【映像×創作】「旧約聖書・十戒」から学ぶ物語づくり——3000年を生き延びた物語の設計原理

2021年6月5日

1956年公開の映画『十戒』は、3時間40分という大作です。旧約聖書の「出エジプト記」を映画化したもので、モーセがエジプトの奴隷たちを率いて自由を勝ち取るまでの物語を描いています。

世界最大のベストセラーである旧約聖書は、3000年以上前に書かれながら今も世界中で読み継がれています。なぜそれほど長く人々の心を捉えるのでしょうか。その物語構造を解析すると、現代の創作にも通用する普遍的な設計原理が見えてきます。

今回は「現代にも使えるポイント」と「現代では調整が必要なポイント」に分けて、おいしいところをすべて創作の武器に変えていきます。

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映画「十戒」ストーリー概要

馴染みがないと思いますので、まずは十戒のストーリーを箇条書きでまとめます。

・エジプトの奴隷たちの間で、今年生まれた子供が救世主になるという伝説が流行る。
・エジプトのファラオは子供を皆殺しにするよう命じる。
・奴隷の女性が赤ん坊を川に流す。
・夫を失って悲しみに暮れるファラオの王妃が、流された赤ん坊を救い出しモーセと名付ける。
・王子モーセはファラオ(王)を助ける軍神になる。
・王子モーセの活躍をよく思わない兄がモーセを中傷する。
・モーセは戦で活躍し、敵国の王子と王女を客人として認めるようファラオに進言する。
・モーセは敵国の王子王女からも称賛され、国宝の宝石を送られる。
・モーセは奴隷に休日を与えて、救世主扱いとなる。
・モーセはファラオの娘を愛する。しかしファラオの王女は次期ファラオと婚姻する運命にあった。次のファラオは、モーセの兄である。
・モーセの兄は、王妃は毒のあるクジャク。聖なる供え物としてもらってやると言い切る。
・モーセは圧倒的に数の多い奴隷を手懐け、兄が実現できなかった都市建設をやりとげる。
・ファラオは、モーセを次の王にするという。
・王女の召使いは、モーセが奴隷の子であると王女に伝える。
・王女は、モーセが奴隷であることがばれないようにするため、召使いを殺す。
・モーセは召使いを殺した王女を批判し、理由を問い、真実を知る。
・王女はモーセの産みの母に姿を消すよう命じ、産みの母はモーセを愛しているがゆえに姿を消すことを決めるが、モーセがそこにたどり着き、自分の母親が誰であるかを知る。
・かつてモーセが助けた女性(スフィンクス建設中に石に挟まれて死にかけた女性)が、実は母親だった。
・王の子から奴隷の子にかわってもはずかしくないのかと問われ、恥ずかしくないと言い切るモーセ。
・わざわざ奴隷の子になって苦労したいのか?王として全ての人に恩恵を与えればいいじゃないか?と王女は問い、モーセはそうではないと回答する。
・モーセは奴隷とともに生活を始めた。
・奴隷の現場では、ファラオの総督が奴隷の老人を容赦なく殺した。
・ファラオの女王は、奴隷とともに過ごすモーセを臭い汚いと蔑む。
・ファラオの総督(奴隷の仕事を監督する立場の人間)は、愛し合う奴隷の男女から、権力を使って女を奪う。
・モーセはファラオの総督を殺し、捕らえられる。
・ファラオの大王の前で、モーセは自ら奴隷の子であることを告白する。
・モーセは、人種と宗教を異にするだけで信仰を禁じられるのは王に背くことを宣言する。
・ファラオの大王は最後までモーセを愛していた。モーセが王になるならば、奴隷の解放でも許すつもりだった。しかしモーセはそれを拒否した。
・ファラオの大王は、王族からモーセの名を消す。
・モーセの兄は、モーセを殺さずに苦しませるため、僅かな食料と水を与え砂漠に向かわせる。
・モーセはオアシスまでたどり着く。羊飼いの女性を妻にする。
・神と出会い、エジプトに戻り、ファラオとなった兄に進言する。兄はモーセの愛した女を娶っていた。
・女王はモーセが羊飼いと結婚したことを知り、汚く肌もガサガサの女性と結婚したのね、もっと綺麗な女を手に入れられたのにと嘲笑する。
・モーセは奇跡によりファラオに恐怖を与え、嘲笑を悲鳴にかえる(池を血の池にする、死の霧を街に立ち込めさせる)。
・モーセは自由を得て、奴隷とともにエジプトを出る。
・ファラオは、エジプトを出たモーセと奴隷を殺すために進軍する。
・モーセは海を割り、炎の嵐を起こし、奴隷とともに逃げ切る。
・モーセは神の言葉を聞くために山に登るが、何日も降りてこない。欲望の赴くままに謳い踊り交わり合う奴隷たち。
・モーセは神から十戒を賜る。
・欲望を制御できなかった奴隷は神に皆殺しにされる。
・約束の地カナンを目指して旅をするモーセたち。たどり着く直前でモーセは倒れ、ヨシュアに次のリーダーを託す。

ざっくり書くと、このようなストーリーでした。

モーセの物語——3行で読む構造

物語の核を整理します。

モーセは、王族として育てられながら実は奴隷の子どもです。真実を知ったとき、彼は王族の地位を捨て、奴隷とともに生きることを選びます。その後神に導かれ、ファラオに立ち向かい、奴隷たちをエジプトから解放しました。

一文で言えば、「エリートが真実を知り、弱者の側に立って巨大な権力に挑む物語」です。

この構造、ものすごく現代的だと思いませんか。ガンダムのアムロ・レイも、ハリー・ポッターも、追放系ラノベの主人公も——構造の根幹はここに通じています。普遍的なのは当然で、3000年前から人間が繰り返しこの構造に感動してきたからこそ、今も生き残っているのです。

現代にも通用する設計①——二面性を持つキャラクター

モーセは王族でありながら奴隷の子という、二面性を持つキャラクターです。これは現代の物語設計でもっとも有効なキャラクター設計の一つです。

光と影を同時に持つキャラクターが、物語を引っ張ります。例えばアイドルとして輝きながら体が弱い、超優秀なビジネスマンだが家族に素直になれない——光の部分は読者を惹きつけ、影の部分が共感を生みます。どちらかだけでは薄い。両方あるから立体的なキャラクターになります。

あなたの書く主人公に、「光の顔」と「影の顔」は用意されていますか。表の設定だけでなく、誰にも見せていない弱さや矛盾を持たせてみてください。

現代にも通用する設計②——バカ正直の美学

モーセは、自分が奴隷の子であることが発覚したとき、それを隠さずに認めます。「奴隷の子になって苦労したいのか?王として全ての人に恩恵を与えればいいじゃないか?」という合理的な問いにも、「そうではない」と答えます。

この「バカ正直」が主人公の愛され方を決定的に変えます。

小説家になろうの追放系作品では、隠れた才能を持つ主人公がパーティにいる理由を説明するシーンがよく出てきます。このとき、自分の力を隠してじわじわ逆転するタイプと、最初から正直に「俺にはこの力がある」と言い切るタイプでは、読者の感情移入の仕方が違います。ずる賢さは確かに痛快ですが、最終的に強く愛されるのは、損をしてでも正直に動く主人公です。

モーセが3000年読み継がれていることの理由の一つは、この「バカ正直の美学」にあるのではないかと感じます。

現代にも通用する設計③——下流での逆転劇

モーセは王族の地位を失い、孤独に砂漠をさまよい、羊飼いの女性と結婚します。どん底まで落ちた後に、神の啓示を受けてエジプトに戻り、かつての兄(今はファラオ)に立ち向かいます。

追放→流浪→復活という構造は、現代のラノベやWEBコミックで今も反復されています。なぜ繰り返されるかというと、「一度失った者が取り戻す」物語のカタルシスは人間の根源的な感情に触れるからです。

ただし現代の読者は、復活の理由に「必然性」を求めます。モーセが復活できたのは「神に選ばれたから」ですが、これをそのまま現代の物語に使うと違和感が生まれがちです。それについては後ほど詳しく述べます。

現代には調整が必要な設計①——神による選択

「神に選ばれたから強い」という設計は、異世界転生で神様に能力を与えられるパターンを作りました。全盛期には大量に書かれましたが、徐々に飽きられていきます。

なぜでしょうか。外部の権威に認められることで強くなる主人公は、「主人公自身の努力や選択」が主役でなくなってしまうからです。読者は、キャラクターが自分の意志で選択し、その代償を払い、成長していく過程に感情移入します。最初から神に選ばれているなら、その余地が小さくなります。

現代向けの調整としては、「神の力を借りるが、それを使いこなすのは主人公自身の努力と判断」という設計が機能しやすいでしょう。スキルを与えられても、使い方は自分で考える。そのプロセスが物語の主軸になることで、外部からの恩恵という要素を活かしながら主体性を保てます。

現代には調整が必要な設計②——絶対的なルールを与える存在

モーセの十戒は、神が与えた絶対的な戒律です。これに従わない者は裁かれます。

しかし現代の読者は、「正しすぎる絶対的な権威」に抵抗感を持ちやすいです。一つの正解を押し付けてくる存在は、物語の中でむしろ倒すべき敵として機能することがあります。ゲームの世界では「システム」や「神」を打ち破る物語がヒットしています。

十戒の10のルールは、改めて読むと非常に現代的なものです。「殺すな」「盗むな」「嘘をつくな」——これらは道徳の基本であり、現代法律の根幹にも通じます。法律を隠れ蓑に「合法的に悪事を行う悪役」への怒りが物語になるなど、十戒の精神は現代の設定にも自然に溶け込みます。ただし、それを「神が命じたから守る」のではなく「自分がそう選ぶから守る」という文脈にすることで、現代読者に刺さる物語になります。

旧約聖書を創作のネタ帳として使う

旧約聖書全体を通して、物語の題材として使えるエピソードは無数にあります。バアルの宗教との闘争(宗教戦争と信仰の物語)、ヨブ記(理不尽な苦難と信仰の試練)、ダビデとゴリアテ(弱者が強者に挑む)——どれも現代の物語に直接応用できます。

世界中で翻訳されてきた物語というのは、人類の感情の共通言語を持っています。それをあなたの物語の設定や構造に借用することは、決して恥ずかしいことではありません。むしろ「人類が長い時間をかけて証明した感動のフォーマット」を使う賢い選択です。

ファイアーエムブレムのキャラクターが聖書の天使・悪魔を参照していたり、デビルマンが悪魔の造形を使ったりするのも同じ発想ですよね。古典からエッセンスを抜き出し、現代の文脈に再配置する——これが創作の王道のひとつです。

旧約聖書を一度、「物語のネタ帳」として眺めてみてください。あなたの次の作品の核となるアイデアが、そこに眠っているかもしれません。

モーセのストーリーが持つ「ロールモデルとしての強さ」

物語論の観点から、モーセという主人公には非常に強い設計がもうひとつ施されています。それは「読者が模倣したいと思える行動を繰り返す」という点です。

モーセは、奴隷の子であることが発覚しても動じません。砂漠に追放されても生き延びます。神から使命を与えられても、過去を憎んでいたかつての兄に単身で立ち向かいます。どの局面でも「どう見られるか」ではなく「どう行動するか」を選択します。

読者はこのような主人公を見ながら、自分もこう在りたいと思います。ロールモデルになる主人公とは、能力が高い人間ではなく、「困難な状況で正しい選択をする人間」です。

あなたの主人公は、読者にとってのロールモデルになっていますか。圧力や誘惑の中で、主人公がどちらの選択をするかという瞬間を丁寧に描くことで、読者は主人公に感情移入し、一緒に物語を歩んでいる感覚を持てるように思います。

旧約聖書の「ヴィラン」たちの豊かさ

モーセの十戒を物語として読む場合、もう一点注目したいのが「悪役の多様性」です。

ファラオは単純な悪役ではありません。モーセへの愛情を最後まで持ちながら、それでも権力と自尊心を手放せない人物として描かれます。モーセを砂漠へ追いやった兄も、嫉妬と愛情が混在した複雑な人物です。モーセが愛した女を奪った同じ兄が、ファラオとして立ちはだかります。この関係の複雑さが、物語に人間的な深みを与えています。

悪役を書くとき、「悪であることの理由」を単純化しないことが重要です。「権力欲」「嫉妬」だけでなく、「愛することへの歪み」「かつての傷」といった文脈を添えると、悪役が生きた人間として機能します。読者が「なぜこの人物が悪役になったのか」を理解できるとき、物語は単純な勧善懲悪を超えます。

3000年読み継がれてきた物語の中に、現代の創作のすべての答えがあるのではないかと感じます。聖書は神話であり歴史書であり、同時に人類最古の物語のテキストブックです。

「約束」という契約の物語

モーセの十戒の根幹は、神とイスラエルの民の間の「契約(コヴナント)」です。神は「私に従えば祝福する」という約束を提示し、民はそれを受け入れます。この「契約」の構造は、物語における人物の行動原理を明確にします。

あなたの物語の登場人物は、何者かと「約束」をしていますか。その約束を果たすために行動し、破りそうになるときに葛藤が生まれます。契約・誓い・義務・恩義——これらは「キャラクターが動く理由」を外側から支える構造です。

物語に停滞を感じたとき、キャラクターに「果たさなければならない約束」を持たせると、物語は自然に動き始めます。モーセの物語が持つ強さの一つは、この「神との契約」が物語全体にわたって継続するテンションを生んでいるからです。

創作者として、聖書の理解は一度はやっておいて損はありません。モーセの十戒はある意味、3時間40分でそれをできるすぐれた作品とも言えます。ぜひ見てみてください。

モーセの十戒

 

 

ここまで読んで頂きありがとうございました。
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