【物語論をわかりやすく解説シリーズ3-2】物語の構造分析(後編)|ブレモンとバルトの「分岐」と「伏線」
前回の記事では、ウラジミール・プロップによる「物語の31の機能」を紹介しました。
プロップは「ロシアの魔法昔話」という限定的なジャンルを分析しましたが、その後の研究者たちは、この理論をもっと現代的な、あらゆる物語に応用できるように改良していきました。
今回は、プロップを継承し、さらに発展させた2人のフランス構造主義者、クロード・ブレモンとロラン・バルトの理論をご紹介します。
彼らの理論を一言で言えば、「物語は一本道ではなく、無数の選択肢(分岐)でできている」というものです。
これは現代のゲームシナリオや、伏線を張り巡らせた小説を書く上で非常に役立つ考え方です。
2. クロード・ブレモン:選択の論理
時代を先行し過ぎたプロップの研究は、長い年月にわたって忘れられていましたが、1958年に英訳され、フランスで注目を浴びます。
その理論を受け継ぎ、批判的に発展させたのがクロード・ブレモンです。
ブレモンは、プロップの理論の最大の弱点を見抜いていました。
それは「すべての物語が同じ順番で進むわけではない」という点です。
プロップの「魔法昔話」では、機能1(留守)の次に必ず機能2(禁止)が来ます。これは運命のように決まったレールです。
しかしブレモンは考えました。
「主人公は、いつだって『行動しない』という選択もできるはずだ」と。
機能=「選択すること」
ブレモンにとって、物語の機能とは「選択の可能性」です。
彼は物語の最小単位を以下の3段階のプロセスだと定義しました。
1. 可能性(行動が起こる前):何かをするチャンスや課題が生まれる。
2. 実行(行動が進行中):実際に行動するか、しないかを選択する。
3. 完了(行動が終結する):行動の結果、成功したか失敗したかが決まる。
「何か出来事が発生し、それについての複数の対処法が、読者の中で論理的に生まれ、その内の1つを選択することで、物語が展開する」。
この「可能性の広がり」こそが物語だと考えたのです。
RPGの「選択肢」で考える
ブレモンの理論は、現代のRPG(ロールプレイングゲーム)の構造そのものです。
例えば、勇者が森の中でモンスターに遭遇したとします。
① 可能性(Action Potentiality)
「モンスターが現れた!」という状況が発生します。
ここでプレイヤー(主人公)には、「戦う」「逃げる」「話しかける」などの行動の選択肢が生まれます。まだ行動は起きていませんが、物語が分岐する分岐点に立っています。
② 実行(Actualization)
プレイヤーは「戦う」を選択します。
ここで初めて行動が実行に移されます。もし「逃げる」を選んでいれば、物語は全く別のルート(逃走ルート)に進んでいたことになります。
プロップの理論では「主人公は必ず戦う」ことになっていましたが、ブレモンの理論では「戦わない自由」も認められているのです。
③ 完了(Result)
戦った結果どうなったか。
「勇者は勝った」のか「勇者は負けた」のか。
ここでもまた、結果による分岐が発生します。
このように、ブレモンの理論がプロップと大きく異なる点は、「物語の筋は、最初から決まっているものではない」と考えた点にあります。
プロップの理論が「運命付けられた一本道の物語(神話、昔話)」の分析に適していたのに対し、ブレモンの理論は「主人公の意思で未来が変わる物語(近代小説、ゲーム)」の分析に適しています。
創作に応用するなら、「この場面で主人公にはどんな選択肢があるか? もし逆を選んだらどうなるか?」と常に分岐を意識することで、ご都合主義ではない、緊張感のあるプロットを作ることができます。
3. ロラン・バルト:機能の分類とシークエンス
プロップの理論を最も洗練させ、現代の物語論の基礎を築いたのがロラン・バルトです。
彼の理論は、物語の構成要素を非常に細かく、実用的に分類しています。
バルトは物語の中にある要素(記述)を、大きく「機能」と「指標」の2つに分け、さらにそれぞれを2つに分類しました。
① 機能(Functions):物語を進める行為
物語の展開に直接関わる「行為」のことです。
1. 枢軸機能体(Cardinal Functions / Nuclei)
* 物語の核となる重要な行為です。
* これを削除したり変更したりすると、物語の筋そのものが変わってしまいます。
* 例:「電話が鳴る」「電話に出る」「犯人を知る」。
* バルトはこれを「次の行動のための選択肢を提示し、(結果として)物語を進行させる行動」と定義しました。(例:「挨拶される」→「返す/無視する」の選択が生まれる)
2. 触媒(Catalyzers)
* 枢軸機能と枢軸機能の間を埋める、つなぎの行為です。
* 物語の進行には直接影響しませんが、情報の遅延やサスペンスの持続に役立ちます。
* 例:「受話器に手を伸ばす」「一瞬ためらう」「深く息を吸う」。
* これらをカットしても「電話に出た」という事実は変わりませんが、シーンの緊張感やテンポが変わります。
② 指標(Indices):物語の意味づけ
物語の展開(行為)ではなく、雰囲気や心理、人物像に関する情報です。
3. 指標(Indices proper)
* 登場人物の性格、心理状態、場の雰囲気などを暗示する情報。
* 例:「彼は苦々しい顔をした」(心理の指標)、「空には暗雲が立ち込めていた」(不吉な雰囲気の指標)。
* これらは物語の「意味」を豊かにします。
4. 情報報知(Informants)
* 時間、場所、名前、年齢などの具体的なデータ。
* 物語世界を特定するための即物的な情報です。
* 例:「1999年、東京」「柴田純、24歳」。
これらをまとめると、物語は「枢軸機能(骨組み)」の間に「触媒(肉付け)」があり、それらが「指標(雰囲気)」と「情報(データ)」によって彩られている、という構造になります。
ドラマ『ケイゾク』で見る機能の分類
TBSの傑作ドラマ『ケイゾク』の冒頭シーンを例に、これらの機能を分類してみましょう。
「遅くなってすいません!」
初日から遅刻をした新人警部補の柴田は、マフラーを取りながら係長の野々村に頭を下げて謝ります。
野々村は柴田を怒ることなく、部署のみんなに穏やかに柴田を紹介します。
「近藤と申します」「谷口です」
と、丁寧に席まで立って、新人の柴田にあいさつをする同僚たちであったが、ただ一人……
「ああ、真山です。よろしく……」
一番後ろで座る真山と言う若い男だけが、席を立つこともなく頭だけを少し下げて、気のなさそうな挨拶をした。
• 【枢軸機能】:「野々村は柴田を怒ることなく」「柴田を紹介する」
* もし野々村が激怒して追い出していたら物語が変わります。ここでは「受け入れる」という選択がなされ、物語が進みました。
• 【触媒】:「マフラーを取りながら」「丁寧に席まで立って」
* これらがなくても「挨拶した」という事実は変わりませんが、シーンのリアリティを作っています。
• 【指標】:「席を立つこともなく頭だけを少し下げて」「気のなさそうな」
* これは真山の「無愛想」「変人」というキャラクター性を暗示する重要な指標です。物語の筋(挨拶が終わる)には影響しませんが、視聴者に「こいつは一筋縄ではいかないぞ」という印象を植え付けます。
• 【情報報知】:「新人警部補」「柴田」
* 具体的な設定情報です。
シークエンスの「閉じる/開く」技術
バルトはさらに、いくつかの機能が集まってひとつの意味ある塊になったものを「シークエンス」と呼びました。
例:「注文する」→「待つ」→「食べる」→「支払う」=【食事のシークエンス】
バルトが提唱した面白い物語のテクニックの一つに、「シークエンスが閉じないうちに、次の新しいシークエンスを開く」というものがあります。
普通の物語は、シークエンスが順番に終わっていきます。
「事件発生」→「解決」。(終了)。「次の事件」→「解決」。(終了)。
これでは単調です。
面白い物語は、こうなっています。
1. 【全体の謎】を開始(真山は悪人なのか?):シークエンス【A】が開く
2. その中で、【第1話の事件】が発生:シークエンス【B】が開く
3. 事件が解決する:シークエンス【B】が閉じる(完了)
4. しかし、【A】はまだ閉じないまま、【新たな脅威】が発生:シークエンス【C】が開く……
『ケイゾク』もこの構造です。
一話完結の事件(B)は毎回解決して閉じますが、シリーズ全体を貫く「真山の過去と朝倉の謎(A)」というシークエンスはずっと開かれたまま(解決しないまま)です。
「事件は解決したのに、何か不安だ」「早く続きが知りたい」。
この「閉じないシークエンス(未解決の謎)」が読者を物語に繋ぎ止めるフックになるのです。
まとめ:方程式を使ってプロットを組もう
全2回にわたり、物語の構造分析(プロップ、ブレモン、バルト)を見てきました。
難解な用語も多かったですが、創作に使えるツールとしてまとめると以下のようになります。
1. プロップの31の機能:
* 物語の「骨組み」を作るためのテンプレート。
* 「行き詰まったら、次は『敵対者との闘争』を入れてみよう」といったガイドラインになります。
2. ブレモンの能動的選択:
* 主人公に「選択」をさせることで、物語に主体性と緊張感を生む。
* 「ここで逃げる選択肢もあるが、あえて戦う」ことでキャラが立ちます。
3. バルトのシークエンス:
* 小さな解決(小シークエンス)と、大きな未解決(大シークエンス)を重ねる。
* 「謎」を残したまま次へ進むことで、読者を離脱させない構成を作る。
これらは、先人たちが膨大な物語を分析して見つけ出した「面白い物語の法則」です。
ぜひあなたのプロット作りにも取り入れてみてください。
次回からは、物語論のもう一つの柱、「言説論(ディスクール)」に入ります。
「どう語るか」の魔術師、ジェラール・ジュネットの登場です。
次回記事:【物語論シリーズ4-1】物語論の完成(前編)|ジュネットの「時間」操作術