小説ならではの三人称の書き方|「神の視点」から「限定三人称」まで
三人称は「自由な視点」だと思われがちですが、実は3種類の書き方があり、それぞれルールが異なります。
一人称の制約から解放されるメリットは大きい。しかし「自由すぎて何を書いていいか分からない」「視点がブレて読みにくいと言われた」という悩みも生まれます。
この記事では、三人称の3種類(神の視点・限定三人称・客観三人称)の違いを明確にし、それぞれの使い方と、2025年のWeb小説で三人称一元視点が主流になっている理由を解説します。
三人称の3種類
種類1:神の視点(全知視点)
語り手は「全知の神」。すべてのキャラクターの心理を描写でき、過去も未来も知っている。場面の切り替えも自由。
特徴的な表現:
「太郎は花子の気持ちに気づいていなかった。花子が毎朝太郎より30分早く教室に来ているのは、太郎が来る前に机の上のゴミを片付けるためだった。だが、この2人の関係に転機が訪れるのは、まだ2ヶ月も先のことだ」
この例では、太郎の認識、花子の行動の理由、未来の展開まで語り手が把握しています。これが神の視点です。
向いているジャンル: 大河ドラマ、歴史小説、群像劇、叙事詩的ファンタジー
代表例: 司馬遼太郎『坂の上の雲』、トールキン『指輪物語』
司馬遼太郎に学ぶ「作者という語り部」
司馬遼太郎の作品は、神の視点の最高峰です。特徴的なのは「余談だが」「この時代にはまだ○○はなかった」のように、作者自身が語り部として前面に出ること。
普通ならメタフィクション的に感じるこの技法が、司馬作品では「歴史を語る先生の講義」のような味わいになっています。語り手の存在感を積極的に出すことで、読者との距離感を親密にする手法です。
ただし、この技法をそのままエンタメ小説に持ち込むと、物語のテンポが止まるリスクがあります。司馬遼太郎は「歴史的背景の解説」と「ドラマの進行」を高レベルで両立していたから成立していました。
種類2:限定三人称(三人称一元視点)
語り手は三人称だが、特定の1人のキャラクターの視点に「寄り添う」。そのキャラクターの心理は描写できるが、他のキャラクターの心理は描写しない。
特徴的な表現:
「太郎は教室に入った。花子が窓際の席に座っている。彼女は何かを読んでいるようだったが、太郎からは表紙が見えなかった」
太郎の知覚範囲でしか描写されていません。花子の心理は描かれず、太郎に見えないもの(本の表紙)も見えない。一人称に近い情報制限を持ちつつ、三人称の客観性を維持しています。
向いているジャンル: ラノベ全般、Web小説、異世界もの、ミステリー
2025年のWeb小説で三人称一元視点が主流の理由
現在のWeb小説市場では、三人称一元視点が最も多く採用されています。その理由は3つ。
理由1:一人称の没入感と三人称の客観性の「いいとこ取り」
主人公に寄り添いつつも「太郎は〜した」と書けるため、一人称の制約(6つの制約参照)から解放されます。
理由2:視点切り替えが容易
章単位で視点キャラを変えられるため、群像劇にも対応できます。同一章内で切り替えなければ混乱しません。
理由3:ステータス画面・システムメッセージとの相性
異世界転生ものでは「【スキル獲得:〇〇】」のようなシステムメッセージが挿入されますが、一人称だと「誰が語っているのか」が曖昧になります。三人称一元視点なら、地の文とシステムメッセージの区別が明確です。
種類3:客観三人称(カメラ視点)
語り手はカメラのように外側からキャラクターを映すだけ。誰の心理も直接描写しません。行動と会話のみで物語を進めます。
特徴的な表現:
「太郎が教室に入った。花子が顔を上げ、すぐに視線を落とした。太郎は花子の隣の席に座り、鞄から教科書を取り出した」
太郎の感情も花子の感情も書かれていません。映画のカメラが撮影しているかのような、行動のみの描写です。
向いているジャンル: ハードボイルド、ノワール、実験的文学
代表例: ヘミングウェイ『老人と海』、カミュ『異邦人』(一部)
客観三人称は難易度が高い。心理を書けないため、行動と会話だけでキャラクターの内面を伝える技術が求められます。しかし、マスターすれば「読者に想像させる力」が最も強い文体になります。
3種類の比較表
| 項目 | 神の視点 | 限定三人称 | 客観三人称 |
|---|---|---|---|
| 語り手の知識 | 全知 | 特定キャラ限定 | 誰も知らない |
| 心理描写 | 全員可能 | 視点キャラのみ | 誰も不可 |
| 情報の自由度 | 最高 | 中程度 | 最低 |
| 没入感 | 低〜中 | 高 | 中(想像力に依存) |
| 視点切り替え | 自由 | 章単位で可能 | 自由 |
| 難易度 | 高(散漫になりやすい) | 中 | 最高 |
| Web小説での使用頻度 | 低 | 最高 | 非常に低 |
三人称でよくある3つの失敗
失敗1:視点が頻繁にブレる
1つのシーン内で、太郎の心理→花子の心理→次郎の心理とコロコロ切り替わる。これは「ヘッドホッピング」と呼ばれ、読者を混乱させます。
対策: 1つのシーン(場面転換まで)は1人の視点キャラに固定する。視点を変えたいときは、空行やシーン区切り(***)を入れてから切り替える。
失敗2:神の視点と限定三人称が混在する
普段は太郎の限定三人称なのに、突然「花子は心の中でため息をついた」と別キャラの内面を書いてしまう。これは視点の混在であり、読者は「誰の目線で読めばいいのか」が分からなくなります。
対策: 執筆前に「この章の視点キャラは誰か」をメモし、そのキャラが知り得ない情報・感情は書かないと決める。
失敗3:三人称なのに一人称的な地の文
「太郎は思った。まったく、今日は最悪の日だ」。この「まったく、今日は最悪の日だ」は一人称的な独白です。限定三人称ではある程度許容されますが、「自由間接話法」として意図的に使う場合とそうでない場合を区別してください。
自由間接話法の例:
太郎は空を見上げた。まったく、今日は最悪の日だ。灰色の雲が低く垂れ込め、午後から雨になるのは間違いない。
この例では、「まったく〜」以降が太郎の内面(自由間接話法)で、三人称の地の文にキャラの主観をなめらかに溶け込ませています。これは意図的な技法です。
SNS時代の三人称——「自分」を出す新しい書き方
2025年の創作環境では、SNS文化の影響で「語り手の個性」が重視されています。三人称でも、語りの中に作者の個性をにじませる書き方が増えています。
エッセイ的三人称
「太郎は朝の5時に目覚めた。5時である。人は5時に起きるべきではない、と著者は考えるが、太郎にそんな選択肢はなかった」
司馬遼太郎の技法を現代的にアレンジした書き方で、語り手の存在を読者に見せる手法です。エンタメ小説では賛否が分かれますが、エッセイ要素の強いブログ小説やnote小説では有効です。
VTuber・配信者的語り
「さて、太郎くんがどうなったか見てみましょう」。語り手が読者に話しかける形式で、YouTubeの語り系動画や配信文化の影響を受けたスタイルです。Web小説のコメディ作品で時折見られます。
自分の作品に合う三人称を選ぶ方法
判断基準1:キャラクターの数
主要キャラが1〜2人で、そのキャラの内面を深く描きたい → 限定三人称
主要キャラが5人以上で、全員の物語を描きたい → 神の視点 または 限定三人称の視点交代
判断基準2:情報の管理
読者に与える情報をコントロールしたい(ミステリー要素がある) → 限定三人称
全体の状況を俯瞰的に描きたい → 神の視点
読者に想像させたい → 客観三人称
判断基準3:投稿先
小説家になろう・カクヨム → 限定三人称(読者がこの形式に最も慣れている)
文芸誌・新人賞 → どれでもOK(技術力が問われる)
note・ブログ → エッセイ的三人称も選択肢に入る
この記事のまとめ
| 三人称の種類 | 特徴 | おすすめ場面 |
|---|---|---|
| 神の視点 | 全知、全員の心理可 | 歴史・群像劇・大河 |
| 限定三人称 | 1人に寄り添い、他者は外から | Web小説・ラノベ・ミステリー |
| 客観三人称 | 心理描写なし、行動のみ | ハードボイルド・実験的文学 |
三人称は「自由な視点」ではなく「選択のある視点」です。神の視点・限定三人称・客観三人称、あなたの物語に合った三人称を選び、そのルールを一貫して守ってください。
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