強調の読点|太宰治『人間失格』に学ぶ感覚派のための読点テクニック
読点の打ち方には、大きく分けて2つの流派があります。
論理派——文の構造に従って打つ。
感覚派——リズムや強調のために打つ。
この記事は感覚派のための読点テクニックです。(論理派の方は姉妹記事「読点を打つ4パターン」をご覧ください。)
感覚派の読点の核心は、「強調の読点」。普通なら打たない場所にあえて読点を打つことで、言葉に力を持たせるテクニックです。
太宰治『人間失格』に見る強調の読点
まずは、日本文学史上最も有名な読点のひとつを見てみましょう。
> 「自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。」
太宰治『人間失格』の冒頭です。
この文の読点を外すとどうなるでしょうか。
> 「自分には人間の生活というものが見当つかないのです。」
文法的には問題ありません。むしろ、読点なしのほうが流れるように読めます。
しかし、太宰治はあえて2箇所に読点を打っています。
読点が生む「間(ま)」と「孤立」
「自分には、」——この読点で、読者は一瞬立ち止まります。「自分」という存在が、他の誰とも違うものとして浮かび上がる。孤立感が、たった一つの読点で表現されています。
「生活というものが、」——ここの読点は、「見当つかない」を強調しています。「生活というものが」で息を溜めて、「見当つかないのです」で吐き出す。その間が、主人公の途方もない困惑を感覚的に伝えます。
これが強調の読点です。文法的に不要な場所に読点を打つことで、言葉にリズムと重みを加える。
強調の読点を使いこなす2つのルール
強調の読点は感覚的なテクニックですが、2つのルールを守れば効果的に使えます。
ルール① 不要な場所に打たない
「あらゆる場所に読点を打って強調する」のは強調ではありません。どこも強調していないのと同じです。
❌(読点が多すぎる)
> 彼は、静かに、扉を、開けた。
すべての語に読点が付いているため、どこが強調なのかわかりません。読むリズムも途切れ途切れになり、ただ読みにくいだけです。
⭕(強調ポイントを絞る)
> 彼は静かに、扉を開けた。
「静かに」の後に読点を打つことで、「静かに」という動作の質が際立ちます。読点が1つだからこそ、その1つに意味が宿ります。
ルール② 強調部以外で読点を打ちすぎない
強調の読点を活かすためには、周囲の文に余計な読点がないことが重要です。
文中に読点が多いと、強調の読点が「普通の読点」に紛れてしまいます。
❌(普通の読点と強調の読点が区別できない)
> 朝、彼は、いつものように、パンを焼き、コーヒーを入れ、新聞を読んだ。そして、彼は、静かに、立ち上がった。
⭕(通常部は読点を抑え、強調部だけに打つ)
> 朝、彼はいつものようにパンを焼きコーヒーを入れ新聞を読んだ。そして彼は静かに、立ち上がった。
前半の日常描写では読点を最小限にし、「静かに、」の一箇所だけ読点を打つことで、その「静かに」が一気に際立ちます。日常の中に潜む異変——読者は無意識にその読点で「何かがおかしい」と感じます。
強調の読点の実践例
いくつか実践例を見てみましょう。
例① 決意を表す
> 「もう、戻らない。」
「もう」の後の読点が、迷いの末に到達した決意を感じさせます。
例② 静寂を表す
> 部屋の中には、何もなかった。
読点がなければ事実の説明。読点があることで、主人公が部屋を見回した「間」が生まれ、「何もない」ことへの衝撃が伝わります。
例③ 名前に重みを乗せる
> その手紙の差出人は、母だった。
「差出人は」の後に読点を置くことで、「母」という単語に読者の注意が集中します。もし差出人が誰でもよいシーンなら読点は不要ですが、ここが物語の転換点であれば、この読点は効果的です。
例④ 太宰治の応用
> 「人間、失格。」
作品のタイトルそのものが強調の読点です。「人間失格」と続けて書くより、「人間、失格。」と区切るほうが宣告の重みが格段に増します。言葉と言葉の間に一拍の沈黙を挟むことで、読者は自分自身に突きつけられたように感じます。
感覚派と論理派は対立しない
最後に大切なことをひとつ。感覚派と論理派は二者択一ではありません。
論理的な読点が土台にあってこそ、感覚的な読点が光ります。
基本は構造に従って読点を打ち、ここぞという場面だけ「強調の読点」を使う——この使い分けが、プロの文章の特徴です。
太宰治の文章も、すべてが感覚的に読点を打っているわけではありません。基本的な読点はきちんと構造に従っており、特別な箇所だけ「異質な読点」が光っている。だからこそ、あの読点に読者は心を揺さぶられるのです。
読点は、句読点の中で最も繊細な道具。使いすぎれば効果が消え、使わなさすぎれば武器にならない。ここぞの一撃に、読点を。
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