【物語論をわかりやすく解説シリーズ4-2】物語論の完成(後編)|ジュネットの「視点」と「語り」

前回の記事では、ジェラール・ジュネットの「時間」に関する理論(順序、速度、頻度)を解説しました。
今回は、同じくジュネットが提唱した「叙法(モード)」「態(ヴォイス)」についてです。

これらは簡単に言えば、「誰の目を通して語るか(視点)」「誰が語っているか(語り手)」の問題です。

「一人称と三人称、どっちがいいの?」
「キャラの内面描写はどこまで書けばいいの?」

そんな疑問に対し、ジュネットの理論は明確な答えを与えてくれます。
『東京喰種』や『SPEC』などの作品を例に、物語の「見せ方」を操るテクニックを学びましょう。


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2. 叙法(Mode):情報の出し方を調整する

「叙法」は、読者に情報をどう伝えるか、その「距離」と「視点」のコントロールです。

① 距離(Distance)

物語を「ありのまま再現するか(ミメーシス)」、それとも「要約して語るか(ディエゲーシス)」の違いです。

再現的(ミメーシス):セリフや詳細な動作をそのまま書く。「俺はお前と決闘がしたいんだ、と言った」。臨場感が高まり、読者との距離が縮まります。

要約的(ディエゲーシス):語り手が内容をまとめて伝える。「俺は彼に決闘を申し込んだ」。事実関係は伝わりますが、読者との距離は遠くなります。

② 焦点化(Focalization)

いわゆる「視点」のことですが、ジュネットはこれを「焦点化」と呼びました。
「誰が見ているか(知覚)」と「誰が語っているか(発話)」をごっちゃにしないためです。

1. ゼロ焦点化(神の視点):語り手はすべてを知っています。どのキャラの心中にも入れますし、同時に別の場所で起きていることもわかります。
2. 内的焦点化(キャラクター視点):特定のキャラクターの視覚・聴覚・知識に制限されます。そのキャラが知らないことは読者にもわかりません。感情移入を誘うのに最適です。
3. 外的焦点化(カメラの視点):客観的な行動や外見のみを描写し、誰の内面にも入り込みません。ハードボイルドな小説などで使われます。

『東京喰種』に見る視点の転換

「視点」によって物語がいかに変わるか、アニメ『東京喰種(トーキョーグール)』を例に挙げてみましょう。

この作品は、人間を食べることでしか生きられない「喰種(グール)」と、彼らを駆逐しようとする「人間(CCG)」の戦いを描いています。
物語の中で視点は、「喰種側(カネキたち)」と「人間側(亜門や真戸)」の間を目まぐるしく移動します。

「人間視点」で描かれるとき、当然ながら喰種は「恐ろしい怪物」であり「悪」です。
しかし、視点が「喰種」に切り替わるとどうなるでしょう?
彼らには守るべき家族がいて、人間と同じようにコーヒーを楽しみ、ただ生きようとしているだけであることがわかります。すると、先ほどまで正義の味方に見えていた人間たちが、「理不尽な殺戮者」に見えてくるのです。

「視点さえ変えれば、同じ物語でも善悪の印象は自由に操作できる」
『東京喰種』は、複数の視点を巧みに操ることで、一つの物語の中に「複数の真実」を同時に存在させる、高度なジュネット理論の実践例と言えるでしょう。

『ケイゾク』と『SPEC』の視点の違い

また、ドラマ『ケイゾク』と、その続編的世界観を持つ『SPEC』における、「朝倉」という存在の描き方の違いも見てみましょう。

『ケイゾク』では、朝倉は真山の宿敵であり、正体不明の「絶対的な悪」「理解不能な怪物」として描かれます。これは視点が真山や柴田といった「通常の刑事」に固定されている(内的焦点化されている)ため、朝倉の異常性が際立つのです。

一方、『SPEC』の世界になると、朝倉のような能力を持つ人間(スペックホルダー)が多数登場します。物語の焦点が「スペックホルダーたち」全体に広がることで、朝倉もまた「能力者の一人」として相対化されます。
「たった一人の理解不能な怪物」という恐怖は薄れますが、代わりに「能力者が当たり前に存在する社会の恐怖」という新しいリアリティが生まれるのです。

3. 態(Voice):誰が語っているのか

「態」は、「語り手」と「物語」の関係についての分析です。
「誰が喋っているのか?」という問題です。

① 語りの時間

語り手が、いつの時点から語っているか。

同時的:現在進行系で語る。「私は今、走っている」。

事後的:過去の出来事を回想して語る。「あの時、私は若かった」。最も一般的です。

予言的:未来の出来事を語る。予言書など。

② 語りの水準(Narrative Levels)

物語の中に別の物語が入る「入れ子構造」のことです。

物語世界外( extradiegetic):物語の外枠。著者が読者に語りかけるレベル。

物語世界内(intradiegetic):物語の中の出来事。

メタ物語世界(metadiegetic):登場人物がさらに語る物語(作中作、回想の中の回想など)。

③ 人称(Person)

語り手が物語の中にいるかどうか。

1. 異世界語り手(heterodiegetic):語り手は物語の登場人物ではない。(三人称記述)
* いわゆる「三人称視点」。作者(ナレーター)が物語の外から語ります。
2. 同世界語り手(homodiegetic):語り手自身も登場人物の一人である。(一人称記述「私」)
* いわゆる「一人称視点」。主人公などが自分のこととして語ります。

信頼できない語り手(Unreliable Narrator)

この「態」の理論を悪用(?)したテクニックが、ミステリーなどで使われる「信頼できない語り手」です。

一人称(同世界語り手)で語られている場合、読者は無意識に「語り手は真実を話している」と思い込みます。
しかし、もし語り手が「嘘つき」だったり、「狂っていた」り、「勘違いしていた」りしたら?

最後に「実はこれまでの話は、精神病院患者の妄想だった」「実は語り手が犯人だった」と明かされるような叙述トリックは、このジュネットの分類における「語り手と物語世界の距離」を逆手に取ったものです。

パラテクスト:物語の外側

最後に、ジュネットは「パラテクストParatext)」の重要性も指摘しました。
これは本文以外のすべての要素です。

• タイトル、サブタイトル

• あとがき、前書き

• 帯のキャッチコピー

• 表紙イラスト

• 目次

これらは物語そのものではありませんが、読者が物語をどう読むかジャンル期待を強く制御します
「どんでん返しあり!」という帯があれば、読者は疑って読みます。
タイトルが『○○殺人事件』なら、ミステリとして読みます。
本文を書くだけでなく、これらパラテクストまで演出してこそ、真のストーリーテラーです。

参考書籍:物語のディスクール

本記事で解説したジェラール・ジュネットの理論は、彼の著書『物語のディスクール』で詳細に展開されています。
より深く学びたい方は、ぜひ手に取ってみてください。

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まとめ:先人たちの「型」を使いこなそう

全4回(+分割編)にわたって物語論(ナラトロジー)の基礎から応用までを紹介してきました。

1. 構造主義:物語には共通の深層構造がある。
2. プロップ:物語は「31の機能」で動く。
3. ブレモン・バルト:物語は「選択」と「伏線」で分岐する。
4. ジュネット:物語は「時間」と「視点」の操作で演出される。

これらの理論は、決して「創作の自由を奪うルール」ではありません。
むしろ、行き詰まったときに立ち返るべき「地図」であり、読者をより深く物語に引き込むための「魔法の杖」です。

創作に行き詰まったとき、「このシーン、なんか盛り上がらないな」と思ったら、ジュネットの理論を思い出してください。
「ここを回想にしてみようか?(時間操作)」
「視点を敵役に変えてみようか?(焦点化)」

そうやって理論を具体的なツールとして使うことで、あなたの物語はより深く、面白くなるはずです。

参考書籍

物語論についてより深く学びたい方は、これらの書籍をぜひ手に取ってみてください。

前回の記事:【物語論シリーズ4-1】物語論の完成(前編)|ジュネットの「時間」操作術

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【物語論シリーズ1】物語論の概要

【物語論シリーズ2】物語論のルーツ

【物語論シリーズ3-1】物語の構造分析(前編)

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