一人称視点の制約は本当に「弱点」か?|6つの制約を強みに変える方法

2019年9月20日

一人称視点は「制約が多い」と言われがちです。

主人公の知らない情報は書けない。他キャラの心理は推測するしかない。視点を切り替えられない。確かにこれらは制約です。しかし、制約が多いということは「武器が多い」ということでもあります。

この記事では、一人称視点に立ちはだかる6つの制約を1つずつ分析し、それぞれを強みに変える方法を解説します。

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一人称視点とは

一人称視点とは、物語の語り手が「私」「僕」「俺」などの一人称で語る形式です。読者は語り手の目と耳を通じて世界を体験します。

メリットは圧倒的な没入感。デメリットは情報の制限。このトレードオフを理解し、制約そのものをストーリーの武器に変えるのが、一人称の醍醐味です(三人称との比較は人称と視点の選び方ガイドで確認できます)。

制約1:心理描写は語り手のみ

制約の内容

一人称では、語り手以外のキャラクターの心理を直接描写できません。「花子は悲しかった」とは書けない。なぜなら語り手は花子の内面を知らないから。

強みへの変換

他者の内面が分からないことは「謎」になる。

「花子が何を考えているのか、俺には分からなかった」。この一文が、読者に「花子は何を考えているのだろう」という好奇心を生みます。

三人称なら「花子は悲しかった」と書いて終わりですが、一人称では花子の感情が「推測」にしかならない。この不確実性がミステリーを生み、人間関係のリアリティを高めます。

現実世界で、私たちは他人の心を直接読めません。一人称視点はこの「分からなさ」を物語に持ち込む技術です。

実践テクニック:

• 行動や表情から心理を推測させる:「花子は俺から目をそらした。怒ってるのか? いや、少し違う気がする」

• あえて推測を外す:語り手が「怒っている」と思った感情が、実は「照れ」だった。この認識のズレがドラマになる

涼宮ハルヒの事例

『涼宮ハルヒの憂鬱』のキョンは、ハルヒの内面を推測することしかできません。「こいつが何を考えているのか、俺には一生理解できないだろう」。この「分からなさ」が、ハルヒというキャラクターの神秘性を保ち、シリーズ全体を通じて読者を惹きつけ続けています。

もし三人称でハルヒの内面が全部書かれていたら、このミステリーは消えていたでしょう。

制約2:情報は語り手の知識範囲のみ

制約の内容

語り手が知らない情報は、物語に登場できません。「その頃、遠い国では戦争が始まっていた」のような俯瞰的情報は、語り手がニュースで見たり、他者から聞いたりしない限り書けません。

強みへの変換

情報の制限が「サスペンス」を生む。

語り手が情報を持っていないということは、読者も持っていないということ。これがそのまま「知りたい」というサスペンスになります。

ミステリー小説が一人称を好む理由はここです。探偵が手がかりを1つずつ集め、読者も探偵と同じペースで真相に近づく。情報の制限は、読者と語り手の「同期」を可能にします。

実践テクニック:

• 語り手が偶然知る:盗み聞き、手紙の発見、噂話

• 他キャラが教える:ただし教える側にも都合がある(嘘や省略の可能性)

• 後から知って驚く:「あの時のあの行動、そういう意味だったのか」

制約3:視点の切り替えが困難

制約の内容

一人称では、基本的に語り手が不在の場面を描けません。Aの視点で語っている途中で、突然Bの視点に切り替わると読者が混乱します。

強みへの変換

切り替えないことが「一貫性」になる。

一人の語り手に固定することで、読者は深くキャラクターに感情移入できます。100ページ、200ページと同じキャラクターの目で世界を見続けることで、読者はそのキャラと「一体化」します。

切り替えが必要な場合の技法:

章単位の視点交代: 各章の冒頭で語り手を変える(『氷菓』の折木奉太郎と千反田える等)

手紙・日記・SNS投稿: 別キャラの一人称を「テキスト内テキスト」として挿入

間章・幕間: メインは一人称、間に挟む短い章だけ三人称にする

ただし、切り替え頻度が高いと一人称のメリット(没入感)を失います。「本当に切り替えが必要なのか」を常に問い直してください。

制約4:地の文のレベルが語り手に依存

制約の内容

一人称の地の文は、語り手の知性・語彙・教養に制限されます。語り手が10歳の子供なら、地の文も子供の語彙で書く。語り手が文学者なら、高度な比喩表現を使える。

強みへの変換

語り手の知的レベルがそのまま「キャラクター表現」になる。

地の文の語彙・比喩・観察の精度が、語り手のキャラクターを表します。戦闘シーンで「敵の剣が来た」しか書けない語り手と、「敵の太刀筋は流派をまたいだ変則。体重の乗せ方から判断して、左肩を狙っている」と書ける語り手。地の文だけで、2人のキャラクターの違いが伝わります。

実践テクニック:

• 語り手の専門分野に関しては詳細に、専門外はあえて曖昧に書く

• 語り手の年齢に合った語彙を選ぶ(子供なら漢字を減らす、軍人なら略語を多用)

• グルメ小説の語り手なら食事の描写が異常に長い等、偏りがキャラを作る

制約5:語り手の主観というバイアス

制約の内容

一人称の語りには、語り手のバイアスがかかります。好きな人は美しく描かれ、嫌いな人は醜く描かれる。客観的な描写が難しい。

強みへの変換

バイアスそのものがストーリーになる。

「信頼できない語り手(unreliable narrator)」は文学の伝統的な技法です。語り手が嘘をついている、あるいは無意識に情報を歪めている。読者がそれに気づいた瞬間、物語は二重構造を持ちます。

日常的な例でも、語り手の好み・偏見がフィルターとなって世界を描写すること自体が面白い。キョンがハルヒを「変な奴」と言いつつも詳細に観察しているのは、語り手のバイアス(本当は気になっている)が漏れ出している表現です。

実践テクニック:

• 語り手の評価と、実際の状況にズレを作る

• 他キャラの反応で「語り手の認識が歪んでいる」ことを示す

• 物語の後半で、語り手がバイアスに気づく瞬間を作る(成長として描く)

制約6:戦闘シーンの描写範囲

制約の内容

語り手が戦場にいる場合、自分の周囲しか描写できません。大軍勢の戦闘で「全体の戦況」を俯瞰できないため、スケール感のある戦闘描写が難しくなります。

強みへの変換

「混沌」をそのまま描ける。

現実の戦場では、一兵士は全体の状況を把握できません。何が起きているか分からない混沌の中で判断しなければならない。一人称視点はこの「戦場のリアリティ」をそのまま表現できます。

「どこから撃たれた。右か。いや前方だ。煙で何も見えない。隣にいたはずの高橋がいない。」

この混沌こそが一人称戦闘シーンの武器です。三人称の俯瞰的な戦闘描写では得られない「渦中にいる恐怖」を読者に体験させます。

実践テクニック:

• 五感を総動員する:視覚だけでなく、音、臭い、痛み、温度を描く

• 情報を断片的に入れる:「爆発音。三方向から。いや四方向?」

• 全体の戦況は後から知る:「戦いが終わった後で聞いた。あの時、俺たちの左翼は壊滅していたらしい」

一人称が「映える」ジャンル

ミステリー・推理

探偵(または巻き込まれた一般人)の視点で、手がかりを1つずつ集める過程を共有します。情報制限がそのまま推理のフェアプレイになります。

ラブコメ・恋愛

「相手が自分をどう思っているか分からない」という一人称特有の制約が、恋愛のドキドキ感に直結します。

日常ミステリー・青春もの

語り手のフィルターを通した日常描写が「文体の味」になるジャンル。『氷菓』の折木奉太郎、『僕は友達が少ない』の羽瀬川小鷹など。

内省的な文学作品

語り手の内面を深く掘り下げるジャンル。太宰治『人間失格』、カミュ『異邦人』等。

VR・メタバース時代と一人称の親和性

2025年現在、VRやメタバース空間での物語体験が注目されています。VR体験の本質は「一人称視点での没入」です。

小説の一人称視点で培われた「語り手の五感を通じた世界体験」の技術は、VRナラティブの設計にもそのまま応用できます。一人称の小説を書く技術は、次世代の物語メディアの基盤になる可能性があります。

この記事のまとめ

制約強みへの変換
他者の心理が書けない謎・好奇心・認識のズレ
情報が限定されるサスペンス・読者との同期
視点を切り替えられない一貫性・深い感情移入
地の文が語り手依存地の文そのものがキャラ表現
主観バイアスがかかる信頼できない語り手・二重構造
戦闘描写の範囲制限混沌のリアリティ・渦中の恐怖

一人称視点の制約は、すべて裏返せば強みになります。大切なのは「この制約を物語のどこで活かすか」を設計すること。制約を嫌うのではなく、制約と戦友になってください。


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