行商人の知識|中世の行商人の実態・交易路・取扱商品・ファンタジーでの描き方
行商人は、店を持たずに各地を巡り歩いて商品を売買する商人です。中世ヨーロッパでは、都市と農村、文明と辺境をつなぐ情報の運び手であり、物語においても「世界を旅する語り部」としての機能を果たします。特に識字率が低く通信手段が限られた中世において、行商人は「歩くニュース」とも呼ぶべき存在でした。
この記事では、行商人の歴史、種類、取扱商品、交易路、社会的地位、定期市、そして創作での活用ポイントを整理します。
行商人の種類
行商人は地域や扱う商品によって異なる呼称で呼ばれていました。イングランドでは零細なペドラーから定期市を巡回するチャップマンまで規模の差があり、フランスでは書籍を専門に売り歩くコルポルトゥールが宗教改革期に活躍しました。中東ではラクダの隊商を組むキャラバン商人が砂漠を越える大規模交易を担っていました。
| 名称 | 地域 | 特徴 |
|---|---|---|
| ペドラー(Pedlar) | イングランド | 背負い箱や荷車で日用品を売り歩く零細行商人 |
| チャップマン(Chapman) | イングランド | ペドラーより規模が大きく、定期市を巡回 |
| コルポルトゥール(Colporteur) | フランス | 書籍・パンフレットの行商人。宗教改革期に活躍 |
| ハンデルスマン(Handelsmann) | ドイツ | 中規模の巡回商人 |
| キャラバン商人 | 中東・中央アジア | ラクダやロバの隊商で砂漠を越える大規模交易 |
| 廻船商人(海商) | 地中海・北海 | 船で港町を巡り、大量の交易品を運搬 |
行商人と定住商人の違い
行商人と定住商人は、拠点の有無・資本規模・リスクの種類・社会的地位など多くの面で対照的です。行商人は各地の情勢や価格差を把握できる強みがある一方、ギルドに所属できず「根無し草」として偏見を受けることもありました。
| 要素 | 行商人 | 定住商人 |
|---|---|---|
| 拠点 | なし(巡回) | 都市の店舗 |
| 資本 | 少額〜中程度 | 中程度〜大規模 |
| リスク | 盗賊・天候・病気 | 火災・戦争・不払い |
| 商品 | 軽量で高価値(香辛料・布・装飾品) | 重量物含む全般 |
| 情報力 | 各地の情勢・価格差を把握 | 特定市場の深い知識 |
| ギルド | 通常は非加入 | ギルドに所属 |
| 社会的地位 | 低い(根無し草の偏見) | 比較的高い(市民権あり) |
中世ヨーロッパの主要交易路
中世の商業は主要な交易路に沿って展開されました。東西を結ぶシルクロードから、琥珀を運ぶバルト海〜地中海のルート、岩塩を運ぶ「塩の道」、毛織物と香辛料が取引されたシャンパーニュの大市まで、交易路ごとに異なる商品と文化の流れがありました。
| 交易路 | 区間 | 主な交易品 |
|---|---|---|
| シルクロード | 中国〜中央アジア〜地中海 | 絹・香辛料・宝石・陶磁器 |
| 琥珀の道 | バルト海〜地中海 | 琥珀・毛皮・蜂蜜 |
| 塩の道 | ザルツブルク〜各地 | 岩塩(中世の白い金) |
| ハンザ交易路 | 北海〜バルト海 | 毛皮・木材・穀物・塩漬け魚 |
| シャンパーニュの大市 | フランス北東部 | 毛織物・香辛料・染料 |
| ヴェネツィア〜レヴァント | 地中海東部 | 東方の香辛料・絹 |
行商人の取扱商品
行商人が扱う商品は、軽くて価値の高いものが基本です。香辛料は重量比で金に匹敵する利益率を誇り、布や薬草も高い利潤をもたらしました。一方、リボンやボタンなどの日用品は利幅が小さいものの、農村では手に入りにくいため需要が安定していました。「情報」という目に見えない商品も行商人の重要な資産でした。
| カテゴリ | 具体的な商品 | 利益率 |
|---|---|---|
| 香辛料 | 胡椒・シナモン・ナツメグ・クローブ | 極めて高い(重量比で金に匹敵) |
| 布・織物 | フランドルの毛織物・東方の絹 | 高い |
| 薬草・薬品 | テリアカ(万能解毒剤)・乾燥薬草 | 高い |
| 書籍・写本 | 聖書の写本・暦・護符 | 高い |
| 金属製品 | 刃物・針・鋲・小型工具 | 中程度 |
| 日用品 | リボン・ボタン・櫛・鏡 | 低〜中程度 |
| 情報 | 他都市のニュース・噂・流行 | 無形だが極めて価値が高い |
行商人の一日
行商人は早朝から夜まで、移動・販売・仕入れ・情報収集・帳簿管理をこなす多忙な一日を送っていました。街道沿いの村で小売りしながら次の町へ向かい、夕方の酒場で商談と情報交換を行うというサイクルが基本です。
| 時間帯 | 活動 |
|---|---|
| 早朝 | 宿屋を出発。荷馬車の点検と積荷の確認 |
| 午前 | 移動。街道沿いの村で小売り。農民と物々交換も |
| 正午 | 路傍で昼食。他の旅人と情報交換 |
| 午後 | 次の町に到着。宿の確保。市場での仕入れ |
| 夕方 | 酒場で商談。各地の噂を聞く |
| 夜 | 帳簿の記録。商品の整理。明日のルート確認 |
定期市(フェア)と行商人
行商人にとって最大のビジネス機会が「定期市」でした。
| 有名な定期市 | 地域 | 特徴 |
|---|---|---|
| シャンパーニュの大市 | フランス北東部 | 年6回開催。北イタリアの商人とフランドルの商人が出会う国際市場 |
| レント・フェア | フランクフルト | 復活祭と秋に開催。書籍の取引でも有名 |
| スタービッジ・フェア | イングランド | ヨーロッパ最大級のイングランドの定期市 |
| サン・ドニの市 | パリ近郊 | カロリング朝時代から続く歴史ある定期市 |
定期市には「市の平和」(Pax Mercatorum)が宣言され、市の期間中は参加者への暴力行為や盗みが通常より厳しく罰せられました。この法的保護は行商人にとって不可欠でした。
行商人の信用と契約
中世の商取引では、文書による契約も発達していました。
| 契約形態 | 内容 |
|---|---|
| コメンダ(Commenda) | 出資者が資本を提供し、行商人が旅に出て利益を分配する契約。地中海交易の基本形態 |
| ソキエタス(Societas) | 複数の商人が資本と労力を出し合う共同事業体 |
| レター・オブ・クレジット | 信用状。ある都市の銀行が発行し、他の都市で現金化できる |
| 公正証書 | 公証人が立ち会って作成する法的に有効な契約書 |
行商人の危険と対策
行商は利益が大きい反面、命がけの仕事でもありました。盗賊に襲われるリスクのほか、各領地の通行税、天候不良、粗悪通貨をつかまされる危険、さらには疫病や言語の壁まで、さまざまな脅威に対処する必要がありました。
| 危険 | 対策 |
|---|---|
| 盗賊 | 武装護衛を雇う。キャラバンを組んで集団移動 |
| 通行税 | 各領地の領主が課す。税額を事前に調査 |
| 悪天候 | 季節を選んで移動。冬期は活動を制限 |
| 粗悪通貨 | 天秤と試金石を携帯。通貨の重量と純度を確認 |
| 疫病 | 感染地域の情報収集。隔離地域を迂回 |
| 言語障壁 | 交易用の共通語(リンガフランカ)を習得 |
行商人の言語と交渉
中世の行商人は多言語を操る必要がありました。
| 言語 | 使用場面 |
|---|---|
| ラテン語 | 公式文書・契約書・教会との交渉 |
| リンガフランカ | 地中海沿岸の交易用共通語。イタリア語・フランス語・アラビア語の混合 |
| 現地語 | 各地の農民や職人との取引。フランドルではフラマン語、ハンザ圏では低地ドイツ語 |
| 身振り・図示 | 言葉が通じない場合の最終手段。指折りの数え方も地域で異なる |
交渉の際に重要だったのは「贈り物の文化」です。新しい取引先には必ず少量の贈り物(サンプル品や珍しい品物)を渡し、信頼関係を築くのが商習慣でした。この慣習はファンタジー作品で行商人キャラクターを描く際に使える自然な演出です。
行商人の社会的地位
行商人は各地を巡る自由を持つ一方で、社会的には微妙な立場にありました。
| 側面 | 内容 |
|---|---|
| 偏見 | 定住しない者への不信感。「根無し草」「詐欺師」という偏見 |
| 法的地位 | 市民権を持たないため、都市の法的保護を受けられないことが多い |
| 宗教的疑惑 | 各地を巡ることで異端の思想を運ぶとみなされることがある |
| 密偵の嫌疑 | 国境を越えて情報を集めるため、スパイと疑われやすい |
| 文化的仲介者 | 各地の歌・物語・風習を伝える文化の運び手としての一面 |
| 言語能力 | 複数の言語を操る能力が逆に不信を買うこともある |
中世ヨーロッパでは特にユダヤ人商人が広域交易の担い手となっていました。キリスト教社会でギルドに加入できず土地の所有も制限されたユダヤ人が、行商と金融に活路を見出したのは必然でした。この歴史的背景は、ファンタジーにおける「社会的に差別されながらも経済的に重要な役割を果たす商人種族」というキャラクター造形のモデルになっています。
ポップカルチャーでの行商人
行商人はフィクションでも人気のキャラクター類型です。『狼と香辛料』のロレンスは行商人の日常と為替取引を精綻に描いた金字塔であり、『ゼルダの伝説』のテリーや『ダークソウル』の各地の商人NPCのように、ゲームの世界にも行商人は欠かせない存在として登場します。
| 作品 | 行商人キャラ | ポイント |
|---|---|---|
| 『狼と香辛料』 | クラフト・ロレンス | 中世風世界の行商人の日常と為替取引を精緻に描写 |
| 『指輪物語』 | ドワーフの商人団 | 各地を巡るドワーフの交易ネットワーク |
| 『ゼルダの伝説』 | 旅の商人テリー | ファンタジー世界のどこにでもいる謎の行商人 |
| 『ダークソウル』 | 各地の商人NPC | 拠点に散在する行商人がゲームを支える |
| 『ウィッチャー3』 | 放浪商人 | 戦争で荒廃した世界での行商の現実 |
まとめ
行商人は、拠点を持たず各地を巡ることで、物・金・情報を運ぶ中世経済の動脈でした。ギルドに属さない自由さと引き換えに、盗賊・通行税・疫病というリスクを負います。創作において行商人キャラクターは「世界を巡る視点」「各地の情報をもたらす装置」「自由と危険のトレードオフ」を一身に体現できる、非常に使い勝手の良い存在です。行商人は物語の「案内役」としても優秀で、主人公を新しい土地や未知の文化へ導く役割を自然に担えます。『狼と香辛料』のロレンスのように、行商人を主人公に据えれば、経済・地理・文化のすべてを自然に物語に組み込めます。また、行商人が各地で見聞きした情報を語ることで、主人公が直接訪れない土地の設定も読者に伝えることができます。
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