顧客を想定して作品を書く|マーケットインで小説の無駄玉を減らす方法
「面白い作品を作れば読者は認めてくれる」——私たち作家の多くは、そう信じています。
気持ちはわかります。「なんで作家が読者にあわせて作品を作らなきゃいけないんだ」という感情もあるでしょう。趣味で小説を書くなら、それで全く問題ない。自分の感情を表現してスッキリしたい願望もあるでしょうから、傲慢さも個性として必要です。
しかし冷静に考えてみてください。「面白い作品を作れば認めてくれる」で書いている状態は、どこに的があるかわからないままマシンガンをあたり一帯に撃っている状況です。たまたまヒットする読者がいれば心を撃ち抜けますが、大半は無駄玉になる。
無駄玉を減らして、最小限の努力で最大限の反応を得たい。そのためにマーケットインで顧客を想定し、顧客に向けて作品を撃ち込むのが有効なのです。
「マーケットイン」とは何か
マーケットインとは、マーケティング用語で「顧客(市場)の立場に寄り添い、顧客が必要とするものを提供していく姿勢」を指します。あらかじめ顧客のニーズを調査したうえで、それに沿った製品を開発・提供する考え方です。
食品や家電の開発では当たり前に使われている手法ですが、個人作家の多くはこれをやっていません。
対義語は「プロダクトアウト」——作り手が良いと思うものを作り、市場に出す方法です。純文学の新人賞はプロダクトアウト的であり、Web小説のランキング戦はマーケットイン的と言えるでしょう。どちらが正しいという話ではなく、「あなたが今どちらの戦場で戦っているか」を自覚することが重要です。
風倉式「執筆前の確認要項10つ」
こぴーらいたー風倉さんが提唱する、キャラクターやシナリオ、世界観の前段階で設定すべき確認事項を紹介します。
| # | 項目 | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | 執筆動機 | なぜこの作品を書くのか |
| 2 | ログライン | で、要するにどんな話? |
| 3 | ターゲット層 | 満足させたいメインターゲット(+サブターゲット) |
| 4 | 提供価値 | ターゲットに何を提供して満足してもらうか |
| 5 | メイン感情 | ターゲットに味わわせたいメイン感情(+サブ感情) |
| 6 | タブー | ターゲットに味わわせたくない感情=作品のタブー |
| 7 | 読後感 | 完結時に与えたい読後感 |
| 8 | 空気感 | 物語のざっくり空気感(シリアスかコメディか等) |
| 9 | 展開規模 | 国民的アニメを目指すか、日間上位でいいか |
| 10 | 作品テーマ | ターゲットに共鳴・共感・同意してほしい価値観 |
注目すべきは、これらの視点がすべてターゲット視点(顧客視点)であることです。「自分が何を書きたいか」ではなく「読者が何を求めているか」から出発している。この転換がマーケットインの本質です。
一貫性が崩壊するとき——マーケットインの真の価値
マーケットインで作品を作る最大の強みは、作品に一貫性をもたせて高品質を保てることです。
崩壊の実例
NHKのアニメに出てきそうな「人助け」を信条とする主人公が、唐突に悪人を殺すシーンを書いてしまうケースです。
読者は「この作品は子供に見せられる作品だと思ったのに、裏切られた」と感じます。なぜ作家がこういう展開を書いてしまうかというと——
悪人を生かすのが面倒になった。悪人に本気で苛ついてしまった。「人間の感情は複雑なので、人のいいキャラが悪人を殺すのは仕方ない」と言い訳を始めた。
作家はそれで満足するかもしれませんが、読者は一貫性を感じられず、離れてしまいます。
一貫性を保つための7つの方針
そもそも人間に一貫性なんてありません。感情が高ぶるときも沈むときもある。一貫性を持ったキャラクターは創作でしか存在しない。それを理解したうえで、自分の書きたいことを抑え、以下の7つを机の隅に貼っておくことをおすすめします。
1. 満足させたいターゲット層(+サブターゲット)
2. ターゲットに何を提供して、満足してもらう予定か
3. ターゲットに味わわせたいメイン感情(+サブ感情)
4. ターゲットに味わわせたくない感情(作品のタブー)
5. 物語のざっくり空気感
6. 理想展開規模
7. 作品テーマ
展開に悩んだときは、この7つの方針に従って展開を決定しましょう。「自分が書きたいこと」ではなく「ターゲットが求めること」に立ち返る。それが一貫性の鍵です。
成功例:『薬屋のひとりごと』の一貫性
『薬屋のひとりごと』のターゲット設計は見事です。メインターゲットは「知的な謎解きが好きな女性読者」。メイン感情は「知的好奇心の満足」。タブーは「主人公が恋愛に振り回されること」。
猫猫(マオマオ)は何度も壬氏に好意を向けられますが、肉まんを優先する。この「ブレない軸」が読者の信頼を生んでいます。もし作者が「そろそろ恋愛を進めたい」という自分の欲求に従って猫猫をデレさせていたら、作品の一貫性は崩壊し、読者離れが起きていたでしょう。
マーケットインへの不信感——成功体験の壁
ここまで読んで、「顧客に向けて作品を作って本当に成果が出るのか?」と疑っている方は多いでしょう。
その不信感は正当です。
個人作家がマーケットインを実践できないのは、成功体験がないからです。本業で商品開発に関わりマーケットインで成功している人は効果を実感しているのでやりやすい。しかし創作で成功体験がない段階で「読者に合わせろ」と言われてもピンとこないのが普通です。
不信感を乗り越える方法
小さく始める。長編全体にマーケットインを適用するのではなく、まず短編1本で試す。「20代男性・異世界転生好き・メイン感情は爽快感」と設定し、それに沿って1万字を書いてみる。反応の違いを体感することが第一歩です。
データを見る。Web小説の場合、ブックマーク数やPV数という「市場の反応」が可視化されています。自作だけでなく、同ジャンルの人気作品のレビューを分析してみてください。「ここが面白かった」「ここでつまらなくなった」という声は、マーケットリサーチそのものです。
コミュニティを活用する。他の作家や読者の意見を聞くことで、自分の感性のズレを補正できます。一度成功体験を得ると長続きします。書籍化作家が2作目、3作目とヒットを飛ばせるのは、マーケットインの有効性を体感しているからでしょう。
Web小説のマーケティング動向——ランキング戦の現実
ジャンルタグの細分化とランキングの変質
小説家になろう・カクヨムともに、ジャンルタグが年々細分化されています。2026年現在、「異世界転生」の中だけでも「追放系」「悪役令嬢」「現代ダンジョン」「配信者系」と読者は細かく絞り込んで検索する。つまり「異世界転生を書いています」だけでは不十分で、「追放系で、爽快感メインで、恋愛サブ」というレベルまでポジションを明確にする必要があります。
これはマーケットインそのものです。ターゲットを絞れば絞るほど、「刺さる読者」に届きやすくなる。
第1話の離脱率——冒頭が生死を分ける
Web小説では第1話の離脱率が非常に高い。「小説家になろう」の統計を見ると、第1話から第2話への継続率が50%を切る作品が大半です。風倉式の「ログライン」「メイン感情」を第1話で明確に提示できるかどうかが、生死を分けます。
『転生したらスライムだった件』の第1話では、「死んだ → スライムになった → でも特殊能力がある」という情報が数千字で提示されます。ログラインが即座にわかり、メイン感情(爽快感)の予告がある。だから読者は2話に進む。マーケットインの教科書的な冒頭です。
AI時代のターゲティング——データと直感の掛け算
2026年、AIツールを活用したターゲティングが現実的になりました。
AIをマーケットリサーチに使う。ジャンル別の人気傾向をAIに分析させる。自作のあらすじをAIに見せて「どんな読者に刺さりそうか」を診断する。競合作品のレビューをAIに要約させ、読者ニーズを抽出する。
ただし、AIが教えてくれるのは「過去のデータに基づくトレンド」です。まだ誰も発掘していないニーズ——これを見つけられるのは人間の直感と感性だけです。『葬送のフリーレン』が連載開始時に「エルフの長寿を軸にした後悔と成長の物語」というマーケットインを行ったかは不明ですが、結果として異世界ファンタジーという既存ジャンルに「静かな感動」という新しいメイン感情を持ち込むことに成功しました。
マーケットインは「データと直感の掛け算」です。AIをデータ収集ツールとして活用しつつ、最終的な判断は自分の感性で行う。この組み合わせが、2026年の最強のターゲティング戦略です。
まとめ
| 概念 | 内容 |
|---|---|
| マーケットイン | 顧客の立場で、顧客が求めるものを作る |
| 風倉式10項目 | 執筆前に設定すべきターゲット視点の確認事項 |
| 一貫性7方針 | ターゲット・感情・タブー・空気感・規模・テーマ |
| 成功例 | 薬屋のひとりごと(猫猫のブレない軸) |
| 不信感の壁 | 小さく始めて成功体験を積む |
| AI時代 | データ収集はAI、最終判断は人間の感性 |
マーケットインは「自分を殺す」ことではありません。「自分の弾を、一番刺さる場所に撃ち込む」ための照準器です。
的のない射撃をやめて、ターゲットを見据えた一発を撃ちましょう。その一発が、読者の心を撃ち抜きます。
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