日本人はなぜネガティブキャンペーンを好むのか――万博とWeb小説から見える「空気の哲学」

 2025年の大阪・関西万博は、開幕前には不安や批判の声があふれていました。「建設が間に合わないのでは」「予算ばかり膨らむ失敗イベントになるのでは」といった報道は連日のように流れ、SNSでも「期待できない」という空気が支配していたのです。ところが、いざ幕が開けてみれば来場者は予想を大きく上回り、会場は熱気に包まれています。あれだけ冷ややかだった人々が「やっぱりすごい」「楽しい」と口をそろえる様子には、どこか手のひら返しの滑稽ささえ漂います。

この現象は万博に限ったことではありません。新しい作品や文化的イベント、さらには日常的な挑戦に至るまで、日本社会には「まずネガティヴに語る」傾向が強く見えるのです。なぜ日本人はそうなのか。本記事ではその背景を探りつつ、ランキング文化やWeb小説の読者行動と対比しながら、ネガティヴな言葉よりもポジティヴな言葉を選ぶ可能性について考えてみたいと思います。

ネガティヴに始まる安心感

日本人がネガティヴキャンペーンを好む背景には、まず「リスク回避」の心理があります。誰かや何かを褒めることは、ある意味で自分の評価を賭ける行為です。もし褒めた対象が失敗すれば、自分の見る目のなさを証明することになってしまいます。そのリスクを避けるために、人々は無難に批判から入るのです。「どうせダメだろう」と言っておけば、外れたときも「予想外だった」と笑って済ませられます。

つまり、ネガティヴキャンペーンは「失望を避けるための安全策」でもあります。褒めて裏切られるより、最初から疑っていた方が傷が浅い。日本社会にしばしば言われる「石橋を叩いて渡る文化」は、言葉の選び方にも表れているのです。

同調圧力と空気の支配

もうひとつの要因は「空気を読む」文化です。日本では突出した意見を言うと浮いてしまうリスクがあります。だからまずは「みんなが言っていること」に合わせます。もし周囲が批判的なら、自分も批判を口にしておいた方が安全です。

こうしてネガティヴな声が最初に強まると、それが社会の「初期設定」になってしまいます。空気が冷めれば冷めるほど、誰も褒め言葉を出しにくい。結果として、まだ始まってもいないものに対して一斉に否定的な空気が作られるのです。

だがその一方で、日本人は「成功が見えた瞬間の熱狂」もまた得意とします。万博が開幕し、行列やSNSの写真があふれると、一気にポジティヴな空気へと流れが変わる。これは「同調圧力がネガティヴに働く」現象と、「同調圧力がポジティヴに働く」現象が表裏一体であることを示しています。

ランキング文化と時間の有限性

一方で、読者や観客がランキングや人気を頼りに作品を選ぶ行為は、必ずしもネガティヴではありません。むしろ合理的です。時間は有限であり、外れの少ない選択肢を効率的に探すためにランキングは役立ちます。Web小説の読者が「なろう」やカクヨムのランキングから読む作品を決めるのは、単に時間を節約する知恵なのです。

問題は、その「効率的な選択」と「ネガティヴキャンペーン」がしばしば混同される点にあります。ランキングを頼ることは無難な選択であり悪くはありません。しかし、まだ触れてもいない作品を「どうせ駄作だ」と貶めるのは、選択の合理性とは関係がありません。むしろ、純粋に楽しもうとする人々の熱を冷やす不毛な行為です。

ネガティヴが文化を痩せさせる

ネガティヴキャンペーンの最大の問題は、それが「新しい芽」を摘んでしまうことにあります。新しい作品や挑戦は、必ず最初は未熟に見えるものです。それを「くだらない」「どうせ失敗する」と一蹴してしまえば、作者や企画者はモチベーションを失い、育つ可能性のあった文化が消えてしまいます。

逆に、少数でも「面白い」と言ってくれる人がいれば、作者は書き続け、やがて作品が花開くことがあります。つまり文化を育てるのは「叩く人」ではなく「推す人」なのです。嫌いなものを下げるより、好きなものを上げる。その方がはるかに建設的であり、未来につながります。

ポジティヴを選ぶという哲学

ここで強調したいのは、ポジティヴな言葉を選ぶことは単なる「優しさ」ではなく、文化を豊かにする戦略だということです。

批判が完全に不要なわけではありません。改善を促す建設的な批判は必要ですし、時には厳しい意見が作品や企画を成長させます。ただし、それは「より良くするための言葉」であるべきで、相手を傷つけるだけの揶揄や、まだ始まってもいないものへの冷笑ではないのです。

つまり、「建設的な批評」と「ネガティヴキャンペーン」の境界は、そこに未来があるかどうかで決まります。未来を閉ざす批判は不要ですが、未来を開く批判は必要です。

結論:応援する人が文化を育てる

万博の成功も、Web小説の隆盛も、最初に応援した人々がいたからこそ実現しました。ネガティヴな声に押されずに「これは面白い」と言い切った人たちが、作者や企画者の背中を押したのです。

日本人の慎重さや同調圧力は、失敗を避けるための知恵として理解できます。しかしこれからの社会で必要なのは「最初に応援できる人」です。ランキングを参考にすることは悪くありません。ですが、同時に「自分の直感で良いと思ったものを素直に推す」ことを習慣にできれば、日本の文化はもっと多様で豊かになるでしょう。

嫌なものを下げるより、良いものを上げる。ネガティヴよりポジティヴを選ぶ。その小さな態度の積み重ねが、私たちの未来を形づくるのです。

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