世界の写本の知識|死海文書・ナグハマディ写本・ギガス写本・ケルズの書まで徹底解説
写本(manuscript)は、印刷技術が普及する以前に人の手で書き写された書物です。古代の宗教文書から中世の装飾写本まで、写本は失われた知識を現代に伝える唯一の媒体でした。
この記事では、世界の主要な写本について、発見の経緯、内容、歴史的意義、そして創作での活用ポイントまでを整理します。
写本の基礎知識
| 用語 | 説明 |
|---|---|
| 写本(Manuscript) | 手書きで作成された文書。ラテン語のmanu(手)+scriptum(書かれたもの)が語源 |
| パピルス | エジプトのパピルス草から作られた紙。古代の標準的な筆記素材 |
| 羊皮紙(パーチメント) | 羊や山羊の皮をなめして作った書写素材。中世ヨーロッパの主流 |
| 子牛皮紙(ヴェラム) | 子牛の皮で作られた最高級の書写素材 |
| コデックス | パピルスや羊皮紙を綴じた冊子体の書物。巻物(スクロール)の後継 |
| インキュナブラ | 15世紀に西欧で作られた最初期の活版印刷物(1500年以前) |
| 写字室(スクリプトリウム) | 修道院内で写本が作成される部屋 |
| 彩飾(イルミネーション) | 金箔・鮮やかな顔料を使った写本の装飾画 |
世界の主要な写本一覧
| 写本名 | 時代 | 発見/制作地 | 言語 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 死海文書 | 紀元前3世紀〜1世紀 | 死海北西クムラン | ヘブライ語・アラム語 | 旧約聖書の最古の写本群 |
| ナグハマディ写本 | 4世紀頃 | エジプト・ナグハマディ | コプト語 | グノーシス主義の文書群 |
| ギガス写本 | 13世紀初頭 | ボヘミア | ラテン語 | 世界最大の中世写本 |
| ケルズの書 | 800年頃 | アイルランド/スコットランド | ラテン語 | 四福音書の最高傑作装飾写本 |
| ヴォイニッチ手稿 | 15世紀 | 不明 | 未解読 | 未知の文字と植物図が描かれた謎の写本 |
| ベリー公のいとも豪華なる時祷書 | 1412-1416年 | フランス | ラテン語 | 中世の彩飾写本の最高峰 |
| リンディスファーン福音書 | 700年頃 | イングランド北部 | ラテン語 | ケルト美術とアングロサクソン美術の融合 |
| バチカン使徒文書庫の写本群 | 各時代 | バチカン | 各言語 | 8万冊以上の古代写本を収蔵 |
死海文書
1947年、ヨルダン川西岸のクムラン洞窟で羊飼いの少年が偶然発見した巻物群です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発見年 | 1947年〜1956年(11の洞窟から発見) |
| 点数 | 約900点の文書断片 |
| 素材 | 羊皮紙・パピルス |
| 作成者 | エッセネ派(ユダヤ教の禁欲的セクト)と推定 |
| 主な内容 | 旧約聖書の写本(エステル記以外のすべての書を含む)、教団規則、祭儀文書、暦文書 |
| 歴史的意義 | それまで知られていた最古のヘブライ語聖書写本より約1,000年古い |
特に注目すべきは「光の子らと闇の子らとの戦い」(戦いの巻物)という文書で、終末における善と悪の最終戦争を詳細に描写しています。この二元論的な世界観は『新世紀エヴァンゲリオン』の設定にも影響を与えました。
ナグハマディ写本
1945年、エジプトのナグハマディで農夫が壺の中から発見した13冊のパピルス写本です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発見年 | 1945年 |
| 点数 | 13冊のコデックス(52の文書を含む) |
| 作成時期 | 4世紀頃(内容自体は2世紀頃に遡る) |
| 主な内容 | トマスによる福音書、フィリポによる福音書、真理の福音書など |
| 歴史的意義 | グノーシス主義の一次資料。正統キリスト教とは異なるイエス像を提示 |
グノーシス主義とは、物質世界を悪(偽りの神デミウルゴスの創造物)とし、霊的な知識(グノーシス)を得ることで救済されるとする思想です。正統キリスト教がイエスを「神の子」として崇拝するのに対し、グノーシス派はイエスを「知識をもたらす者」として捉えました。
ギガス写本(悪魔の聖書)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| サイズ | 高さ92cm、幅50cm、厚さ22cm、重量75kg |
| ページ数 | 310葉(推定320葉だったが一部切り取られている) |
| 素材 | 160頭分の子牛の皮 |
| 作成者 | ボヘミアのベネディクト会修道士と推定 |
| 所蔵 | スウェーデン国立図書館(三十年戦争の戦利品として持ち出された) |
| 由来 | 修道士が一夜で悪魔の助けを借りて書き上げたという伝説 |
310葉のうち290ページ目に全身の悪魔の挿絵が描かれており、これが「悪魔の聖書」の異名の由来です。内容は旧約聖書・新約聖書の全文、年代記、医学書、呪文集など百科事典的な構成になっています。巨大!

ケルズの書
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 制作年 | 800年頃 |
| 内容 | 四福音書(マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ) |
| 素材 | 子牛皮紙(ヴェラム) |
| 特徴 | ケルト文様の渦巻き・組紐模様による精緻な装飾。金・青・赤の鮮やかな彩色 |
| 所蔵 | アイルランド・ダブリン大学トリニティカレッジ |
| 歴史的意義 | 中世ヨーロッパにおける装飾写本芸術の最高傑作とされる |
「Chi-Rho」ページ(キリストの名前の最初の2文字をギリシャ語で表したもの)は、写本芸術の頂点として知られ、1ページに数千の組紐模様が描き込まれています。
ヴォイニッチ手稿
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発見年 | 1912年(古書商ウィルフリッド・ヴォイニッチが発見) |
| 制作年 | 放射性炭素年代測定で1404〜1438年と推定 |
| ページ数 | 240ページ |
| 文字 | 未解読の独自文字体系(約20〜30の文字種) |
| 挿絵 | 未知の植物、天体図、裸婦の入浴図、薬草学的な図解 |
| 現所蔵 | イェール大学バイネッキ稀覯書・手稿図書館 |
500年以上にわたって暗号学者・言語学者が解読を試みてきましたが、2026年現在も未解読です。「精巧な中世の悪戯」「架空言語の百科事典」「薬草師の秘伝書」など諸説がありますが、結論は出ていません。
ベリー公のいとも豪華なる時祷書
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 制作年 | 1412〜1416年 |
| 注文者 | フランス王族のベリー公ジャン1世 |
| 画家 | ランブール兄弟 |
| 特徴 | 12か月の暦に対応する農村風景・城郭の細密画。遠近法の先駆的使用 |
| 所蔵 | フランス・コンデ美術館 |
各月の暦画には当時の農民と貴族の生活が対比的に描かれており、中世ヨーロッパの生活資料としても極めて貴重です。
ポップカルチャーでの写本
| 作品 | 写本の扱い | ポイント |
|---|---|---|
| 『新世紀エヴァンゲリオン』 | 裏死海文書 | 人類補完計画の予言書として物語の根幹を支える |
| 『薔薇の名前』(ウンベルト・エーコ) | アリストテレスの失われた写本 | 修道院の写字室を舞台にした知の探求 |
| 『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』 | 聖杯日誌 | 写本・古文書の解読が冒険のカギとなる |
| 『ダ・ヴィンチ・コード』 | グノーシス文書 | ナグハマディ写本の「正統と異端」のテーマを活用 |
| 『Fate/Grand Order』 | 魔術書・古文書 | 写本に封じられた魔術という設定 |
まとめ
写本は、紙に書かれた単なる古い文書ではなく、失われた知識・異端の思想・未解読の謎・芸術の極致が凝縮された存在です。死海文書は旧約聖書の原型を、ナグハマディ写本は正統キリスト教が封じた異端の声を、ギガス写本は一修道士の執念を、ケルズの書は装飾芸術の頂点を、ヴォイニッチ手稿は500年の謎を今に伝えています。創作において「失われた写本を求める物語」はそれだけで強力なプロットになり得ます。
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