一場面で感情を変化させようとしていませんか?|感情移動の距離と速度

2020年8月20日

筆がのらない。プロットは頭にあるのに、一向に文字が増えない。

経験のある方なら、この苦しみに覚えがあるでしょう。原因は様々ですが、意外と多いのがこれです。

1つの場面で、感情を変化させようとしている。

たとえば「主人公のセリフで敵キャラを改心させるシーン」を書こうとして、どう会話を続ければ改心に至るのか延々と悩んでしまう。同じセリフでも、そこに至るまでの持っていき方でインパクトが変わる。おかげで筆が止まる。

この問題の本質は、感情移動には「距離」と「速度」があるということを見落としていることにあります。

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1つの場面に感情変化を詰め込むと何が起きるか

筆が止まる原因の正体

冷静に考えてみてください。登場人物2〜3人の会話劇だけで、キャラクターの感情を根本的に変えることは可能でしょうか。

敵対していたキャラが、数ページの会話で味方になる。恋愛感情のなかったキャラが、1シーンの出来事で恋に落ちる。やる気のなかったキャラが、ひとことで奮起する。

書けないのは当然です。感情の移動距離に対して、場面の長さが足りないのです。

読者も処理できない

仮に作者が何とか書ききったとしても、読者は着いてこられません。

敵が急に改心すれば「軽いキャラだな」と思われます。1話で恋に落ちれば「ご都合主義だ」と感じる。奮起が唐突なら「なぜ急にやる気になったの?」と違和感を覚える。

これは読者の感情処理速度を超えたということです。読者もまた、キャラクターと一緒に感情移動しています。キャラが瞬間移動すれば、読者は置いてけぼりになるのです。

感情移動の「距離」と「速度」

感情の距離とは

感情の距離とは、感情Aから感情Bまでの心理的な隔たりです。

• 「無関心→好意」よりも「憎悪→好意」のほうが距離が長い

• 「不安→安心」よりも「絶望→希望」のほうが距離が長い

• 「疑念→信頼」よりも「敵対→改心」のほうが距離が長い

距離が長い感情変化ほど、多くの場面と時間が必要です。

感情の速度とは

感情の速度とは、1つの場面で読者が受け入れられる感情変化の量です。

急激な感情変化は「嘘っぽく」感じられ、ゆるやかな感情変化は「自然」に感じられます。これは物理の加速度と同じで、急加速は身体に負担がかかり、ゆるやかな加速は快適です。

読者に無理なく受け入れてもらうためには、感情の速度を一定以下に保つ必要があります。

説得→実感→改心の3ステップ

改心の王道パターン

敵キャラを改心させるケースを例に、具体的な設計方法を考えましょう。

感情移動の距離は「敵対→改心」で長い。1場面では到底収まりません。そこで、3つのステップに分解します。

ステップ1:説得して疑心を生ませる

主人公の言葉で、敵キャラの心に「もしかして自分は間違っているのでは」という疑念を植え付ける。ここでは改心しません。むしろ一度は説得を払い除ける。しかし疑心だけが残る。

ステップ2:疑心が本当だったと実感するイベント

敵キャラの信じていた上司に裏切られる。守るべきだった仲間が犠牲になる。ステップ1で植え付けた疑念が「やはりそうだったのか」と確信に変わるイベントが起きる。

ステップ3:改心する

疑念が確信に変わった状態で、初めて改心が自然に成立する。

なぜ3ステップ必要なのか

ステップ1で即座に改心するキャラは、「こいつすぐ裏切るな」という軽い印象を与えます。かませ犬ならそれでもいいのですが、今後も主人公と行動を共にするキャラには忠義心を描きたい。

だからこそ、一度は説得を拒否させ、外部イベントで疑心を裏付け、そのうえで改心させる。感情の距離を3場面に分散させることで、速度を自然な範囲に保つのです。

この3ステップを描くには、少なくとも3つの場面が必要です。つまり、場面転換が必須になります。

場面転換は「ぶっきらぼう」でいい

完璧主義が筆を止める

場面転換のタイミングで悩む人は多い。「キリのいいところまで書いてから転換したい」という完璧主義が顔を出す。

しかし、物語の各場面で1から10まで起こったことを説明する必要はありません。主人公が剣を抜いたところで、もう次の場面に移行してもいい。

読者は行間を読みます。場面のすべてを描写しなくても、必要な情報さえ伝わっていれば問題ありません。

「だれてきたら転換」の法則

目安はシンプルです。書いていて「だれてきたな」と感じたら、そこで場面を転換する。

あとで推敲して足りなければ付け足せばいい。その程度の軽い気持ちで場面を切り替えてください。書くスピードと楽しさが、劇的に回復します。

アニメ脚本術に学ぶ「Aパート=感情A、Bパート=感情B」

テレビアニメの構成法則

テレビアニメの30分枠は、通常AパートとBパートに分かれます。CM前のAパートとCM後のBパートで、異なる感情を担当させるのがアニメ脚本の基本構成です。

パート時間感情の役割例(日常系)例(バトル系)
Aパート約12分感情Aを提示平穏な日常、笑い敵との遭遇、緊張
CM感情の切り替え地点
Bパート約12分感情Bへ移動少しシリアスな展開、感動戦闘と決着、カタルシス

この構成が優れているのは、1話のなかで感情変化を確実に起こしつつ、速度を適切に保てるからです。

小説への応用

小説にCMはありませんが、同じ原理を章の構成に応用できます。

前半(Aパート)で感情Aを十分に描き、後半(Bパート)で感情Bへ移動させる。

たとえば:

• 前半:主人公と仲間の楽しい日常(温かさ)

• 後半:突然の敵襲、仲間が傷つく(緊張と悲しみ)

1章のなかで「温かさ→悲しみ」の感情移動が起きますが、前半でたっぷり日常を描いているからこそ、後半の変化が効きます。

禁じ手:1段落で感情を変える

アニメ脚本で絶対にやらないことがあります。それは、同じシーンの中で感情を急転させることです。

「笑っていたキャラが次のカットで泣いている」はギャグとしてしか成立しません。シリアスな感情変化を同一シーン内でやると、視聴者は「は?」となります。

小説も同じです。同じ段落の中で「主人公は嬉しかった。しかし次の瞬間、深い悲しみに包まれた」と書いても、読者は感情に追いつけません。場面を変え、時間を経過させ、イベントを挟む。その手順を踏んではじめて、感情移動が自然に成立します。

スティーブン・キングの「爆死」解決法

筆が止まる本当の原因

小説家にとって必読のハウツー本『書くことについて』の著者、スティーブン・キングに興味深いエピソードがあります。

新作の執筆中、何週間も行き詰まった末に、キングは増えすぎたメインキャラクターの半分を爆死させて解決しました。

これは「感情移動の距離」の問題として理解できます。キャラクターが多すぎると、それぞれの感情に対応するためにシーンが複雑化し、1つの場面で処理すべき感情変化が増えすぎる。キャラを減らすことで、扱う感情の数を絞り、各感情に十分な場面を割けるようになったのです。

使いづらいキャラは退場させていい

物語が展開しないとき、「使いづらいキャラ」がいるかもしれません。そのキャラの存在が、場面の感情を複雑にしすぎている可能性があります。

一旦退場してもらうだけで、筆が進み始めることがあります。あとで必要になれば再登場させればいい。

感情移動の距離と速度:設計ガイド

感情移動の距離別ガイド

距離変化の例必要な場面数必要なイベント
短い不安→安心1場面ひとつの安心材料の提示
中程度無関心→好意2〜3場面共同作業、相手の意外な一面の発見
長い敵対→改心3〜5場面説得→外部イベント→確信→葛藤→決断
最長憎悪→愛情5場面以上物語全体を通じた段階的変化

チェックリスト:今の場面は大丈夫?

書いていて筆が止まったら、以下のチェックを試してください。

1. この場面で起こそうとしている感情変化の距離は?
2. その距離は1場面で処理できる範囲か?
3. できないなら、何ステップに分解できるか?
4. 分解したそれぞれに、場面転換を設けているか?
5. 各場面にイベント(外部の出来事)を用意しているか?

5つの質問に答えるだけで、「なぜ筆が止まっているのか」が見えてきます。多くの場合、感情の距離が長すぎて1場面に収まらないことが原因です。

この記事のまとめ

ポイント内容
根本原因1つの場面に感情変化を詰め込みすぎている
感情の距離感情Aから感情Bまでの心理的な隔たり
感情の速度1場面で読者が受け入れられる変化量
改心の3ステップ説得(疑心)→実感(確信)→改心
アニメ脚本術Aパート=感情A、Bパート=感情B
場面転換のコツだれてきたら転換。あとで付け足せばいい

筆がのらないとき、才能のなさを嘆く必要はありません。感情移動の距離を測り、場面を分割する。それだけで、書くスピードも物語の質も向上します。

なにより「書いていて楽しい」が第一です。書きたい場面を目指して、ポンポンと場面を転換しながら書き進めていきましょう。


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