しさを感じます。

方法3:キャラクターの人生を完成させる

物語のストーリーとは別に、キャラクターの人生そのものが完成する 着地も、最高の美しさを生みます。

名曲「クワガタにチョップしたらタイムスリップした」には、タイムスリップしてきた自分におばあちゃんが告げる言葉があります。

> これから君は何度でも何度も何度も後悔し、何度も何度も傷ついて、何度も何度も泣くだろう。でもその一つ一つ噛み締めて、時が経つほどいつの日か熱を帯び、手放しがたくなるから。何も知らずに帰りなさい。私はちゃんと幸せだ。

「幸せだ」と言って人生を閉じられること。これ以上に美しい着地はないでしょう。


2025年の美しい着地

葬送のフリーレンの到達点

フリーレンの旅の目的は、亡きヒンメルにもう一度会うこと。1000年以上を生きたエルフが、たった10年の旅の意味を知るために再び歩き出す。

この物語の着地点で「人間の感情の価値を知ること」というテーマが完成したとき、それはフリーレンの人生そのものが新たな意味を獲得する瞬間であり、長期的な美の極致といえます。

推しの子の着地評価

推しの子の着地は賛否が分かれました。しかし「嘘と真実の境界」というテーマを最後まで貫き通し、主人公が最終的にたどり着いた地点は、物語の始点と明確に対応しています。美しいと感じるかどうかは読者次第ですが、着地を設計する意志 は確かにありました。


自分の作品で最も美しいエピソード

私の作品「境界を超えろ」に登場するルノワール・ラブラカニラのエピソードが、自分の書いた中で最も美しいと感じています。

芸術の国アルテリアに生まれ、文学を愛して生きてきたルノワール。宰相にまで登りつめた彼は、アルテリア文学で表現される生死がリアルから乖離していることに危機感を覚え、リアルな生死の表現を復活させるために戦争を画策します。

主人公アインに野望を暴かれ、処刑を告げられたルノワール。「自分のやったことは全て無に帰すのだ」と絶望するも、アインはこう告げます。「貴方は文学の中で数世紀先も生き続ける」と。

文学を愛し、文学の復活のために生きてきた男が、文学の中で永遠に生き続ける。

これ以上に「おさまるべきところにおさまった」エピソードを、私はまだ書けていません。


まとめ

美しい物語とは、始まりと終わりがぴたりとおさまっている物語 です。

その美しさは1秒では感じ取れません。長い物語を共有した先にしかありません。だからこそ、短期的な「つかみの美しさ」で読者を惹きつけ、物語の旅路を一緒に歩いてもらい、着地で「おさまるべきところにおさまった」と感じさせる——これが長期的な美の設計です。

あなたの物語は、どこから始まり、どこにたどり着きますか。その始点と終点がぴたりとおさまったとき、読者はきっと「美しい」と感じるはずです。

さて、今日も物語を書きましょう。腰は壊しても、筆は折らない。

腰ボロ作家


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