【映像×創作】『梨泰院クラス』に学ぶ。揺るがない信念が「世界を屈服させる」主人公の条件

今回のテーマは「主人公のキャラクターアーク(内的変化の軌跡)と、世界に対する反逆」です。題材として、日本でも社会現象を巻き起こした韓国の復讐劇・起業ドラマである『梨泰院クラス(Itaewon Class)』の作劇構造を取り上げます。

一般的な物語を描くための脚本術(構成論)の本を開けば、そこには必ず「主人公の成長(アーク)」について書かれています。「物語の序盤で欠落を抱えていた主人公が、数々の試練を通して自分の間違いや思い込みに気づき、成長して(変化して)問題を乗り越える」という絶対的なセオリーです。

しかし、『梨泰院クラス』の主人公であるパク・セロイは、このセオリーを真正面から否定しています。
彼は物語の第1話から最終話に至るまで、自身の持つ「信念(誰にも膝を屈しない、仲間を絶対に見捨てない)」を一切、本当に1ミリも変える(曲げる)ことがありません。

「成長(変化)しない主人公」は、本来であれば読者に飽きられたり、作劇が行き詰まったりするリスクの高いアプローチです。それなのになぜ、私たちはパク・セロイの前進にこれほどまでに熱狂し、胸を熱くしたのか。
「主人公が世界に合わせる」のではなく「世界を主人公の形にひん曲げる」という、極めてストロングスタイルなエンターテインメントの構造を紐解いていきます。

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「妥協(大人になること)」を拒絶する暴力的なまでの頑固さ

パク・セロイの物語は、高校時代に強大な外食企業「長家(チャンガ)」の御曹司のいじめを止めに入り、彼を殴ったことから始まります。
長家の会長は「土下座をして謝れば許してやる」と持ちかけますが、セロイは「自分は間違っていないから謝らない」と拒絶します。その結果、彼は退学になり、父親は事故で殺され、自身は前科者として刑務所に入ることになります。

「たった一度、権力者に膝を屈して(嘘でもいいから)頭を下げる」。
ただそれだけの「賢い大人の対応(妥協)」をすれば全てが丸く収まったはずの場面で、彼は自身の信念を貫き、人生のすべてを失います。

「信念の代償」を最大化して提示する

通常、ここまで悲惨な目にあえば、人間は「世の中は自分の思い通りにはならない」「正論だけでは生きていけない」と学習し、少しは世間に迎合(変化)するようになります。多くの復讐劇における主人公は、「表面上は敵に従うフリをして、裏で巧妙な罠を張る」というダークヒーローへと変貌します。

しかし、セロイは前科者となってもなお、正攻法(真っ当な商売と、仲間への絶対的な信頼)だけで長家を叩き潰すと宣言し、気が遠くなるような時間をかけて居酒屋「タンバム」を成長させていきます。

ここで作劇として機能しているのが、「信念を貫くことの代償(ペナルティ)の大きさ」です。周囲の人間も視聴者も「もう休めよ、ちょっとくらい妥協したって誰も責めないよ」と懇願したくなるほど、彼はバカみたいに不器用な茨の道を歩き続けます。
この「異常なまでの頑固さ(一切ブレない軸)」が最初に提示されることで、視聴者の中に「この男は絶対に、私の期待を裏切らない(決して敵の軍門に降らない)」という絶大な「キャラクターへの信頼」が構築されるのです。

不変の主人公に対する「周囲(世界)の変容」

主人公(セロイ)が一切変化しないのであれば、長編物語としてのドラマチックな変化や起伏はどこで生まれるのでしょうか。
それは、「揺るがない主人公(巨大な引力)」に引き寄せられ、彼と衝突した「周囲のキャラクターたち」と「世界そのもの」が劇的に変化していくプロセスにあります。

周囲の人間が「主人公の形」に感化される

居酒屋「タンバム」に集まってくる仲間たちは、全員が社会からの疎外者(前科者、ソシオパス、トランスジェンダー、親に捨てられた非行少年など)であり、それぞれが深い傷と「世の中への諦め」を抱えています。

そんな彼らが、どんな理不尽な状況でも「お前の価値を、他人に決めさせるな」と言い切り、自分のために命を懸けて盾になってくれるセロイの背中を見続けるうち、「この人のいる世界なら、もう一度信じてみよう」と、見違えるような強い人間へと成長(変化)していきます。

「主人公が成長する」のではなく「完成された主人公の圧倒的な熱量が、周囲の諦めきった人間たちを次々と発火させ、彼らの人生を劇的に変えていく(成長させる)」。
この群像劇的な変化のプロセスこそが、セロイ自身が変化しないという作劇上の短所を補って余りある、壮大な「化学反応の連鎖」を生み出しているのです。

「権力」が「信念」の前に膝から崩れ落ちるカタルシス

そして最大のカタルシスは、物語の終盤、絶対的な強者であり、セロイの父親を間接的に殺した長家の会長との最終決戦にあります。

長家の会長は、「金と権力こそがすべて」という価値観の権化であり、「力を持たない者の信念など、ただの犬の遠吠えにすぎない」とセロイを見下し続けてきました。
しかしセロイは、たったひとつの居酒屋からスタートし、何年もかけて真っ当な商売と仲間の力だけで長家を追い詰め、最後にはビジネスにおける正当な手段で経営権を奪い取ります。

敵の「価値観の核」をへし折る瞬間

最終盤、すべてを失い病に倒れた会長がついにセロイの前にひざまずき、かつてセロイに強要した「土下座」をして許しを乞うシーン。
ここでセロイが見せる反応は、「歓喜」でも「ざまあみろという嘲笑」でもありませんでした。彼はただ冷たく「私は商売人です。買収の邪魔をしないでください」と、淡々と現実を言い渡すだけでした。

これは、単なる暴力や金による復讐の完了ではありません。
「力ですべてを支配してきた強者が、自分から全てを奪ったはずの『弱者の捨て身の信念』の前に、完全に価値観をへし折られ、人生の前提を否定された」という、究極の「魂の完全敗北」の瞬間です。
世界(理不尽な社会システム)のほうがついに折れ、セロイの真っ直ぐな生き方の前に屈服したのです。

創作への視座:「不変の主人公」をいかに描くか

これら『梨泰院クラス』の構造から、私たちが「信念を曲げない主人公」を描く際のアプローチを整理してみます。

1. 最初の決断で「取り返しのつかない大損」をさせる
主人公の持つ信念(正義感や美学)が本物であることを読者に証明するためには、序盤で「その信念を貫いたせいで、地位や財産、大切なものを全て失う」という強烈なペナルティを描写してください。口先だけでなく、「自分の手足を切り落としてでも引かない」という覚悟を見せることで、キャラクターのカリスマ性はカンストします。

2. 主人公に「感化される(救われる)」モブキャラの群像劇を作る
主人公自身の内面が変化しない分、その被害を被って諦めかけていた周囲のサブキャラクターたちを配置します。彼らが主人公の無謀なまでの真っ直ぐさに呆れながらも、次第に絆熱され、かつて失った情熱を取り戻していく過程を丁寧に描くことで、物語全体の「成長ベクトル」を担保することができます。

3. 敵(ヴィラン)を「妥協した大人の象徴」として配置する
敵キャラクターは、単なる悪人ではなく「かつては主人公と同じような理想を持っていたが、世界の理不尽に負けて妥協し、力を得るために悪に染まった人間」として設定するのが効果的です。そうすることで、主人公の戦いは単なる物理的な殴り合いではなく、「自分の生き方(信念)は間違っていなかったという、人生の答え合わせ=価値観の戦争」へと昇華されます。

まとめ

『梨泰院クラス』のパク・セロイに私たちが熱狂したのは、彼が頭が良くて無敵の能力を持っていたからではありません。
私たちが日々生きているこの社会で、無意識に飲み込んでいる「仕方ない」「これが大人になるということだ」という無数の小さな妥協と諦め。それを、彼だけが「絶対に嫌だ」と突っぱねてくれたからです。

「自分の価値観を曲げてまで得る世界なら、そんな世界ごと叩き壊して作り直す」。
その途方もなく不器用で、暴力的なまでの純粋さ(頑固さ)は、フィクションという特権空間においてのみ許される、最高にロマンチックで美しい生き様です。

もしあなたの物語の主人公が、壁にぶつかって道に迷っているなら。
あえて「絶対に道を譲らない」「壁の方を殴り壊すまで拳を振り下ろし続ける」という、極端なまでのストロングスタイルを選択させてみてください。その血の滲んだ拳にこそ、読者は自分の人生の希望を仮託して、熱狂的な声援を送ってくれるはずです。

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