判官贔屓とは?|日本人が本能的に好む「不遇の英雄」物語パターン
大谷翔平の通訳事件を覚えているでしょうか。
2024年、長年の親友に裏切られるという不遇が報じられたとき、日本中が大谷の味方になりました。怒りの矛先は通訳に向かい、大谷への同情と応援は一気に加速した。そしてそのシーズン、ドジャースはワールドシリーズを制覇します。
不遇のあとの栄光。この物語に胸を熱くした人は多いはずです。
実はこの感情には名前があります。判官贔屓(はんがんびいき)——不遇の英雄に同情し、肩入れしてしまう日本人の心性です。そしてこの心性は、千年前からまったく変わっていません。
判官贔屓の意味と起源
判官贔屓とは「不遇の英雄、弱者や敗者、また実力や才能はあるのに認められない者たちに同情心や贔屓心をもつこと」です。もう少し砕けば、強者にいじめられる弱者への肩入れと言えます。
「判官」とは源義経の官職——左衛門府の三等官である左衛門少尉——に由来しています。つまり「判官贔屓」とは「義経贔屓」と同じ意味なのです。
では、なぜ義経がこれほどまでに「贔屓される英雄」になったのか。
源義経という物語の原型
義経は東北地方の豪族・奥州藤原氏の藤原秀衡に育てられた武将です(幼名は牛若丸)。1180年から1185年にかけての源平の決戦——治承・寿永の乱——において、平家追討の最大の功労者でした。
• 兄・源頼朝が伊豆で挙兵すると、東北からわずか数十騎で馳せ参じた
• 遠征軍を束ね、関西に攻め入った
• 壇ノ浦の戦いで平家を滅亡させた
しかし、いくつかの行き違いから頼朝の怒りを買います。三種の神器のうち天叢雲剣を海に沈めてしまったこと、頼朝に無断で朝廷から官職を受けたこと、功績を鼻にかけていると讒言されたこと。
義経は弁明の起請文を送りましたが、頼朝の返答は冷淡でした。
> 「これまで勝手にふるまいながら、いまさらあわてて弁明しても、もうとり上げることはできない」
Twitterで「頼朝公怒ってるよ!」とリアルタイムで知ることなどできない時代です。関西と関東で離れ離れになれば、相手の怒りを知ること自体が難しい。頼朝の言い分は、現代の感覚で見ても厳しすぎる。
その後、頼朝は義経の鎌倉入りを拒み、旧領を没収し、ついには追討の対象としました。義経は育ての親・藤原秀衡を頼って奥州へ逃亡しましたが、秀衡は既に亡く、その子・藤原泰衡によって自害に追いやられます。
人々は「あんなすばらしい方が、このようになってしまって」と嘆き、義経は北に逃れて大陸に渡りチンギス・ハーンになった——という荒唐無稽な伝説まで生まれました。それほど人々は、義経が報われてほしかったのです。
判官贔屓の2つの核心要素
義経の物語を分解すると、判官贔屓を機能させる核心要素が2つ見えてきます。
要素①:人々の願望を具現化する英雄
義経は軍事的天才であり、兄のために命がけで戦った忠義の人でした。英雄になるまでの過程にも魅力がある。東北から関東に出て、関西で英雄となる姿は「貴種流離譚」——若い神や英雄が他郷をさまよいながら試練を克服し、尊い存在となる説話の型——そのものです。
要素②:英雄を踏みにじる「悪玉」の存在
源頼朝、藤原泰衡など、英雄の行く手を阻む存在です。重要なのは、悪玉は純粋な悪である必要がないこと。頼朝には「国を統治する」という大義がありました。悪玉に正当性があるほど構造的な不条理が際立ち、読者の同情はかえって深まるのです。
物語がハッピーエンドになるにせよバッドエンドになるにせよ、「悪玉によって不遇を強いられる英雄」という骨格——これが判官贔屓の正体です。
貴種流離譚——旅する英雄は日本人の原型
貴種流離譚は日本神話から現代のライトノベルまで脈々と受け継がれている物語類型です。
• ヤマトタケル——皇子でありながら各地を転戦し、最期は白鳥となった
• 光源氏——高貴な血を持ちながら須磨に流された
• 源義経——東北から関西へ、そして再び東北へ
共通するのは「高い資質を持ちながらも放浪を余儀なくされ、試練の中で輝く」構造です。この構造が判官贔屓と結合すると「旅→栄光→転落→同情」という強力な感情曲線が生まれます。
日本人が何百年も好んできたこの曲線は、そのまま物語の設計図になります。
大谷翔平という現代の義経
冒頭で触れた大谷翔平の物語は、現代の貴種流離譚→判官贔屓の構造そのものです。
岩手県花巻市という「東北」から北海道(日本ハム)に出て、アメリカへ渡る。異国の地で二刀流という前人未踏の挑戦に立ち向かう——まさに貴種流離譚です。
2024年、通訳事件という「不遇」が襲いかかったとき、人々の怒りは通訳に向かいました。大谷への同情は爆発的に高まり、その年のワールドシリーズ制覇で「不遇のあとの栄光」が完成する。
国民栄誉賞を辞退したときも、日本人はスカッとした感覚を覚えました。「大谷の人気を利用しようとする権力者」を退けた——という構図を無意識に読み取ったからでしょう。
「権力を持つ者は悪、それに抗う英雄は尊い」——これは日本人が振り払えない先入観かもしれません。しかし物語の類型として、この構造が日本人の心を確実に動かす事実は知っておいて損はないはずです。
鬼滅の刃に埋め込まれた判官贔屓
2020年代最大のヒット作「鬼滅の刃」にも、判官贔屓の構造は巧みに埋め込まれています。
竈門炭治郎は家族を失い、妹を鬼にされた「不遇の英雄」です。鬼殺隊に入るまでの修行は貴種流離譚的な試練の旅であり、柱たちに認められない時期や裁判にかけられる場面は「悪玉に訴えられる英雄」の変奏です。
しかし吾峠呼世晴がさらに巧みなのは、鬼の過去回想にも判官贔屓の構造を使っていること。累、猗窩座、妓夫太郎……いずれも「不遇な過去」が描かれ、読者は敵であるはずの鬼にすら同情を覚えます。
判官贔屓を主人公だけでなく敵キャラにも適用することで、物語全体の感情の厚みが増す。これは応用として素晴らしい手法です。
「悪玉」から描くという上級手筋
もうひとつ、上級テクニックに触れておきます。
頼朝には頼朝の苦悩がありました。義経を放置すれば幕府の秩序が崩壊する——そんな判断を下さざるを得なかった兄の物語は、三谷幸喜の「鎌倉殿の13人」で見事に描かれています。
「判官贔屓の悪玉が、実は別の判官贔屓の英雄だった」——この入れ子構造を使えば、どちらの立場にも感情移入できる重層的な物語が生まれます。悪役のサイドストーリーに判官贔屓を仕込むだけで、作品の深みは一変するのです。
自作に判官贔屓を組み込む
判官贔屓を自作に活かすために、4つの問いを立ててみてください。
①英雄の「資質」は明確か?
読者が「この人は報われるべきだ」と感じるには、主人公の才能や人柄が見えている必要があります。戦闘力だけでなく、「優しさ」「信念」「仲間想い」も立派な資質です。
②「悪玉」は機能しているか?
悪玉は純粋な悪である必要はありません。むしろ正当性のある悪玉ほど効果的。頼朝にも大義があったように、「間違っていないけれど許せない」存在が判官贔屓を最も強く誘発します。
③不遇のタイミングは適切か?
判官贔屓は「栄光の直後」に不遇が来ると最も効きます。
| パターン | 感情効果 |
|---|---|
| 栄光→不遇→再起 | 王道。少年漫画的カタルシス |
| 不遇→栄光→不遇 | 義経型。悲劇の余韻が残る |
| 不遇→不遇→栄光 | 溜めが長い分、カタルシスが最大 |
④「旅」の要素はあるか?
主人公が場所を移動する——故郷から都へ、都から異国へ——ことで判官贔屓の感情は強化されます。旅の中で出会う人々、克服する試練が、英雄としての資質を読者に証明するからです。
まとめ
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 判官贔屓の意味 | 不遇の英雄への同情心・贔屓心 |
| 2つの核心 | ①英雄の資質 ②悪玉の存在 |
| 貴種流離譚 | 旅→試練→栄光の構造が判官贔屓を強化 |
| 現代の事例 | 大谷翔平、鬼滅の刃 |
| 創作への応用 | 資質→悪玉→不遇のタイミング→旅の設計 |
判官贔屓は日本人のDNAに刻まれた物語パターンです。義経から大谷翔平まで、千年近くにわたってこの構造は人々の心を動かし続けています。
自作の主人公が「なぜか応援したくなる存在」になっていないとき、この4つの問いに立ち返ってみてください。英雄の資質は十分か、悪玉は機能しているか、不遇のタイミングは適切か、旅の要素はあるか——そこに答えがあるかもしれません。
関連記事
• 公平世界仮説と勧善懲悪|「いいとこどり」で物語の説得力を上げる方法
• 読者を惹きつける10のキーワード|人が興味を持たずにいられない物語の要素