悲劇の作り方|「仕掛けられた罠」の構造を分解する

2022年7月4日

悲劇を書きたい。

でも「主人公が不幸になって終わり」では、安っぽい悲劇にしかなりません。読者の心を本当にえぐる悲劇には構造がある。

この記事では、F・スコット・フィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー(グレート・ギャツビー)』を例に、「仕掛けられた罠」型の悲劇の構造を分解します。

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悲劇に必要な登場人物

「仕掛けられた罠」型の悲劇には、以下の4つの役割が必要です。

役割ギャツビーでの対応機能
主人公(善人)ギャツビー純粋な目的のために行動する
罠を仕掛ける者トム主人公の善意を逆手に取る
愛される者 / 火種デイジー主人公が守ろうとする存在であり、事件の原因にもなる
語り手 / 証人ニック真実を知る唯一の存在

4つの役割が揃って初めて、この型の悲劇は機能します。

『華麗なるギャツビー』の悲劇構造

ネタバレを含みます。悲劇の「仕組み」を理解するために必要な範囲で、プロットを追います。

伏線:小道具の交換

ギャツビーとトムの妻デイジーは、ある日車を交換して乗る。この何気ない行為が、悲劇の導火線になります。

構造的に見ると、ここでは「所有物の移動」によって罪の帰属先がずらされる準備がなされています。読者はこの時点では何の意味もない出来事として読み飛ばす。しかし結末を知ってから読み返すと、この一文がすべての起点だったとわかる。悲劇における伏線とは、当事者には見えない罠の設営行為です。

引き金:愛される者が罪を犯す

デイジーがギャツビーの車を運転中、トムの愛人であるマートルをはねてしまう。

つまり、罪を犯したのはデイジーだが、使われた車はギャツビーのもの。

ここが悲劇の構造上、最も精密に設計されたポイントです。罪を犯す者は「愛される者」でなければなりません。なぜなら、主人公が庇う動機が必要だから。見知らぬ他人の罪を被る主人公では、読者は「なぜ黙っている」と感情移入できません。愛しているからこそ黙る——この因果関係が悲劇のエンジンです。

罠:善人に罪がなすりつけられる

トムは「ギャツビーがマートルをはねた」とマートルの夫ジョージに告げる。

真実を知っているデイジーは沈黙する。ギャツビーも、デイジーを庇って否定しない。

帰結:善人は口を封じられる

マートルの夫ジョージがギャツビーを射殺し、自分も命を絶つ。

ギャツビーは死んだ。真実を語れる人間がいなくなった。

悲劇の構造として見落としてはならないのは、善人が「自ら沈黙を選んだ」ことが命取りになっている点です。外部から口を封じられたのではなく、愛ゆえに自分で封じた。この自発的沈黙が読者の胸を最も強くえぐります。「声を上げていれば助かったのに」——その後悔を読者に追体験させるのが、悲劇の帰結の設計原則です。

追い打ち:名誉の破壊

ギャツビーの葬儀には、生前のパーティに押し寄せた人々は誰も来ない。「あいつは人殺しだった」という汚名だけが残る。

語り手のニックだけが真実を知っている。しかしニックの声は、社会の中で無力。

悲劇の構造を抽象化する

ギャツビーの物語を抽象化すると、以下のパターンが見えます。


① 主人公(善人)が、純粋な目的のために行動する
② 愛する対象が、主人公と関わりのある場所で罪を犯す
③ 罠を仕掛ける者が、その罪を主人公になすりつける
④ 主人公は、愛する対象を守るために沈黙する
⑤ 主人公は、沈黙したまま破滅する(物理的 or 社会的に)
⑥ 真実を知る者がいるが、その声は届かない

この構造が読者にとって最も残酷な悲劇になるのは、主人公が「自ら声を上げれば助かったのに、愛ゆえに黙った」から。善意が自分を殺す——これが悲劇の核です。

オリジナル作品への応用例

この構造をライトノベルの設定に置き換えてみましょう。

設定

主人公:文学賞を目指す若手小説家(善人)

愛される者:主人公の親友で、同じ賞を狙う小説家

罠を仕掛ける者:出版社の編集者(裏で糸を引く)

構造の適用

1. 主人公は純粋に良い作品を書くことだけを目指している
2. 親友が、主人公の原稿を盗用して自分の作品にする
3. 編集者(親友の協力者)が「主人公が親友の作品を盗んだ」と業界に流す
4. 主人公は親友との友情を守るために黙る
5. 主人公は盗作の汚名を着せられ、文壇から追放される
6. 真実を知った読者だけが、主人公の作品の本当の価値を知っている

「仕掛けられた罠」を書くときの注意点

注意1:善人を本当に善人に描く

読者が主人公を「善人だ」と確信していなければ、悲劇は機能しません。「まあ、こいつにも問題あったよね」と思われた時点で、悲劇のカタルシスが半減します。

序盤で主人公の善性を行動で証明してください。言葉ではなく行動。誰かを助ける、自分の利益を犠牲にする——そういった具体的なシーンが必要です。

注意2:罠を仕掛ける者を知的に描く

悲劇を書く善良な作者は、しばしば悪役を書くのが苦手です。「普通の人はこんなに卑劣なことを考えない」と感じて、つい悪役を甘く描いてしまう。

しかし、悲劇の悪役は計算高く、巧妙で、読者すら騙す必要があります。

具体的なテクニックとしては、①悪役に「正当な動機」を与える(トムにとってはデイジーを取り戻すための行為)、②悪役の行動を段階的にエスカレートさせる(最初から全力で悪いのではなく徐々に)、③悪役にも「守りたいもの」を持たせる——この3点が有効です。読者が「こいつ嫌いだけど、気持ちはわかる」と感じた瞬間、悲劇の解像度は跳ね上がります。

注意3:一片の希望を残す

完全な絶望で終わると、読者は「読んだことを後悔する」体験になります。

ギャツビーでニックが語り手として真実を知っていること——これが一片の希望です。「世界はギャツビーを忘れたが、少なくともニックは真実を語り続ける」。

悲劇であっても、「この物語に意味はあった」と読者が感じられる要素を残してください。

アリストテレスの悲劇論との接続

古代ギリシャの哲学者アリストテレスは『詩学』で、悲劇の条件を定義しています。

ハマルティア(過ち):主人公の判断ミスが悲劇を招く

アナグノリシス(認識):主人公が真実を知る瞬間

ペリペテイア(逆転):運命が反転する

ギャツビーに当てはめると、ハマルティアは「デイジーを庇って沈黙した判断」、アナグノリシスは「トムがジョージに嘘を吹き込んだと知る瞬間(しかしもう遅い)」、ペリペテイアは「パーティの王から殺人犯の汚名を着た死者への転落」です。

「仕掛けられた罠」型では、ハマルティアが「善意」であることがポイント。悪ではなく善こそが破滅の原因——これがアリストテレス的悲劇の最高形態です。オイディプスが「祖国を救おうとして」自らの運命を暴いたように、善なる行為こそが破滅を加速させる——この逆説がカタルシスの源です。

→ アリストテレスの詩学を深く学ぶ → アリストテレス『詩学』に学ぶ

まとめ

要素内容
悲劇の型「仕掛けられた罠」——善人に罪をなすりつける
4つの役割善人 / 罠を仕掛ける者 / 愛される者 / 証人
核心善意が自分を殺す。愛ゆえに黙り、黙ったまま破滅する
注意善人は本当の善人に / 悪役は知的に / 一片の希望を残す

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• 古典の悲劇理論 → アリストテレス『詩学』に学ぶ

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