受け身でいることの構造的コスト|創作者が「自分で動く」べき理由

2019年5月29日

こんにちは。腰ボロSEです。

今回は創作論ではなく、創作者の「生き方」の話をします。テーマは「受け身でいることのコスト」です。

これは精神論ではありません。構造の話です。


創作ノウハウ200超|小説の書き方ガイド

受け身の人に成功体験が少ない理由

理由はシンプルです。自分で動いた経験がないからです。

成功も失敗も、行動した人間にしか訪れません。他人任せで生きていると、結果だけでなく経験そのものが積み上がらない。これは創作においても同じです。

「いつか書こう」と思いながら一行も書かない人と、拙くても毎日100字書いている人。1年後にどちらが書けるようになっているかは明白です。書かなければ上手くもならないし、下手にもならない。つまり何も起きない。

IT企業で15年働いてきて、同じ構造を何度も見てきました。「指示がないから動けません」という人は、何年経っても同じポジションにいる。一方で「こうしたらどうですか」と提案する人は、たとえ提案が却下されても、「提案した経験」が次の提案の精度を上げていく。

経験の蓄積は、動いた人間だけに許される特権です。


「動く側」の消耗を知らないということ

受け身でいることのもうひとつの問題は、主体的に動いている人の裏側が見えなくなることです。

自分で考えて動くことには消耗が伴います。企画を立てる、人を誘う、段取りを組む、失敗したときに責任を取る。これらはすべてエネルギーを使う作業です。

しかし、動いたことがない人はこの消耗を体感していません。だから「誰かがやってくれる」のを当たり前だと思ってしまう。これは悪意ではなく、想像力の欠如です。

物語を書くとき、この構造はそのまま使えます。

「なぜか周囲に人が集まる主人公」と、「自分では何も動かないのに文句だけ言うキャラクター」。この2人の違いは、読者には一瞬で見抜かれます。主人公が動かない物語は退屈です。読者が離脱する最大の理由のひとつは、主人公が受け身すぎることだと言われています。

これは物語の中だけの話ではありません。


出会いが「待つもの」になるコスト

受け身でいることの最大のコストは、人生の良いことが「向こうからやってくるもの」になってしまうことです。

面白い出会いも、仕事のチャンスも、創作の公募情報も、ほとんどは誰かが動いたことで生まれています。受け身のまま待っていても、やってくるのは同じように受け身な環境だけです。

創作者でいえば、こういう構図をよく見ます。

「編集者に見つけてもらいたい」——でも作品を公開していない。
「読者がつかない」——でも自分から他の書き手の作品を読みに行っていない。
「コミュニティに入りたい」——でも自分から声をかけていない。

待っている側は、リスクを取っていません。だから傷つかない。でも、傷つかない代わりに何も起きない。

一方で、誘う側に回った人、自分から動いた人は、断られることもあるし空振りすることもある。しかしその経験が積み重なって、「自分で動ける人間」になっていく。失敗体験すら持っていない人と、失敗しながら動き続けた人では、数年後に見ている景色がまったく違います。


物語の主人公は、なぜ「動く」のか

ここで物語の話に戻します。

名作と呼ばれる作品の主人公は、ほぼ例外なく「自分から動く人間」です。

『鬼滅の刃』の炭治郎は、禰豆子を人間に戻すために自ら鬼殺隊の門を叩きました。『進撃の巨人』のエレンは、壁の外に出ると決めて自ら調査兵団を志願しました。受け身で流されるだけの主人公が物語を牽引できないのは明らかです。

なぜなら、物語の推進力は「主人公の選択」から生まれるからです。選択とは、自分で動くことの別名です。

そして読者が主人公に感情移入するのは、主人公がリスクを取って動く姿を見たときです。安全な場所から動かないキャラクターに、読者は共感しません。

この原則は、フィクションの外——つまり私たちの現実にも、そのまま当てはまります。


主体性は才能ではなく、習慣である

最後に、最も伝えたいことを書きます。

「自分から動ける人」というのは、生まれつきの性格ではありません。主体性は習慣です。

最初は小さなことでいい。

• Amazon Unlimited に登録して本や雑誌を読んでみる

• 読んだ作品に感想を送る

• 気になる人のブログにコメントを書く

• 公募の締め切りをカレンダーに入れる

• 「いつか書きたい」を「今日100字だけ書く」に変える

これらはすべて、「自分から動く」の練習です。筋トレと同じで、最初は小さな負荷から始めて、少しずつ上げていく。やがて「動くこと」がデフォルトになる。

私自身、腰を壊して身体的には受け身にならざるを得ない場面が多々あります。椅子から立ち上がるのにも気合いが要る。しかし、だからこそ「動ける部分では自分から動く」と決めています。キーボードは打てる。文章は書ける。記事を公開するボタンは押せる。

動ける範囲で、動く。それだけのことです。

大事にされたいなら、まず自分が動くこと。幸せを待つのではなく、幸せを作りに行くこと。

これは人生の話であり、物語の話であり、創作者の生存戦略の話です。

さて、今日も物語を書きましょう。腰は壊しても、筆は折らない。

腰ボロ作家

この記事が参考になったら、ブックマーク or シェアしていただけると励みになります。

腰ボロ作家について
創作の「設定資料」と「物語の書き方」を中心に、550記事以上を公開中。
サイトトップX(Twitter)

よく読まれている記事

小説の書き方本をもっと読むなら → Kindle Unlimited