【映画×創作】劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン——代筆が教えてくれた「伝える」の本質

2021年3月12日

2020年の映画・アニメ ランキング 2位

 2020年はいろいろなことがありました。世界が一変し、人と会うことすら制限されたあの年に、ひっそりと、しかし確かに届けられた映画があります。京都アニメーションが手がけた『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』です。今回はこの作品を2020年のアニメ映画ランキング第2位として取り上げます。

 「泣ける」「作画が美しい」という感想だけで終わらせるにはもったいない。創作者としてこの作品の構造を分解し、なぜこれほどまでに人の心を動かすのかを考えてみましょう。

なぜ「代筆」という設定が私たちの心を掴むのか

 この映画の主人公ヴァイオレットは「自動手記人形(ドール)」と呼ばれる代筆業に就いています。依頼人の想いを聞き取り、手紙というかたちに翻訳する仕事です。

 ここで一つ、問いを立ててみます。「なぜ代筆なのか。自分で伝えればいいのではないか?」

 これは物語を書く私たちにとって、非常に根っこにある問いではないでしょうか。考えてみてください。私たちも小説という「代筆」を通じて、自分では直接伝えられない感情を読者に届けようとしています。LINEのスタンプでは表現しきれない何か、Xのポストでは1文字も伝わらない何かを、何千文字もかけて翻訳しようとしている。それこそが創作であり、ヴァイオレットの仕事でもあるのです。

 さらに注目したいのは、「代筆」という行為に内在する矛盾です。他者の感情を正確に文字に変換するためには、書き手自身が感情を深く理解していなければなりません。ところがヴァイオレットは感情を理解できない少女として物語が始まる。つまり「感情がわからない人間が、感情を翻訳する仕事に就いている」という構造的な矛盾があり、この矛盾そのものが物語のエンジンになっています。矛盾が解消されていく過程がそのまま成長物語になるという設計は、実に洗練されていますね。

 この設計を分析すると、もう一つの発見があります。ヴァイオレットは「手紙を書くたびに依頼人の感情を学ぶ」わけですが、同時に「自分が何を感じているかに少しずつ気づいていく」のです。他者の感情を写し取る作業が、鏡のように自分自身の内面を照らし出す。代筆の仕事は、彼女にとって感情のリハーサルでもあったということです。読者もまた、小説を読むことで他者の感情をリハーサルしている。この入れ子構造が、見る人の立場を問わず深い共感を呼ぶ理由ではないかと考えます。

TVシリーズと劇場版——「知る」から「決める」へ

 TVシリーズと劇場版では、物語の問いが明確に変化しています。ここを整理しておくと、この作品の完成度がよりはっきり見えてきます。

 TVシリーズのヴァイオレットは「愛してるを知りたい」と願う少女でした。感情を理解できない彼女が、さまざまな依頼人の手紙を代筆するなかで、少しずつ人間の心を学んでいく。物語の軸は「他者の感情を知ること」にあります。

 対して劇場版では、問いが変わっています。「愛してるとは何か」ではなく、「私自身はどうしたいのか」です。

 ギルベルト少佐との再会をめぐる物語は、一見すると恋愛映画のように見えますが、本質はもっと深いところにあると感じます。ヴァイオレットは劇場版ではじめて「自分の感情を自分で決める」という選択をしています。他者の言葉を代筆するのではなく、自分の言葉で自分の気持ちを伝える。これはTVシリーズからの明確な成長であり、構造としても美しい対比です。

 整理するとこうなります。
・TVシリーズ:主人公が他者を通じて世界を「知る」物語(受動的な成長)
・劇場版:主人公が自分の意志で未来を「決める」物語(能動的な成長)

 この変化があるからこそ、劇場版はただの「TVシリーズの続き」ではなく「完結編」として成立しているのではないでしょうか。自分がどうありたいかを選ぶ物語。それは『Fate/stay night』のセイバーが自らの運命を受け入れる瞬間にも通じる、フィクションにおける最も美しい結末の型の一つです。

 もう一つ注目すべきは、この構造がメタ的に「物語そのもの」についての問いにもなっている点です。TVシリーズでは「物語とは他者の感情を学ぶ手段」であり、劇場版では「物語とは自分自身の答えを出す手段」に昇華されている。物語を書くとは何か、読むとは何かという問いを、キャラクターの成長に重ねて描いているわけです。

2020年という時代との共鳴

 この映画が2020年に公開されたことには、偶然以上の意味があったと感じています。

 世界中の人が「会いたい人に会えない」状況を経験した年でした。手紙どころか、直接会って話すことすら叶わない時期があった。そのなかで、「言葉を届ける物語」がスクリーンに映し出されたわけです。

 ヴァイオレットが手紙に込める一言一句は、Zoomの画面越しでは伝わらない体温のようなものを含んでいます。デジタルなコミュニケーションが当たり前になった今だからこそ、手書きの文字、紙の質感、インクの匂いが持つ「重み」に改めて気づかされたのかもしれません。

 興味深いのは、本作がテクノロジー批判の物語ではないという点です。タイプライターという当時の最先端技術を使って手紙を書くヴァイオレットは、いわば「テクノロジーを使って感情を伝える」人間です。手書きかデジタルかという二項対立ではなく、「どんな道具を使おうとも、伝えたいという意志があるかどうか」が問われている。現代でいえば、AIが文章を書く時代に「それでも人間が自分の言葉で書く意味はあるのか」という問いにも直結します。答えはイエスだと、この映画は静かに告げているように感じます。

 2020年の観客がこの映画で泣いたのは、ヴァイオレットの物語に感動したからだけではなく、自分自身が「伝えられなかったこと」を思い出したからではないか——これは筆者の解釈ですが、そう考えると2020年という時代に公開されたことの意味が少し見えてくるように思います。

京都アニメーションの執念——作品の外側にある物語

 この映画を語るうえで、避けて通れないことがあります。2019年7月に起きた京都アニメーション放火事件です。あの事件で多くの制作スタッフの方々が犠牲になりました。そのあとも制作が続けられ、コロナ禍の延期を経てようやく劇場に届けられたという事実は、作品の外側にある、もう一つの物語です。

 作品の内容と制作背景を安易に結びつけるのは慎重であるべきでしょう。ですが、ひとつだけ確かなことがあります。ヴァイオレットが手紙を届けるように、京都アニメーションもまたこの映画を私たちのもとへ届けてくれたということです。

 「届ける」という行為そのものが物語になる。作品を完成させ、劇場に届け、観客の目に触れさせる。その一連のプロセス全体が、この映画のテーマと重なっているように思えてなりません。物語論として考えると、これは「メタナラティブ」——物語の外側にある物語——が作品の読みを深める事例です。作品の制作過程そのものが作品のテーマと呼応するとき、観客は二重の感動を受け取ることになります。脚本の設計では作れない、現実とフィクションの奇跡的な交錯です。

あなたの物語に活かすなら——「感情の翻訳」という技術

 本作が私たち物語を書く人間に教えてくれるのは「感情の翻訳」という技術です。

 「悲しい」を「悲しい」と書かない。代わりに、手紙を書く手がぴたりと止まるシーンを描く。タイプライターのキーを打つ指が震える瞬間を描く。これはまさに小説の描写技術そのものですよね。形容詞を捨てて動詞で語る。以前スタイルガイドの中で「マイクロ・ライティング」として整理したテクニックとも共通します。

 あなたの作品でキャラクターが感情を伝えるシーンを書くとき、次の3つの問いを立ててみてください。

・そのキャラクターは、なぜ「自分の言葉」で伝えられないのか?
・言葉にできない感情は、どんな「行動」として表に出るか?
・伝わらなかった言葉は、時間が経つとどう変化するか?

 この3つを意識するだけで、感情描写の解像度はぐっと上がります。ヴァイオレットが何十通もの手紙を書いて、ようやく自分の言葉にたどり着いたように、キャラクターにも「言葉を探す時間」を与えてあげてほしいです。

 もう一つ実践的なヒントを加えるなら、「感情を翻訳する前の沈黙」を描くことです。ヴァイオレットがタイプライターの前で固まるシーンは何度も登場しますが、あの沈黙の時間が読者の想像力を起動させます。キャラクターが何かを感じているのに言葉にできない、その数秒の空白こそが最も雄弁な描写になる。書き手はつい文字で埋めたくなりますが、あえて書かない勇気が、結果的に最も多くを伝えることがあるのです。どうですか、少し書ける気がしてきましたか?

まとめ

 2020年という特殊な年に届けられた『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、「泣ける映画」の一言では片づけられない作品でした。言葉にできないものを言葉に翻訳するプロセスの美しさと苦しさを描いた、すべての表現者のための映画だったと感じています。

 代筆という設定に内在する矛盾、「知る」から「決める」への構造的な進化、テクノロジーと感情の関係、そして制作背景と作品テーマの奇跡的な呼応。どこを切っても学びのある作品ですが、何より心に残るのは「届けたい」という意志の強さではないでしょうか。

 どんなにうまく書けなくても、完璧な表現が見つからなくても、書くことそのものに意味がある。ヴァイオレットが最後に書いた手紙が教えてくれたのは、きっとそういうことです。あなたも、まずは一文を書いてみてください。

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