自分の小説がつまらなく見える日|ダニング=クルーガー効果と「絶望の谷」の正体
「……なんで自分はこれでいいと思ってたんだろう」
半年前に書いた原稿を読み返して、そう思ったことがある人は手を挙げてください。たぶん全員ですよね。
書いているときは「これ、かなりいい」と思っていた。投稿した直後は手応えがあった。なのに時間が経ってから読み返すと、地の文は冗長だし、キャラの動機は薄いし、クライマックスが盛り上がりに欠ける。あの自信はどこからきたのか。自分には才能がなかったんじゃないか。もうやめようか──。
その絶望に、名前があります。
ダニング=クルーガー効果とは
ダニング=クルーガー効果。コーネル大学のダニングとクルーガーが1999年に発表した研究に由来する認知バイアスです。
実験はこうでした。学生にロジカルシンキングや英文法のテストを受けさせ、自分のスコアを自己評価させる。結果を比較すると──
• 成績が低い学生ほど、自分の順位を実際より高く評価した
• 成績が高い学生ほど、自分の順位を実際より低く評価した
つまり「できない人ほど自分はできると思い」「できる人ほど自分はまだまだだと感じる」。
この非対称性が、創作においてはとんでもなく残酷に作用します。
創作における「絶望の谷」
クルーガーの研究結果をグラフにすると、「能力が上がるにつれて自信が一度谷底まで落ちる」曲線が描かれます。これが俗に「絶望の谷(Valley of Despair)」と呼ばれるものです。

創作に当てはめると、こうなります。
フェーズ1:無知の山(書き始め)
小説を書き始めたばかりの頃。文章が書ける、物語が形になる、それだけで楽しい。自分はけっこういけるんじゃないか。友達に読ませたら「すごい」と言われた。もう小説家になれる気がする。
この段階では、自分に何が足りないのかが分からない。「分からないことが分からない」状態です。だから自信がある。純粋に、書くことが楽しい時期です。
フェーズ2:絶望の谷(中級者の壁)
小説の書き方を学び始める。プロの作品を分析的に読むようになる。文章技法の本を読む。投稿サイトのランキング上位作品と自分の作品を比較する。
すると──見えてしまうんです。自分の作品の粗が。
「地の文の情報量が足りない」「視点がブレている」「この台詞、キャラの性格と矛盾している」。以前は気づかなかった欠点が、次から次へと目に入ってくる。しかもそれが、半年前に「良い」と思って投稿した作品から見つかる。
ここで多くの人が創作をやめます。自分には才能がないと結論づけて。
フェーズ3:啓蒙の坂(成長の実感)
でも本当にやめてしまうのはもったいない。なぜなら、粗が見えるようになったこと自体が、能力が上がった証拠だからです。
ダニング=クルーガー効果の研究で特筆すべき発見があります。「成績が低かった学生は、不足していたスキルの最小限の指導を受けることで自己評価の精度を向上させた」。
つまり、自分の作品が下手に見えるようになったのは「正確に自己評価できるだけの知識を身につけた」からです。それは書き方の方法論であり、プロの作品を読んだ経験であり、投稿サイトで他の書き手の作品に触れた蓄積です。
自分の作品が下手に見えるのは、下手になったからではない。目が肥えたからです。
「拙著ですが」問題
ここで少し脇道に逸れます。元の記事で触れた「拙著」問題です。
SNSで自分の作品を紹介するとき、「大した作品ではないですが」「つまらないものですが」と謙遜する書き手がいます。そういう人の作品に限って面白い。これもダニング=クルーガー効果で説明がつきます。実力がある人ほど、自分の理想と現実のギャップを正確に把握しているから、「まだまだだ」と感じてしまう。
問題は、その謙遜が読者にどう伝わるかです。
かつての日本語環境では、「拙著」は謙譲語として通じました。「私の未熟な作品ですが」というニュアンスを、読者は「ご謙遜を」と受け取ってくれた。
2026年の今、それは通じません。SNSの裾野が広がった結果、「つまらないものですが」を文字通り受け取る読者が増えています。「つまらないなら読まなくていいか」と判断される。「拙著」を「つたない著作」とそのまま解釈される。
書き手としては察してほしい。でも、察してもらえる前提で書く時代は終わりました。
実力がある人ほど謙遜したくなる気持ちはよく分かります。大言壮語に聞こえるのは恥ずかしい。でも、作品を世に出すなら、恥ずかしくても胸を張るしかありません。「面白い小説を書きました。読んでください」と言い切る。それが2026年における最低限のセルフプロモーションです。
「絶望の谷」にいるあなたへ
もしあなたが今、自分の作品がつまらなく見えて苦しいなら、それは3つのうちのどれかです。
パターン1:目が肥えた(最も多い)
小説の技術や理論を学んだ結果、以前は見えなかった粗が見えるようになった。これはダニング=クルーガー効果そのもの。成長の証です。対処法は「書き続けること」。知識と実践のギャップは、実践を重ねることでしか埋まりません。
パターン2:比較対象が変わった
投稿サイトで読む作品の質が上がった。以前は素人の作品と比較していたのに、今はランキング上位のプロ並みの作品と比較している。比較対象が変わったのだから、自分の作品が劣って見えるのは当然です。対処法は「比較対象を過去の自分にする」。1年前の自分の原稿と今の自分の原稿を並べてください。確実に良くなっているはずです。
パターン3:本当に問題がある(これも成長)
実際にプロットに穴がある。キャラの動機が弱い。文章が冗長。それを自覚できているなら、修正できます。「問題がある」と気づけること自体が、フェーズ1にはなかった能力です。
どのパターンであっても、共通しているのは「あなたは前に進んでいる」ということです。
やめるのは、いつでもできる
創作をやめるのは簡単です。パソコンを閉じて、投稿サイトのアカウントを放置して、「自分には向いていなかった」と結論づければいい。
でもそれは「絶望の谷の底で立ち止まった」だけです。
谷には底がある。底があるということは、そこから先は上り坂だということです。振り返ってみてください──あなたはすでに「無知の山」を降りてきた。書き始めの頃の根拠のない自信を手放して、自分の欠点に向き合えるようになった。
それだけの道を歩いてきた人が、谷の底でやめるのはもったいない。
半年前の原稿がつまらなく見える。それはいいことです。
半年前の自分より、あなたは確実に上手くなっている。
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