「創作のために聖書を読め」の真の目的|共通認識で物語に深みを与える技法
「創作のために聖書を読め」
小説家クラスタでは30年以上前から言われ続けているこの言説。新世紀エヴァンゲリオンが登場した頃から広まったとされますが、現代でもなお有効なのでしょうか。
結論から言えば、この言説の真の目的は「聖書を読むこと」ではありません。 読者との共通認識を利用して、物語に深みと根拠を与える ことにあります。
「共通認識の利用」が真の目的
聖書が強力だった理由
「創作のために聖書を読め」の核心は、共通認識を物語に組み込むというテクニックです。
聖書は世界で最も多く読まれている書物であり、そこに描かれた神話的物語は人類史に大きな影響を与え続けています。つまり「多くの人が知っている物語」——これが共通認識として機能する条件です。
作者と読者が同じ共通認識を共有しているとき、物語は2つの力を手に入れます。
1. 説明を省略できる — 共通認識の上に物語を乗せれば、長い説明が不要になる
2. 考察の余地が生まれる — 読者が共通認識と照らし合わせることで、自ら物語の意味を掘り下げてくれる
エヴァンゲリオンの実例
新世紀エヴァンゲリオンにおいて、ゼーレの目的は劇中で詳しく説明されていません。長い説明ゼリフは存在しない。しかし多くの視聴者がゼーレの目的を推測できました。
なぜか。エヴァンゲリオン全体に聖書モチーフのキーワードが散りばめられていたからです。
• オープニング映像に 生命の樹(セフィロトの樹) が描かれていた
• 旧約聖書において生命の樹の実を食べると永遠の命を得るとされる
• ゼーレの目的は「永遠の命=人類補完」だった
視聴者は聖書の知識から「ゼーレの目的はこれではないか」と自ら考察できたのです。制作側も、聖書というバックグラウンドがあるため、本編では情報を断片的に出すだけで「謎」を維持しながら物語を進められました。
聖書が展開に理由を与え、視聴者が考察する——この循環が共通認識の効果です。
共通認識が生む「考察の力」
AとBの告白——共通認識の有無で何が変わるか
共通認識の効果をわかりやすく示す例を挙げます。
> 「私の地元のAがBに告白してフラれた」
——正直、「誰?」という感想しか出ません。事実以外の考察はできません。
> 「イエスがマリアに告白してフラれた」
——とたんに考察が始まります。聖書ではイエスの母がマリアなので、「フラれた理由は母子関係のタブーか?」「マグダラのマリアの方か?」と読者は勝手に背景を想像する。フラれた理由に根拠すら感じるのです。
同じ「告白してフラれた」という出来事でも、共通認識の有無で物語の厚みがまったく異なります。
共通認識=読者に「二度楽しんでもらう」装置
作者と読者で共通認識を共有していると、読者は「物語そのものの体験」と「共通認識と照らし合わせる考察体験」の2つを楽しめます。
つまり作品を2倍楽しんでもらえる。これは非常に大きな効果です。
現代における共通認識の進化——聖書から偉人へ
FGOが革命を起こした理由
「共通認識を利用する」方法は聖書だけではありません。むしろ現代においては、聖書よりもメジャーな共通認識の素材があります。
それが 過去の偉人 です。
Fate Grand Order(FGO)は、歴史上の偉人をサーヴァントとして登場させることで、共通認識を最大限に活用しました。
たとえば「宮本武蔵」が登場すれば、読者は教科書レベルの知識から「二刀流を使う」「佐々木小次郎と因縁がある」と即座に想像します。作中で説明しなくても、読者が勝手にバックストーリーを補完してくれるのです。
偉人をキャラクターとして登場させると、次のようなことが可能になります。
• 史実通りの展開: 読者は「期待通りだけど、期待を上回ってきた」と感じる
• 史実を裏切る展開: 「宮本武蔵と佐々木小次郎が共闘!?」と予想外の驚きを提供できる
偉人の名前は誰もが教科書で学んでいるため、聖書よりも「読者全員が知っている」確率が高い。教科書が最強の共通認識データベースなのです。
ナーロッパ共通認識の功罪
Web小説におけるファンタジーの世界観が「中世ヨーロッパ風(ナーロッパ)」に統一されている現象も、共通認識の利用です。
ギルド、冒険者ランク、ステータスウィンドウ——これらは実在しませんが、読者層の間では共通認識として定着しています。説明不要で物語に入れる便利な装置です。
しかしここには賞味期限の問題があります。
ナーロッパの共通認識は、ドラクエやFFなどのRPG文化から生まれました。これらのゲームをプレイしてこなかった世代がメインの読者層になったとき、「ギルドで依頼を受ける」が共通認識ではなくなる可能性があります。
共通認識は時代とともに更新されるものです。今の読者層にとって何が共通認識なのかを意識し続けることが重要です。
AI時代における共通認識の変容
LLMが生む「知識の均質化」
2025年現在、ChatGPTやClaudeなどの大規模言語モデル(LLM)が急速に普及しています。これにより、人々の知識の「共通認識」が変化する可能性があります。
LLMは膨大なデータから学習しているため、ユーザーが質問すると「統計的にもっともらしい回答」が返ってきます。これは、多くの人が「同じ知識ベース」にアクセスすることを意味します。
結果として——
• 共通認識の範囲が広がる: 以前はマニアしか知らなかった知識が、AI経由で一般層にも広まる
• 「調べれば誰でもわかる」情報のXミーニング効果が薄れる: AIが即答できる知識は「発見の楽しみ」が減る
• 真に深い考察は人間の体験からしか生まれない: AIが提供できない「個人の読書体験」「実体験」に基づく考察こそ、価値が高まる
AI時代の創作者は、AIが知らない共通認識——つまり特定のコミュニティや世代にだけ共有されている文化的文脈——を活用することで、差別化できる可能性があります。
共通認識を活用する実践ステップ
ステップ1:ターゲット読者の「共通認識マップ」を作る
まず、あなたの読者層が何を共通認識として持っているかをリストアップします。
| 読者層 | 共通認識の例 |
|---|---|
| ラノベ読者 | ナーロッパ、チート、ステータスウィンドウ |
| アニメファン | ガンダム、ジョジョ、鬼滅、ぼざろ |
| 文学好き | 聖書、ギリシャ神話、シェイクスピア |
| 一般層 | 教科書レベルの偉人、有名な童話 |
ステップ2:共通認識の「利用」を明示する
共通認識を使うことを読者に気づかせる仕掛けが必要です。エヴァンゲリオンがオープニングに生命の樹を出したように、「この作品は聖書を下敷きにしていますよ」というシグナルを序盤で送る。
シグナルがないと、読者は共通認識との照合を始めません。
ステップ3:共通認識に沿いつつ、ここぞで裏切る
共通認識通りの展開を続けると、読者は安心する反面、退屈します。ここぞというポイントで裏切りを入れることで、「予想できたはずなのに予想できなかった」という最高の体験を提供できます。
宮本武蔵と佐々木小次郎が戦うと思わせておいて、共闘させる——この「裏切り」が、共通認識ならではの驚きを生むのです。
まとめ:共通認識は「読者を巻き込む」最強の装置
「創作のために聖書を読め」の真の目的は、聖書の知識を得ることではありません。
読者との共通認識を利用して、物語に深み・根拠・考察の余地を与える——これが本質です。
そして現代においては、共通認識の素材は聖書だけではありません。
• 偉人: FGOが証明した、教科書レベルの最強素材
• 長寿コンテンツの歴史: ガンダム、ジョジョ、プロ野球
• ナーロッパ的共通文法: 便利だが賞味期限がある
• 花言葉・外国語: 調べる楽しみを提供する小技
あなたの読者が何を「共通認識」として持っているか——それを見極め、物語に組み込み、時に裏切る。この設計ができれば、読者はあなたの物語を「2倍」楽しんでくれるはずです。
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