【映像×創作】映画『タクシー・ドライバー』から学ぶ——狂気のキャラクター設計と「称賛」が人を動かす原理

2019年11月19日

タクシードライバーとして働く帰還兵のトラビス。戦争で心に深い傷を負った彼は次第に孤独な人間へと変貌していく。汚れきった都会、ひとりの女への叶わぬ想い – そんな日々のフラストレーションが14歳の売春婦との出逢いをきっかけに、トラビスを過激な行動へと駆り立てる!!

1976年公開のマーティン・スコセッシ監督作『タクシー・ドライバー』は、映画史に残る問題作です。2019年公開の『ジョーカー』がこの映画にオマージュを捧げているとして、改めて注目を集めました。

主人公のトラビス・ビックルは、ベトナム帰還兵です。眠れない夜が続くためタクシードライバーになり、ニューヨークの夜の街を走り続ける。孤独に蝕まれ、社会への怒りを募らせていく彼が、ある出来事をきっかけに暴力的な行動に出る——これがこの映画の骨格です。

この作品は不快感を覚える人も少なくありません。しかしキャラクター設計と物語のメカニズムという観点から見ると、創作に直接応用できる発見が非常に多い映画です。

「もともとおかしかった」キャラクターの設計

この映画について、私は一つの仮説を持っています。トラビスは、ベトナム戦争によって狂ったのではなく、「もともとおかしかった」のではないかという見方です。

映画の前半では、彼の狂気が丁寧に描写されます。事実と作り話が混じった日記。毎日ポルノ映画を見て、デートの場所にもポルノシアターを選ぶ倫理観の欠如。社会に一般人として溶け込もうとしているが、その社会のルールが本質的に理解できていない様子。

これは「後から狂ったキャラクター」ではなく、「最初から社会と噛み合っていない人間が、限界に達した物語」として読めます。

この設計は物語として非常に正直です。「普通の人間が極限状態で壊れていく」物語は、原因と結果のロジックが明確で、観客も「そうなるだろうな」と予測しながら見られます。一方で「もともと異質だった人間が、社会との軋轢でさらに過激になっていく」物語は、主人公の行動に一貫性があり、かつ孤立の深さがより切実に伝わります。

どちらのパターンを選ぶかは物語の目的によりますが、トラビスのような設計をするときには「もともとこういう人間だった」という根拠を前半から少しずつ積み上げていくと、説得力が増す気がします。

「称賛が人を過激にする」メカニズム

この映画で物語論として最も学べるのが、コンビニでの射殺シーンです。

トラビスはある場面で、コンビニに押し入ろうとした強盗を射殺します。すると店長が彼に感謝します。「ありがとう、助かった」という言葉が、トラビスの中で何かを書き換えます。人を殺して感謝された——この経験が、彼の過激な行動を後押しすることになります。

これは「称賛がキャラクターを動かす最強の燃料である」ということを示しています。

通常、物語では「主人公が称賛される」ことでポジティブな成長を促します。しかしこのメカニズムを反転させると、「间違った行動を称賛されることで、キャラクターがさらに間違った方向に突き進む」という展開が生まれます。

悪役を設計するとき、あるいは転落していくキャラクターを書くとき、この「誰かに称賛された経験」を設計に入れると、行動の動機が非常に自然になります。家庭で否定され続けた人間が、不正を働いたときだけ仲間から称賛される——その構造が、人をどんな方向に引っ張るか。リアルな悪と狂気は、多くの場合こうした「小さな称賛」の積み重ねから生まれます。

トラビスの心理変化——物語として成立しているか

一見すると、この映画に物語の成長曲線はないように見えます。トラビスは最初から最後まで孤独で、暴力的で、社会と噛み合っていません。

しかし丁寧に追うと、心理の変化は確かにあります。

映画の前半:怒り、虚しさ、圧倒的な孤独。世界すべてに対する憎悪と、「自分が世界を変えなければ」という歪んだ使命感。

映画の後半:大勢の英雄(大統領暗殺)にはなれなかった。しかし一人の小さな英雄(14歳の娼婦を救う)にはなれた。傷つきながらも日常に戻ってくる。

この「世界を変えようとして失敗し、小さな世界だけを変えた」という幕引きが、『ジョーカー』との決定的な違いです。ジョーカーは「世界を変えた(と思い込んだ)」で終わります。タクシー・ドライバーは「日常に戻ってきた」で終わります。この差が、まだかろうじて「救い」を持つ作品かそうでないかを分けています。

あなたの物語の主人公は、どんな地点に着地しますか。完全な達成でなくても、「小さな変化があった」という着地は、読者に余韻を残します。

孤独な人間を主人公にするとき

現代の物語には、孤独で社会から疎外された主人公が増えています。異世界に転移する前の主人公も、多くは孤独で日常から浮いています。

トラビスを書いたポール・シュレイダーは、この脚本を自身が精神的に最も孤立していた時期に書いたと語っています。「誰にも電話できる友人がいない状態」の経験が作品に直接流れ込んでいます。

孤独なキャラクターを書くとき、「その孤独がどこから来るか」を明確にすることが大切です。家族関係の問題か、社会システムとの相性か、自身の認知の特性か——根拠が明確なほど、読者はキャラクターの行動を「理解できないが分かる」という感覚で追えます。共感と理解は必ずしも同じではありません。共感できなくても、行動の論理が追えると、なぜかキャラクターから目が離せなくなることがあります。

ジョーカーとの対比——時代が求める狂気の変化

1976年のタクシー・ドライバーと2019年のジョーカーを並べると、時代の変化が見えます。

タクシー・ドライバーは傷ついても日常に戻ってきます。ジョーカーは日常に戻らず、社会への反乱を完成させます。

なぜ現代の観客は日常に戻らない狂気に共鳴するのでしょうか。それは、現代社会が「日常に戻れない人間」を大量に生み出しているからかもしれません。社会への怒りと絶望が1976年より深く、広く分布しているからこそ、ジョーカーが世界中でヒットしたのではないかと感じます。

物語は時代の空気を映します。あなたが今書いている物語に「時代の空気」は入っていますか。現代の読者が感じている怒り、疲弊、孤独——それを拾い上げることが、時代に刺さる物語を書く第一歩です。

信頼できない語り手——日記という形式の効果

この映画は、トラビスのモノローグと日記形式のナレーションで進みます。彼の日記は「自分がいかに正しいか」を中心に書かれており、明らかに偏っています。しかしそれは必ずしもウソではなく、彼が実際にそう感じている真実です。

これは「信頼できない語り手(アンリライアブル・ナレーター)」という物語技法です。語り手の視点に依拠すると、世界が歪んで見える。しかしその歪みこそがキャラクターの内面を照らし出します。

この技法を使うと、物語に奥行きが生まれます。読者は「語り手の言葉を信じながら、でも何かがおかしいと感じる」という複雑な読書体験をします。その違和感を追うことで、物語をより深く読み解こうとします。

一人称視点の物語を書くとき、「主人公が自分に都合よく現実を解釈している場面」を意図的に盛り込むと、キャラクターが立体的になります。完璧に客観的な主人公よりも、「自分視点では正しいと思っているが、読者には違って見える」主人公のほうが、かえって読者はそのキャラクターに引き込まれます。

都市という空間——夜のニューヨークの描写

この映画で特筆すべきもうひとつの要素が、夜のニューヨークの描写です。スコセッシ監督は、ネオンの反射する雨の路面、喧騒の中の孤独、街の薄汚さと活気を同時に映し出すことで、トラビスの内面をそのまま外の世界として表現しました。

「外の世界がキャラクターの内面を映す」という技法は、物語の描写の基本です。主人公が絶望しているとき、雨が降ります。主人公が興奮しているとき、街の喧騒が高まります。単純な「説明的天気」に頼るのではなく、世界の描写そのものがキャラクターの心理状態を語る方法を工夫することで、物語の密度が上がります。

あなたが書く物語の舞台は、キャラクターの内面を映していますか。舞台の設計をキャラクターの心理と連動させることを意識してみてください。

「英雄化」されてしまう暴力の問題

タクシー・ドライバーを語るとき、避けられない問題が一つあります。トラビスの最終的な行動が「英雄的行為」として祭り上げられてしまう結末です。監督のスコセッシ自身も、この皮肉を意図的に盛り込みました。

暴力で問題を解決した人物が英雄として扱われる——この構造は、現実社会でも繰り返されます。物語の中でそれを批判的に描くことの難しさは、「描くこと」自体が「肯定」と受け取られるリスクがある点です。

あなたが暴力を物語に盛り込むとき、その暴力に対して物語がどういうスタンスを取るかを意識してください。暴力を肯定も否定もせず、ただ「あったこと」として描くことも技法の一つです。しかし読者が受け取る印象は、描き方の微妙な差によって大きく変わります。その責任を少し頭の隅に置きながら書くことが、物語の深さにつながるのではないかと感じます。

「救えなかった人」を描くことの誠実さ

トラビスはアイリスという少女を救うことには成功します。しかし彼が本当に「救いたかった相手」——ベッツィとの関係は、修復されないまま終わります。

物語において「すべてを救えない主人公」は、リアリティを生みます。完璧な救済よりも、「何かを救ったが、何かを失った」という非対称な結末のほうが、現実の人間の経験に近いからです。

あなたの物語の主人公は、何を救って、何を救えませんか。すべてを解決するハッピーエンドよりも、「ここでは勝ったが、あそこでは負けた」という複雑な結末が、物語を深くします。

タクシー・ドライバー

ここまで読んで頂きありがとうございました。
このホームページは創作者支援サイトです。
創作者の方向けの記事を発信しています。