『現代レトリック辞典』徹底解説|小説家が知っておくべきレトリック46の型

2023年3月20日

「レトリック」という言葉、聞いたことはあるけれど正確に説明できますか? 修辞法、比喩、言葉のあや——なんとなくわかっているつもりでも、体系的に学んだ経験がある人は意外と少ないのではないでしょうか。

2022年11月に大修館書店から発売された『現代レトリック辞典』は、まさにレトリックの全体像を俯瞰できる一冊です。この記事では、同書の内容を紹介しながら、小説を書く人がレトリックの知識をどう活かせるかを解説します。

そもそもレトリックとは何か

レトリックの起源は紀元前5世紀の古代ギリシャにさかのぼります。アリストテレスが『弁論術』で体系化した「説得の技法」がルーツです。その後2500年以上の歴史を経て、現代では言葉の表現力を高めるための技法体系として広く認知されています。

「レトリック=比喩」と思っている方が多いかもしれませんが、それは一部にすぎません。比喩はレトリックの一ジャンルであり、他にも反復法、倒置法、省略法、対比法など、文章の構造やリズムに関わる技法が数多く存在します。

小説家にとってレトリックが重要な理由はシンプルです。同じ内容を書いても、レトリックを使えるかどうかで読者への伝わり方が劇的に変わるからです。「彼女は美しかった」と書くのと、「彼女は一輪の百合のようだった」と書くのでは、読者の脳裏に浮かぶ映像がまるで違いますよね。

『現代レトリック辞典』の構成

本書は「意味のあや」「形式のあや」「思考のあや」という3部構成で、約46のレトリック技法を網羅しています。図解約90点、イラスト・写真約90点を収録し、実例には古典文学から現代小説、漫画、広告コピーまで幅広いジャンルが使われています。辞典でありながらエッセイのように読めるのが最大の特徴です。

レトリック研究の成果を集大成し、日本語の可能性を広げる事典。

本事典の特色
◆「意味の《あや》」「形式の《あや》」「思考の《あや》」の3部構成
◆古典や現代文学、ノンフィクション、漫画などバラエティに富んだ実例
◆図解約90点、イラスト・写真など約90点を収録

<目次>
はじめに
凡例
◆ギリシア以来の歴史と対話のレトリック
大河の流れ、レトリック2500年
対話のレトリック
◆レトリック技法解説  レトリックがいっぱい  レトリック五部門/ことばのあや分布図

●意味のあや
シミリー     シミリーとメタファーを比較する
メタファー    時間のメタファー
メトニミー    メトニミーの生活と意見
シネクドキ    カテゴリーはどうして必要なの?
擬人法      無生物主語構文
擬物法      「物」に見たててほめる
婉曲法      日本語のトイレ事情
くびき法     ひとひねりしたくびき
共感覚法     共感覚表現のすべて
撞着法      日常のなかの撞着効果
トートロジー   準トートロジー
誇張法      おもしろく、わかりやすく
緩叙法      ミニチュアの世界
曲言法      「ない」の力
類語法      身のまわりの類語法
掛詞       落語の地口オチ
造語法      造語といえば新語・流行語大賞
ルビ法      大活躍するルビ

二詞一意
▶読み物 村上春樹の比喩の秘密
▶読み物 擬態とメタファー
▶読み物 調理とことば
▶読み物 落語のレトリック――上方落語篇

●形式のあや
押韻法      いろんなところにマザーグース
類音法      キャッチコピーの音のくふう
音象徴      音象徴あれこれ
オノマトペ    オノマトペの真価
強意法      漫画の強意法
反復法      三の魔力①──同じ表現を三回繰りかえす
列挙法      個物とカテゴリーのあいだをさまよう
追加法      その一言はいらない
省略法      語句レベルの省略
文末省略法    文末バリエーションの作り方
黙説法      沈黙と音のはざま
接続語法     接続語を操る
倒置法      倒置法のナイス連携
置換法      置換な言い間違い
形容転置法    「感情表現+の」の魅力
並行法      絵画のパラレリズム
対比法      絵画にみる光と闇
対句法      対句からみた漱石の漢詩
焦点化法     サスペンスと焦点化法
連鎖法      名前のバトンリレー
集約法      ひとくくりにしてつぎへ
句読法      言文一致の瞬間を見る

▶読み物 絵画に見るレトリックの姿
▶読み物 童謡・唱歌のレトリック
▶読み物 アメリカ大統領のレトリック
▶読み物 落語のレトリック――江戸落語篇

●思考のあや
三例法      三の魔力②──三つで仕上げる
挿入法      日常のなかの「挿入」いろいろ
クライマックス  二種のクライマックスを組みあわせる
急転法      急転法をコミュニケーションに活かす
引用法      語り手と人称
引喩       本歌取りのレトリック
ためらい法    会話のなかのためらい百態
迂言法      迂言を効果的に使う!
冗語法
含意法      「言外の意味」アラカルト
否定表現法    ソシュールと否定の夢
逆言法      「ない」は「ある」?
逆説法      おもしろパラドックス
感嘆法      対話のなかの感嘆
頓呼法      呼びかけ語の使い分け
修辞疑問法    修辞疑問法から詰問法へ
対話法      対話的思考へ
活写法      活写法と視点
縁語法      テクストの結束性を高める
諷喩       諷喩のもと
寓喩       寓話としての『動物農場』
アイロニー    人を動かすアイロニー
ジョーク     ジョークをユーモア仕立てで
ユーモア     ユーモアと擬人法
パロディー    『伊勢物語』のパロディー
パスティーシュ  パスティーシュの練習
破調法      破調の美
破格法      破格法の自由と規律
奇先法      奇先法と文章展開のコツ
自虐法      謙譲表現のレトリック
毒舌法      毒舌家にならう毒舌ノウハウ
▶読み物 議論法のレトリック
▶読み物 サミュエル・ジョンソンとレトリック
▶読み物 落語のレトリック――笑いの東西比較

参考文献
引用文献

あとがき
日英用語対照表
英日用語対照表

索引
図版・歌詞引用等出典 編著者紹介

●カラー口絵
絵画のなかのレトリック/身近に広がるレトリック

第1部「意味のあや」——言葉の意味をずらす技法

ここでは比喩を中心とした技法が解説されています。小説家にとって特に重要なものをいくつか紹介します。

シミリー(直喩) は「〜のような」「〜みたいに」で明示するタイプの比喩です。「氷のように冷たい視線」がその典型です。直喩はわかりやすいぶん、ありきたりになりやすい。本書ではシミリーとメタファーの使い分けが詳しく比較されており、「どちらを使うべきか」の判断基準が学べます。

メタファー(隠喩) は「〜のような」を省いて直接言い切る比喩です。「彼の言葉はナイフだった」のように。直喩より大胆で文学的な印象を与えます。村上春樹の比喩が独特なのは、このメタファーの使い方が常人離れしているからです。本書には「村上春樹の比喩の秘密」というコラムもあり、読み応えがあります。

メトニミー(換喩) は、関連するもので本体を表す技法です。「霞が関が動いた」(=政府が動いた)、「赤ずきん」(=赤いずきんを被った少女)がメトニミーです。小説では「白衣が近づいてきた」(=医者が来た)のように使うと、視覚的な印象が際立ちます。

撞着法(どうちゃくほう) は、矛盾する言葉を組み合わせる技法です。「明るい闇」「甘い苦痛」「公然の秘密」など。小説のタイトルにも応用でき、『罪と罰』『愛と誠』のように対概念の組み合わせは読者の興味を引きます。

第2部「形式のあや」——文の形やリズムを操る技法

反復法 は同じ表現を繰り返す技法です。「走れ。走れ。走れ。」と三回繰り返すだけで、文に切迫感が生まれます。本書では「三の魔力」として、三回繰り返しの効果が詳しく解説されています。映画の台詞でも「三度目の正直」として同じフレーズが三回出てくるのは、この反復効果を狙った演出です。

倒置法 は語順を入れ替える技法です。「美しかった、あの夏の空は」のように、通常の「あの夏の空は美しかった」を逆転させることで、「美しかった」という感情が先に届きます。小説の地の文でここぞという場面に使うと効果的です。

省略法 はあえて言わないことで余韻を残す技法です。「彼は……」と途中で止める。読者は省略された部分を自分で補完します。ホラーや恋愛の山場で使うと、想像力が膨らんで感情の密度が上がります。

黙説法 は「あえて語らない」ことで存在感を示す技法です。省略法と似ていますが、黙説法は「言いたいことがあるのに黙る」というニュアンスが強い。キャラクターの沈黙を描写するときに意識すると、その沈黙が雄弁になります。

第3部「思考のあや」——論理や認知を操る技法

トートロジー は同語反復です。「ルールはルールだ」「起きたことは起きたこと」。一見無意味に見える表現ですが、小説の台詞に使うとキャラクターの哲学や諦観がにじみます。

誇張法 は事実を大げさに言う技法です。「腹が立ちすぎて星が回った」「百万回後悔した」。コメディでは定番ですが、シリアスな場面でも効きます。ドストエフスキーの登場人物は感情を誇張して語ることで、内面の激しさを読者に伝えています。

曲言法 は控えめに言うことで逆に意味を強める技法です。「悪くない結果だった」(=実はとても良かった)。日本語の「まあまあかな」がこの典型で、キャラクターに使わせると奥ゆかしさや強がりを表現できます。

小説家がレトリックを学ぶメリット

レトリックの体系を知ることで、「なんとなく感覚で書いていた表現に名前がつく」 ようになります。名前がつくということは、意識的に使えるようになるということです。

たとえば、あなたが感覚的に「ここは倒置にしたほうがいいな」と思っていた場面。倒置法のメカニズムを理解していれば、なぜそこで倒置が効くのか(=感情を先に置くことで読者の感情移入が早まる)がわかります。その理解があれば、他の場面でも同じ技法を応用できるのです。

さらに、推敲の精度も上がります。「ここのメタファーはベタすぎるから換喩に変えよう」「反復が多すぎてくどい、省略法で余韻を残そう」——レトリックのバリエーションを知っていれば、表現の引き出しが増えて推敲が論理的になります。

レトリック実践のための3つのコツ

コツ1:まず「意味のあや」から始める

46の技法すべてを一度に覚える必要はありません。まずは直喩・隠喩・換喩の3つを意識して使い分けるだけでも、文章の表現力は大きく上がります。

コツ2:名作の一文をレトリック的に分析する

好きな小説の一文を取り上げて、「ここで使われているのはどの技法か?」と分析してみましょう。太宰治の「走れメロス」冒頭の「メロスは激怒した」は極端な省略法(なぜ怒ったか言わない)です。分析を繰り返すうちに、レトリックの目利きが身につきます。

コツ3:一つの場面を複数のレトリックで書き直す

練習として、同じ場面を直喩バージョン、隠喩バージョン、換喩バージョンと書き比べてみましょう。「彼女は怒った」を直喩なら「彼女は噴火する火山のように怒った」、隠喩なら「彼女は火山だった」、換喩なら「握りしめた拳が白くなった」。どれが最も効果的か、文脈によって正解が変わることを体感できます。

まとめ

レトリックは「飾り」ではなく、読者の認知に直接働きかける設計技術です。『現代レトリック辞典』はその全体像を一冊で俯瞰できる稀有な本であり、小説を書く人にとって長く手元に置ける実用書です。まずは意味のあや(直喩・隠喩・換喩)から始めて、形式のあや(反復・倒置・省略)へと守備範囲を広げてみてください。


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