キャンベルの「英雄の旅」完全ガイド|神話的円環を創作に使う
スター・ウォーズ、ロード・オブ・ザ・リング、鬼滅の刃——時代を超えて愛される王道ストーリーには、共通の骨格があります。
その骨格を最初に体系化したのが、神話学者ジョーゼフ・キャンベルです。著書『千の顔をもつ英雄』(1949年)で、世界中の英雄神話に共通する構造を「英雄の旅(Hero’s Journey)」として提示しました。
この記事では、キャンベルの11段階を『鬼滅の刃』で図解しながら、創作への具体的な使い方を解説します。
英雄の旅 11段階
キャンベルが整理した英雄神話の基本構造を、11のステップで見ていきます。
> ※すべての物語に11段階すべてが揃う必要はありません。欠けていても、繰り返しても構いません。あくまで「型」であり「鋳型」ではありません。
① 出発——日常からの旅立ち
> 英雄はそれまで生活していた場所から、冒険への境界へと誘惑されるか拉致される。あるいは自ら進んで旅を始める。
『鬼滅の刃』: 炭売りの少年・炭治郎が、鬼に家族を殺され、妹・禰豆子を人間に戻すために旅に出る。自発的に動くのが英雄の条件ですが、「誘惑されるか拉致される」——つまり家族を殺されるという強制的な出発も許容されます。
② 影との遭遇
> 道中を固めている影の存在に出会い、打ち負かすかなだめるかして、闇の王国へ赴く。
『鬼滅の刃』: 鬼殺隊の最終選別で生き残る。「闇の王国」とは比喩であり、日常とは違う世界(鬼との戦いの世界)を指します。「敵に殺されて死の世界へと降りていく」も比喩——社会的に死ぬ、日常を失って戻れなくなることです。
③ 超越的な力の世界への旅
> 境界を超えて、奇妙に馴染み深い超越的な力の支配する世界を旅する。
『鬼滅の刃』: 鬼殺隊として各地を旅しながら、鬼の能力(血鬼術)という超越的な力と戦い続ける世界。異世界や特殊能力のある世界だけでなく、たとえば「政治の世界」「芸能界」も該当します。
④ 試練と援助
> 超越的な力のあるものは容赦なく彼を脅かし、またあるものは魔法による援助を与える。
『鬼滅の刃』: 上弦の鬼たちが容赦なく炭治郎を脅かし、柱たちや錆兎の魂が援助を与える。「魔法による援助」は修行による呼吸法の習得と考えて差し支えありません。
⑤ 最大の試練と変容
> 神話的円環の最低部にいたると、英雄はもっとも厳しい試練を受け、その対価を勝ちとる。みずから聖なる存在へ移行する。
『鬼滅の刃』: 193話で日の呼吸の奥義を習得する炭治郎。これが「聖なる存在へ移行」に当たります。物語全体の95%の地点(193/205話)で発生しました。
重要な設計ポイント: この「聖なる存在への移行」を物語のどこで発生させるかが構成の最大の選択です。
• 終盤(90%以降) → 鬼滅の刃型。クライマックスで一気に変容する
• 序盤〜中盤(25%前後) → 主人公は早期に覚醒し、その後「聖なる存在」として旅を続ける
⑥ 恩恵の略奪
> 逆に超越的な力が英雄に敵意をもったままであるならば、勝ちうる機会に直面した恩恵の略奪として表される。
『鬼滅の刃』: 無惨が最後に炭治郎に取り憑いた場面。勝利したはずの瞬間に、恩恵をかすめ取られる展開です。⑤と⑥は二段構えになることがあります。
⑦ 意識の拡張
> こうした勝利こそ本質的には意識の、したがってまた存在の拡張にほかならない。
物理的な「鬼に勝つ」ことだけでなく、幼い自分の思い込みを克服し、精神が拡張することが「勝利」の本質です。「主人公が強くなる」だけでなく「主人公の世界認識が変わる」ことが、物語に深みを与えます。
⑧ 帰還の課題
> 残された課題は帰還すること。
勝利の後に残るのは、「どうやって日常に戻るか」という課題です。RPGでいえばラスボスを倒した後のエンディング。
『鬼滅の刃』では、無惨を倒した後、炭治郎が人間に戻れるかどうかが「帰還の課題」に当たります。物語中最大の戦いが終わった後でも、「主人公は無事に日常に戻れるのか?」という紧張感が残ることで、読者は最後まで物語から離れられなくなります。
⑮ 庇護のもとの出発 or 逃亡
> 超越的な力が英雄を祝福していたのであれば、庇護のもとに出発する。そうでなければ、逃亡し追跡を受ける。
祝福される帰還=ハッピーエンド。逃亡する帰還=バッドエンド or 次の冒険への導線。
この選択は「続編を書くかどうか」にも直結します。「庇護のもと」の帰還は物語を綺麗に閉じる効果があり、「逃亡」の帰還は「まだ終わっていない」という緊張感を残して次の物語へのフックになります。シリーズものを書くなら、「各巻の終わり方」をこの二択で意識的に設計してみてください。
⑩ 超越的な力との別れ
> 帰還の境界にいたって、超越的な力は背後に残らねばならない。
『鬼滅の刃』: 鬼は滅び、呼吸法の戦いの世界は終わる。ただし愈史郎(鬼)は残った。天空の城ラピュタで、ラピュタが宇宙に上がりつつも完全には消えない——あの感覚です。
⑪ 帰還と恩恵
> 英雄は畏怖すべき王国から再度この世に現れる。持ち帰った恩恵がこの世を復活させる。
『鬼滅の刃』: 最終話(204話)で、炭治郎たちが日常に帰還し、平和な世界が訪れる。英雄の意志を継ぐ者が現れて世界を復活させる——それがなくては、英雄神話は完結しません。
神話的円環は「丸くない」
キャンベルの「英雄の旅」は一般に円環(円形の図)として表現されます。
しかし改めて英雄神話の基本構造を考えてみたとき、私はこの円環に違和感を感じました。この円環は真円ではないーつまり、下記のように歪ませるべきだと考えたのです。
①〜⑦(旅立ち〜最大の試練〜変容) が物語の大部分を占め、⑧〜⑪(帰還〜日常復帰) は短く薄い余韻です。つまり円環は下半分が膨らみ、上半分が圧縮された歪な形をしています。
一般に示される真円の図だと「帰還パートにも旅立ちパートと同じボリュームが必要なのか?」と誤解しがちです。そうではありません。クライマックスは⑤⑥⑦であり、⑧以降はエピローグに近い。
この認識があるかないかで、物語のペース配分が大きく変わります。
円環の「回転数」
英雄の旅は1回転で終わるとは限りません。長編シリーズでは、大きな円環の中に小さな円環が入れ子になっている構造が一般的です。
• 1回転 → 映画1本、短編小説、1冊完結のラノベ
• 2〜3回転 → シリーズものの長編。1巻で小さな英雄の旅を完了し、シリーズ全体で大きな英雄の旅を完了する
• 各話で1回転 → 1話完結型。薬屋のひとりごとなど
鬼滅の刃は全体で見ると1回転ですが、各エピソード(十二鬼月との戦い)ごとにミニ円環が回っています。「新しい任務→修行→戦い→勝利→帰還」という小さなサイクルが繰り返され、それが積み重なって「無惨討伐」という大きな円環のクライマックスに至るのです。
この「マクロとミクロの円環」を意識して設計することが、シリーズものの構成で最も重要なポイントです。1巻単位で「小さな満足」を提供しつつ、シリーズ全体で「大きな感動」を予感させる——これができれば、読者は「次の巻も読みたい」と感じます。
ボグラーの「作家の旅」との関係
キャンベルの理論を映画脚本向けに再整理したのが、クリストファー・ボグラーの『作家の旅(The Writer’s Journey)』(1992年)です。
ボグラーはキャンベルの段階を12ステップに再編し、ハリウッド脚本の実務ツールとして体系化しました。スター・ウォーズ、ライオンキング、マトリックスなど、多くのハリウッド映画がこの構造に沿っています。
三幕構成やSAVE THE CATのビートシートも、元をたどればキャンベルの英雄の旅に行き着きます。つまり英雄の旅は、他のすべての構成論の「源流」です。
→ 三幕構成で感情を設計する → 三幕構成×感情移入
→ BS2(15ビート)を実践で使う → SAVE THE CAT完全ガイド
「反英雄の旅」——あえて構造を壊す
2020年代には、英雄の旅を意図的に破壊する作品が増えています。
• 葬送のフリーレン = 帰還後(⑪以降)の物語。通常の英雄の旅が終わった後に、フリーレンが「旅の意味」を再発見する
• 推しの子 = 英雄の動機が「復讐」であり、旅立ちの時点で動機が歪んでいる
• チェンソーマン = ⑤の変容が負の方向に進む(英雄になるのではなく、怪物に近づく)
型を知った上であえて壊す。それが「反英雄の旅」です。型を知らずに壊すのとは根本的に違います。
さらに深く学ぶなら
• 3大構成パターンを一覧で比較する → 物語の「型」入門
• 構成理論の学問的源流を辿る → アリストテレスの『詩学』に学ぶ
• 物語の構造分析を体系的に学ぶ → 物語論入門③ プロップからグレマスまで