創作ネタ | ステレオタイプの「男性的」「女性的」概念まとめ

 最近、世の中がどんどんわかりにくくなっています。身近で具体的なところでいえば「性別」です。街角のアンケート用紙でも、男性、女性の2択から、それ以外を含めた3択になっているケースが増えています。

 もはや身体的な性別と、心理的な「男性的」「女性的」の概念は完全に分かれています。男性的身体、女性的身体、男性的心理、女性的心理、どちらでもないの組み合わせは自由自在です。

 これはこれで良いと思います。しかし、世界を構築する側である作家は、世界を複雑化して理解しにくくするのではなく、世界を二分割してとりあえず世界を理解することが必要だと考えています。

 そういう意味で、今後死語になるかもませんが、「男性的(男らしさ)」「女性的(女らしさ)」という言葉を浴びながら育った最後の世代として、ステレオタイプの「男性的」「女性的」をまとめておきます。

※否定するも、第3のアイデアをつくるも自由です。まずは世界を2つにざっくり分けて理解しやすくする役割を担っていきます。それではスタート。

 

性格

男性的:厳しく豪放 

 「厳格で、なさけ容赦がない」「周囲に怖い印象を与える」「細かいことを気にしない」「思い切りがある」

女性的:優しくて繊細

 「情け深い」「周囲に柔らかい印象を与える」「気遣いや気配りが上手い」「控えめ」

性ホルモン

男性的:男性ホルモンの代表 テストステロン

 結果として屈強な筋肉ゴリラ、マッチョな見た目となる。筋肉質な体型やがっしりした骨格を構成するために重要な性ホルモン。 思春期に急激に分泌量が増えることにより身体や精神の発達に大きく影響する。

女性的:女性ホルモンの代表 エストロゲンとプロゲステロン

 結果としてセクシーな、凹凸のあるメリハリのある見た目となる。「妊娠・出産の機能、そのためのカラダづくり」という役割をもつ。女性ホルモンの分泌量が増えると、胸は大きくなる。 逆に、加齢や生活習慣の乱れなどにより女性ホルモンが減少すると、胸が小さくなる。

イメージカラー

男性的:青

 知的で冷静、クールでカッコいいイメージ

女性的:ピンク

 愛嬌があり、にこやかでかわいらしかったり、ひょうきんで憎めないイメージ

人生で重視するもの

男性的:仕事

 働く(外に出る)ことを重視する。外で認められたり、高収入を得たり、名誉を得ることを喜びとする。

女性的:生活

 身内の生活を良くすることを重視する。自分の大切な人の笑顔を喜びとする。

罵倒の言葉

男性的:馬鹿か!

 「知識が足りない」、「思慮が足りない」、「理解の度合いが足りない」お前は愚かだという罵倒。無能であることを責める。逆に言えば能力を身につければ馬鹿でなくなる。

女性的:キモい

 生理的、感覚的に受け入れられないという罵倒。何が悪いのかは漠然としており対処が難しい。修正したとしても生理的、感覚的な嫌悪感を振り払えなければ継続する。

自虐の言葉

男性的:クソが!

 不甲斐ない自分に対する罵倒。クソほどの価値しかない自分への怒り。しけた顔してるやつにチャンスは来ないのさ、クソが。

女性的:私なんて…

 誰も私を認めてくれない。だから、どうせ頑張ったところ誰も必要としてくれない。誰も私なんてかまってくれない。

生き様

男性的:武士道と云うは死ぬ事と見付けたり

 リスクがあることにチャレンジする冒険心を持ち、逆境で面白いじゃねえかと強がる。自分の大切なものを守るためなら、死ぬことをいとわない、武士道から連なる概念。

 武士道とは、死ぬことである。生か死かいずれか一つを選ぶとき、まず死をとることである。それ以上の意味はない。覚悟してただ突き進むのみである。「当てが外れて死ぬのは犬死だ」などと言うのは、上方風の軽薄な武士道である。生か死か二つに一つの場所では、計画どおりに行くかどうかは分からない。人間誰しも生を望む。生きる方に理屈をつける。このとき、もし当てが外れて生き長らえるならばその侍は腰抜けだ。その境目が難しい。また、当てが外れて死ねば犬死であり気違い沙汰である。しかしこれは恥にはならない。これが武士道においてもっとも大切なことだ。毎朝毎夕、心を正しては、死を思い死を決し、いつも死に身になっているときは、武士道とわが身は一つになり、一生失敗を犯すことなく職務を遂行することができるのだ。

『日本の名著17葉隠』奈良本辰也・駒敏郎訳より

女性的:生きようとする意思は何よりも強い

 生き恥をさらしても、生き残る。犠牲になることは現世からの逃避でしかない、とまで言わないけれど、誰かを守るために絶対に死んでなるものかという意思を持つことが大事。

男性的女性的の区分けは無いと考える概念

孤独を好む

→男性的と思われがちだが、一流であれば男性・女性に関わらず孤独となるはずなので、除外。

徒党(グループ)を組む

→男性、女性関わらず権力を握りたいと考えたときには徒党を組むので除外。

責任感

→男性は責任感があり、女性は責任感がないという記述を見かけることがあるが、男性でも無責任な人はいる。性差ではなく個人の資質によるものと考えるため除外。

「責任のある大人、なんて言葉自体がおかしい。
何が起きても責任をとる。それが、正しい大人というものです」

【魔法使いの夜 文柄詠梨】

らしさに対する個人的見解

 私個人的な見解ですが、有害な男らしさとか有害な女らしさというものは無いと考えています。あくまで適材適所です。平和な世の中で世界中が仲良ければ、誰と競う必要もないので、心穏やかで優しい人が好まれますし、ワークライフバランスを重視して仕事と生活の両立を考えれば良いと思います。

 しかしながら「男性的」な人間は、社会が確保しておく必要があるとも考えています。なぜなら、経済的・物理的な戦争が勃発することで、結局の所世界中が仲良い……のはやっぱり幻想だと気づくことがあるからです。経済的な戦いでも同じです。生き残れるなら敵の靴をなめてもいい……という心意気ではダメで、全てを奪われる可能性があります。厳しく豪放で、勝つためにリスクを恐れない男性的な生き様が必要なケースがあります。

 冒頭でも書きましたが、もはや身体的な性別と、心理的な「男性的」「女性的」の概念は完全に分かれています。男性的な男性、女性的な女性を目指す必要はなく、男性的な女性がいてもいいし、女性的な男性がいてもいいという風に世界は変わっています。

 ですが今後も、仕事で成功するのは今まで通り男性的な人であり、良い家庭を築くのは今まで通り女性的な人でしょう。生活を大事にしている人が、仕事を大事にしている人に、仕事で勝つのは無理です。かけている時間が違いますから、それを是正するのはロジック的に無理があります。

 つまり男性的な人が仕事で勝ちます。これは何十年、何百年かけて分担されてきたものですから、底を変える必要はないと考えます。
 また、女性的な人にゲタを履かせて仕事で成功させるのは反対です。仕事の成功に関しては、男性的な男性=男性的な女性>女性的な女性=女性的な男性がロジック的に導かれる答えです(会社が潰れるかもしれないときに、友達の結婚式だからと言って、銀行からの最後通告の打ち合わせを欠席する社長のもとで働きたいですか?私は嫌です。生活を大切にする人たちが、穏やかに暮らせているのは、人生を仕事に賭けた人々がいるおかげなんです。そのことへの感謝を忘れてはいけないです)。

 けれど男女平等としては、肉体的な差別撤廃が実現できれば十分ではないでしょうか。男性的な男性が必須という縛りをなくせば、男性的な女性にも門戸はひろがりますからね。

 ただ、ロジック上ありえないからこそ、女性的な人の成功物語需要があることも理解できます。作家としては女性的な人が仕事で成功する展開も、書けるようにしておきたいですね。

 

 私自身は、マッチョで豪放な古典的かつ男性的なカリスマを書くのが好きです。境界を超えろ!外伝のブラエサル・グリードリッヒは古典的な男性的イメージで書きました。

 一方、そういった男性的な男性が打ち倒される時代になったとも考えています。「自分の大切なものを守るためなら、死ぬことをいとわない」点は男性的だけれど、身内だけを守りたいという視点ではなく、全世界の人々の生活をより良くしたい(あらゆる問題を解決した先に、誰もが望む理想の世界がある)という、女性的な発想=「全人類の生活のことを考えられる人」が勝つよね、というストーリーを境界を超えろ!本編では書きました。

 男性的、女性的なものからの離脱……は今後もしばらく続く答えのないテーマですから、作家としては抑えておきたいですね。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
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