執筆の才能は遺伝で8割決まる?凡人クリエイターが才能の壁を越える方法

2023年6月15日

「執筆の才能は8割が遺伝子で決まる」——そんな研究結果を見たことはありませんか。慶應大学の安藤寿康教授による双子研究では、音楽は9割以上、運動や執筆は8割以上が遺伝的要因で説明できるという調査結果が示されています。

正直に言えば、この数字を初めて見たとき、背筋が冷えました。もし本当なら、才能のない人間がどれだけ努力しても報われないということになります。

ですが、この研究結果を鵜呑みにして筆を折るのは早計です。今回は 才能と遺伝のデータを正面から受け止めた上で、凡人クリエイターがどう立ち向かうべきか を考えます。

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「才能で決まる」は事実かもしれない。だが、それがすべてではない

まず、研究結果を整理しましょう。

形質遺伝的要因の割合環境・努力で変わる余地
身長約9割以上極めて小さい
体重約9割食生活で多少変わる
音楽的能力約9割以上極めて小さい
運動能力約8割以上トレーニングで一定の向上が可能
執筆能力約8割以上読書量・経験・学習で伸ばせる余地がある
美術的能力約5割環境と訓練で大きく変わる

確かに、執筆能力の遺伝的要因は高めです。ですが「8割が遺伝」ということは、 残りの2割は環境や努力で変えられる ということでもあります。

たった2割と思うかもしれません。しかし考えてみてください。プロ野球選手とアマチュア選手の差は、身体能力だけで見ればわずか数パーセントです。そのわずかな差を、練習とメンタルと戦略で埋めるのがプロのアスリートです。

執筆においても同じことが言えます。この2割の中に「物語の構成力」「読者心理の理解」「市場への適応力」「継続的に書き続ける意志力」といった 後天的に鍛えられるスキル が含まれているとしたらどうでしょうか。

さらに重要なのは、 遺伝的要因の「8割」が何を指しているのか です。言語的な感覚やリズム感は遺伝かもしれません。ですが「面白い物語を構築する能力」「読者の心を掴むキャラクターを作る力」「10万字を超える長編を最後まで書き切る持久力」——これらは果たして遺伝子だけで決まるものでしょうか。私には、後天的な学習と経験の比重の方が大きいように思えてなりません。

そもそも、双子研究で測定されている「執筆能力」とは何を指すのかも曖昧です。「美しい文章が書ける」ことと「面白い物語が書ける」ことは全く別のスキルです。才能の定義が曖昧な以上、8割という数字をそのまま「自分の可能性の上限」と解釈する必要はありません。

1万時間の法則は否定されたのか

マルコム・グラッドウェル氏が著書『Outliers(天才!)』で紹介した「1万時間の法則」——一流と二流を分けるのは練習時間であり、1万時間を超えるかどうかが分岐点になるという理論。

この法則は近年、「否定された」「もう古い」とされることがあります。ですが実際には、否定されたのではなく 修正された というのが正確です。

論点内容
元の主張1万時間の練習で一流になれる
修正後の知見1万時間はエリートの平均値。もっと短い時間で一流に達した人もいれば、1万時間やっても届かない人もいる
本質量だけでは不十分だが、「練習なしで一流になった人はいない」という事実は揺るがない

つまり、 量だけでは足りないが、質の高い練習を積めば確実に上達する ということです。1日1時間なら約28年。1日3時間なら約9年。1日8時間なら約3年半。

重要なのは「1万時間」という数字そのものではなく、 意図的な練習(Deliberate Practice)の概念 です。ただ漫然と書くだけでは上達しません。自分の弱点を分析し、意識的にそこを克服するような執筆を繰り返すこと。読者の反応を分析して次の作品に活かすこと。プロットの組み方を研究し、構成力を鍛える訓練を意識的に繰り返すこと。

この「意図的な練習」の具体例を整理すると、次のようになります。

意図的な練習の方法具体的なアクション鍛えられるスキル
構成力トレーニング好きな作品のプロットを分解して模写する物語構造の理解
文体の筋トレ尊敬する作家の文章を1章分書き写す語彙力と文章リズム
読者分析自作への感想を分類し、傾向を見つける読者心理の理解
制約執筆5000字以内で起承転結を完成させる無駄を削ぐ力
異ジャンル挑戦普段書かないジャンルで短編を書く引き出しの拡大

私自身、SEとして働きながら小説を書いてきた経験から言えば、毎日30分でも「今日はこの技術を意識して書く」と決めて取り組んだ期間は、確実に上達の手応えがありました。凡人でも、正しい方向に努力すれば必ず伸びます。

「才能ですべてが決まる」がもたらす危険

もし才能ですべてが決まるとしたら、格差は完全に固定されます。

自分がいま不幸なのは親ガチャに失敗したからだ ——そう考える人が増えたら、社会はどうなるでしょうか。挑戦する人がいなくなり、諦める人ばかりの世界になります。創作の世界でも「どうせ才能がないから」と筆を折る人が増えるでしょう。

2022年に大ヒットしたアニメ『リコリス・リコイル』を思い出してください。主人公の千束は、自分に与えられた才能(戦闘能力)とは別の道を歩むことを選びました。 才能よりも「自分がやりたいこと」を優先する生き方 がこれほど支持されたのは、多くの人が才能至上主義に疲れているからではないでしょうか。

事実がどうであれ、 努力でいくらでも逆転できるという空気を作ること は、メディアやクリエイターの役割だと考えます。それは嘘ではなく、上品なヴェールであり、希望です。

実際、歴史を見れば才能至上主義を覆した例はいくらでもあります。遅咲きのデビューで大成した作家、何度も落選を繰り返した末にベストセラーを生み出した作家。彼らに共通するのは 才能の有無ではなく、書き続けたという事実 です。才能があっても筆を折った人の作品は、この世に存在しません。才能がなくても完成させた作品は、確かにこの世に存在します。この差は、けっして小さくありません。

凡人が才能の壁を越える5つの戦略

才能に恵まれていなくても、以下の戦略で壁を越えることは可能です。

戦略1:血筋ではなく生き様で勝負する

才能がないなら、 経験と知恵で補う 。特別な血筋を持たない主人公がその身ひとつで世界を変える物語を、私自身も自作で描きました。それは「親ガチャや遺伝を言い訳にしない」という信念の表れでもあります。あなた自身の人生経験——仕事の苦労、人間関係の葛藤、日常の中で見つけた小さな発見——これらは才能では決して手に入らない、あなただけの武器です。

戦略2:才能の種類を見極める

「執筆の才能」は一枚岩ではありません。文章の美しさ、構成力、キャラクター造形、市場分析力、継続力——これらは別々のスキルです。

スキル遺伝的要因後天的に伸ばせるか凡人の戦い方
言語感覚(語彙・リズム)やや強い読書量で補える毎日1時間の読書を3年続ける
構成力(プロット設計)中程度学習と実践で大きく伸びるハリウッド脚本術を研究する
キャラクター造形中程度人間観察と経験で磨ける電車の中で人間観察メモを取る
市場分析力弱いデータと研究で身につくランキング上位作品を月10本読む
継続力やや強い習慣化の技術で克服可能毎日同じ時間に机に向かう

自分の弱点が「後天的に伸ばせるスキル」なら、努力の方向が見えてきます。 すべてのスキルを同時に伸ばそうとせず、まず1つだけ集中して鍛える のが効率的です。

戦略3:才能がなくても「完成させる」

才能がある人は、完成度の高い作品を短期間で書けるかもしれません。ですが 才能のない人にも「完成させた」という実績は残ります 。完成度50%でもいい。まず世に出すことが、次の作品への最大の学びになります。

戦略4:量で質を上回る

天才が1作で到達するレベルに、10作書いて追いつく。これは立派な戦略です。多作であること自体が武器になります。Web小説の世界では、1作目がヒットしなくても3作目や5作目で花開いた作家が数多くいます。量をこなすことで見えてくるパターンがあり、それは才能とは別の種類の「実力」です。

戦略5:才能のある人と組む

自分に足りないものを持つ仲間を見つけるのも戦略の一つです。文章力が弱くても構成力があるなら、共同制作やプロット提供という形で創作に関わることができます。才能の壁を一人で越える必要はありません。

「人生にタイパを持ち込むな」

「努力しても報われないなら、人生を無駄にしたことになる」「タイパが悪い」——そう考える人もいるかもしれません。

ですが、人生にタイムパフォーマンスを持ち込むのはおかしいと思います。3500人の患者を看取った医師の著書『もしあと1年で人生が終わるとしたら?』によれば、人生の最後に「いい人生だった」と言えるかどうかの鍵は、 新しい一歩を踏み出したかどうか だそうです。

才能があるかどうかは、自分では決められません。ですが、 挑戦するかどうかは自分で決められます 。そして挑戦した時間は、結果に関わらず、あなたの人生を豊かにします。

遺伝のデータに怯える必要はありません。8割が遺伝で決まるとしても、残りの2割であなたの物語は十分に輝くことができます。あなたの生き様は、あなた自身が決めるものです。

どうですか、書ける気がしてきましたか? さあ、今日も物語を書きましょう。あなたの傑作を待っています。


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