判官贔屓とは?日本人の好む物語!由来は鎌倉殿の13人にも登場するあの人!

2022年2月5日

 判官贔屓(はんがんびいき、判官びいきと書くこともある)とは、「不遇の英雄、弱者や敗者、また実力や才能はあるのに認められない者たちに同情心や贔屓心をもつこと」です。この言葉の起源は源義経であると言われています。

 2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも源義経が登場することが決まっていますので、今後、判官贔屓というキーワードがピックアップされてくるかもしれません。

 ではなぜあらためて判官贔屓を取り上げているかというと、この考え方が日本人の好む「物語の類型」であるためです。読者を惹きつけて離さない物語を書くためのヒントになれば幸いです。

判官贔屓とは?

 冒頭でも書きましたが、判官贔屓は「不遇の英雄、弱者や敗者、また実力や才能はあるのに認められない者たちに同情心や贔屓心をもつこと」を意味します。

 「強者にいじめられる弱者全般へ向けられる同情心や贔屓心」と言い換えることもできるでしょう。

 判官贔屓という言葉は室町時代末期から江戸時代初期にかけて成立しました。起源は源義経です。室町時代後期の人々が過去の英雄を偲んで作った言葉なのでしょう。なお、判官贔屓の「判官」とは源義経の左衛門府の三等官(判官)である左衛門少尉であったことから来ています。つまり、義経贔屓とも言える言葉なのです。

 では、源義経はどういった不遇を受けたのでしょうか。

源義経が受けた不遇

 源義経は東北地方の豪族・奥州藤原氏・藤原秀衡に育てられた武将です(幼名は牛若丸)。

 源義経は1180年から1185年にかけて発生した「治承・寿永の乱(まさに源平の天下分け目の決戦です)」の平家追討において活躍した、最大の功労者です。
 兄・源頼朝が伊豆国で挙兵すると、義経はその幕下に入ることを望み、東北地方からわずか数十騎の兵とともに旅に出て、兄のもとに馳せ参じ、遠征軍を束ねて関西に攻め入り、壇ノ浦の戦いで平家を滅亡させる大役を果たしたのです。しかし、いくつかの要因から頼朝の怒りを買ってしまいます。

・三種の神器のうち天叢雲剣を取り戻せなかったこと
 ※「治承・寿永の乱」において、指導者である源頼朝が目標としていたのは平家から三種の神器を取り戻すことでした。しかし天叢雲剣は平家の長である平清盛の妻が腰に挿して入水し、海に消えてしまいます。これにより天叢雲剣は失われました。ですが義経は三種のうちの二種を取り戻したのです。

・関西に攻め入る中で、関東に城を構える源頼朝に許可を得ることなく、当時最高の権力者である後白河法皇より左衛門少尉、検非違使に任じられ、頼朝の家来である御家人を使役・処罰したこと
 ※2人の権力者に重宝されたがゆえのトラブルであると考えられます。

・源義経の上官として平家追討を指揮した源範頼を始めとする周囲の人々が、頼朝に対して平家追討後の義経の傲慢な振る舞いを訴えたこと
 ※英雄的な働きをした義経に対する嫉妬であるとも考えられます。

 歴史は生き残った者がつくりますから、上記の要因(義経のおこない)も本当かどうかわかりません。私は十分な活躍をしたと感じるのですけれど。
 とはいえ頼朝が怒っていると知った義経は、起請文を献じて弁明しました。すると頼朝から下記のような返信が来ます。

「これまで勝手にふるまいながら、いまさらあわてて弁明しても、もうとり上げることはできない」
「こちらが不快に思っていると聞いてはじめて、こうした釈明をするのではとても許せない」

 Twitterで頼朝公怒ってるよ!とリアルタイムで怒りを知ることなどできない時代です。関西と関東で離れ離れになってしまえば、相手のことを知ることは容易ではありません。頼朝の言い分は厳しいと感じないでしょうか(義経を裁くための屁理屈にも思えます)

 頼朝は、壇ノ浦の戦いで捕虜とした平宗盛らを連れて京都から鎌倉へ向かった義経の鎌倉入りを拒みます。さらには義経が京都へ戻る際に「関東に恨みを成す輩は義経に属するように」と発言したとして、義経に与えていた平家の旧領を没収しました。この義経の発言も本当だったのか、捏造だったのか、考えてみると面白いでしょう。

 さらにヒートアップした頼朝は、いよいよ 義経を追討の対象とします。義経も対抗しようとしましたが、従う武士は少なく、育ての親である藤原秀衡を頼って奥州へ逃亡しました。ですが、藤原秀衡は既に亡く、頼朝の圧力に屈した藤原秀衡の子・藤原泰衡によって自害に追いやられました。

源義経の物語に対する反応

 以上は『義経記』などに描かれている物語です。

 この物語を読んだ人々は「あんなすばらしい方が、このようになってしまって、なんて人生は不条理なんだ」と共感され、同情や哀惜を誘いました。源義経は北に逃れて蝦夷に達し、大陸に渡ってモンゴル帝国を築いた(=チンギス・ハーンと同一人物だ)という、突拍子もない伝説まで生まれています。

 2020年代に生きる私達であっても、義経の物語に同情を覚えるのではないでしょうか。

判官贔屓の物語の特徴

 判官贔屓の特徴としては、下記2点の存在があげられます。

・人々の願望を具現化する国民的な英雄
※源義経の場合は英雄になるまでの物語にも魅力があります。東北地方から関東に出て関西で英雄となる姿は貴種流離譚(若い神や英雄が他郷をさまよいながら試練を克服した結果、尊い存在となるとする説話の一類型)のようです。

・英雄を訴えたり、処罰しようとする悪玉
※先ほど紹介した源範頼、源頼朝、藤原泰衡などが該当します。

 物語がハッピーエンドになるにせよバッドエンドになるにせよ、「悪玉によっていじめられる英雄」というのが物語の骨格としてあります(悪玉を倒す勧善懲悪も人気ですよね)。また、義経が英雄となるまでの貴種流離譚、そこからの判官贔屓の物語は日本人が好む物語の類型と言われます。

 例えば私達は東北から北海道に出て、アメリカで大活躍した大谷翔平が好きでしょう(リアル二刀流/ショータイムは2021年の流行語大賞です)。この英雄である大谷翔平が、国民栄誉賞を辞退したとき、スカッとした思いを抱いたのではないでしょうか。これは大谷の人気を利用しようとする悪玉の政治家(これも私達の妄想の中の政治家の姿ですが)を倒したことが理由ではないでしょうか。

 権力を持つものは悪、それにいじめられる平民は尊い。これは私自身も振り払えない日本人としての先入観に感じます。そういった先入観が無い方であっても、物語の類型として「判官贔屓」が日本人に好まれる事実を知っておくと、物語づくりの幅が広がります。是非参考にしてみてくださいね。

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ここまで読んで頂きありがとうございました。
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