「作家は経験したことしか書けない」は本当か|経験と体験の違いから考える

2020年9月3日

「作家は経験したことしか書けない」

この言葉がSNSで話題になるたびに、決まって飛んでくる反論があります。

「じゃあ異世界転生した作家なんているの?」「殺人を書くミステリー作家は人を殺したの?」

鮮やかな反論に見えます。でも、この反論は一つの前提を見落としています。

「経験」と「体験」は違う、という前提を。


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経験 ≠ 体験

まずここを整理しないと、議論が永遠に噛み合いません。

辞書的な定義を確認します。

• 体験:実際に見たり、聞いたり、行ったりする行為そのもの

• 経験:体験して学んだ知識や技能。「感覚や内省を通じて得るもの、およびその獲得の過程」

体験は「その場限り」です。やったかどうか。経験は「学びとして残ったかどうか」です。

異世界転生小説を読む──これは「読む」という体験です。そしてその体験から「物語の導入として異世界に飛ばす手法がある」と学ぶ──これが経験です。

つまり「異世界転生の経験」は、異世界に行かなくても積めます。異世界転生小説を読み、その構造を意識的に分析するだけで。


だとすると、「作家は経験したことしか書けない」は正しい

体験=経験ではないと分かった上で、改めてこの命題を見てみましょう。

圧倒的に正しいと私は思います。

私自身の作品「境界を超えろ!」を振り返ると、主人公アインが語る思考の枠組みはビジネス本から学んだ知識です。アインの人生に対する向き合い方は、私自身が現実世界で体験してきたことです。物語の展開は、読んできた漫画やアニメや映画から吸収した構成パターンです。

100%、自分の経験からできています。

逆に言えば、「経験していないこと」は本当に書けない。書いたとしても薄っぺらくなる。

恋愛をしたことがない人が書く恋愛描写は、どこかテンプレートの匂いがする。喧嘩をしたことがない人が書く口論は、台詞が綺麗に整いすぎている。本当の怒りは理屈が通らないし、本当の悲しみは言葉にならない。そういう「非合理な感情のありかた」は、体験に基づく経験からしか出てこないんです。


体験を「経験」に変換する力

ただし、体験したからといって自動的に経験になるわけではありません。ここが重要なポイントです。

毎日通勤電車に乗っている人は、電車に乗るという「体験」を何千回も繰り返しています。でもそのうちの何回が、小説に使える「経験」として意識に残っているか。

ほとんどゼロでしょう。

なぜか。意識していないからです。

反対に、意識的に乗ってみるとどうか。「向かいの席の中年男性が、ため息をついてからスマホの画面を消した。あの画面には何が映っていたのだろう」と観察し、想像し、心の中でストーリーを組み立てる。そうすると、同じ通勤電車が「キャラの感情を描くための引き出し」に変わる。

日本大百科全書の定義を借りれば、体験は「知的な諸操作が加えられる以前の非反省的な意識内容」、経験は「感覚や内省を通じて得るもの」。つまり体験を経験に変えるには「内省」──意識的に振り返ること──が必要です。


経験を増やす2つの方法

ここまでの議論を踏まえると、作家が経験を増やす方法は2つに集約されます。

方法1:実際に見て、聞いて、行って、感じる

実体験を増やすことです。でもただ「やる」だけでは体験のまま流れてしまう。ポイントは「意識して感情を言語化する」こと。

友人と口論した後、「なぜあんなに怒ったのか」を振り返る。旅行先で感動したとき、「この感動の正体は何か」を分析する。失恋したとき、「この痛みはどこから来ているのか」を言葉にする。

辛いですよね。でも、この「感情に名前をつける作業」が、そのまま小説のキャラクターの内面描写になります。

スティーブン・キングが「小説家になりたいなら本を読め」と言ったのは有名ですが、同時に「自分の人生を精一杯生きろ」とも言っています。読むだけでは片輪です。生きなければ。

方法2:物語を「意識的に」読む・観る

本、漫画、映画、アニメ、ドラマ──これらを通じた疑似体験も、意識的に行えば経験になります。

ここで「漫然と」と「意識的に」の違いを、模写を例に説明させてください。

私はかつて、小説の挿絵を描けるようになりたくてイラストの練習をしていました。トレース台に漫画の1ページを置いて、それをなぞる。毎日やりました。

まったく上手くなりませんでした。

なぜか。「上手くなぞる」こと以外に何も考えていなかったからです。

本当にやるべきだったのは、「この構図は、紙を縦に3等分した線のどこに顔の中心が来ているか」「目と目の間隔は目ひとつ分か」──そういう骨格の設計を意識しながらの模写です。そうしなければ、「なぞった」という体験以外に何も残らない。

小説を読むのも同じです。「面白かった」で終わるか、「なぜこの場面で泣けたのか。構成的にはクライマックスの直前に主人公の日常シーンを挟むことで、落差が生まれたからだ」と分析するか。後者の読み方をした人だけが、その作品を「経験」として蓄積できます。


疑似体験という武器

もうひとつ付け加えるなら、作家を目指す人の多くは「疑似体験能力」が高いはずです。

物語の登場人物に自分を重ねて、あたかも自分が体験したかのように感じる力。これができる人は、1冊の本から他の人の何倍もの「経験」を引き出せます。

異世界に転生したことはなくても、転生する主人公に感情移入して「住み慣れた場所を失う恐怖」と「未知に踏み出す高揚」を追体験できたなら、それはもうあなたの経験です。

だから「異世界転生を経験していないのに書いている」は、反論として成立しません。読むことを通じて、すでに経験しているんです。


結論:「経験したことしか書けない」は呪いではなく希望

この言葉は、一見すると「体験の浅い人間には良い小説は書けない」という呪いに聞こえます。

でも実態は逆です。

経験=体験ではない以上、「通勤電車の中でも経験は積める」し「1冊の小説からでも経験は引き出せる」。意識さえしていれば、日常のすべてが創作の糧になる。

「作家は経験したことしか書けない」──であるならば、意識して経験を積めば、いくらでも書けるものは増える。

これは制限ではなく、方法論です。


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