「『斬新なアイデア』なんて先人が出し尽くしてる。だから『自分がやる』必然性に価値を見出しなさい」という話

2021年8月21日

「斬新なアイデアを出したい」というのは、
 あらゆる創作者が持つ願望ではないでしょうか。

 私も、斬新なアイデアさえあれば、みんなに面白いと認めてもらえるのに……と何度も考えました。
 ですが、アイデアを思いついても、少し調べると似たようなアイデアがわんさかあって。
 どんなに考えてもパクリになる……自分には才能がない……、などとふさぎ込むことがありました。
 そんな私ですが、Togetterでハッとした言葉と出会いましたので、シェアします。

美大で言われた話「『斬新なアイディア』なんて先人が出し尽くしてる」 → 『自分がやる』必然性に価値を見出しなさい」

美大に行って一番最初に言われたのが「君たちが生まれるよりとっくの昔に全ての『斬新なアイディア』なんて先人アーティストが出し尽くしてる。オリジナリティや新しさにこだわるより『自分がやる』ことの必然性に価値を見出しなさい」だったんだけど、ストリウスにそう伝えてあげたい。一緒に頑張ろ…

 ストリウスというのは、仮面ライダーセイバーの登場人物で、「この世の全ては全知全能の書に記されており、あらゆる物語も技術も人間が自らの手で生み出したものなど一つもないこと」を知り、「『物語』には『結末』があるからこそ美しく、『人』は『死ぬ時』が一番美しい」と考えるようになった本の魔人です。

「この世界が終わる前に、いいことを教えましょう。2000年前、私もあなたと同じように言葉を紡ぎ、物語をつづる詩人でした。言葉は次々と私の中に生まれ、私は無我夢中で新しい物語を作り続けた。そして、歴史に残る大傑作を作り上げたのです」

「でも、見てしまったのです。私が生み出した全ての詩は、全て全知全能の書に書かれていたのです。今までの全ての創造は、あらかじめ決められていた。私はただそれを書き上げたに過ぎなかった。人間に想像力などなかったのです! あなたの小説も同じです、神山飛羽真!!」 

仮面ライダーストリウス名言

 

じゃあ『斬新なアイデア』って何?

 私が冒頭の言葉で気付かされたのは、斬新なアイデアとは、「ジャンルの絶対数が少ない時に早いものがちで生まれるもの」だということです。

 例えばWeb小説というジャンルが生まれた当時は、何をやってもWeb小説初の試みになります。

 小説家になろうで異世界転生ものが流行っていたときも、昔のアニメや漫画を引き合いに出してパクリだと批評する人たちがいましたね。ですが、Web小説というジャンルでは斬新なアイデアだったわけです。

 しかしながらWeb小説の作品数が膨大に膨れ上がるに従って、何をやっても先人アーティストの二番煎じのように見えてきます。この状況にあっても『斬新なアイデア』というのはもちろんありまして、今までにWeb小説で見たことのないチート能力や展開を描き出すことで、凄い!斬新だ!となります。

 とはいえ、「今までにWeb小説で見たことのない」ものも、冒頭で書いたとおり、どこかのジャンルで先人アーティストが描いているものでしょう。つまりは現実のニュースやスポーツや評論、漫画、アニメ、映画などからの枯れた技術の水平思考です。

※枯れた技術の水平思考とは、元任天堂のゲーム開発者・横井軍平氏の製作哲学で、既にあるものを別の用途へ移行させるという、技術のリサイクル理論のことです。

 Web小説の作品数も膨大ですから、何か今まで見たことないか?を探し出すのも大変になっています。

『斬新なアイデア』を考えるのをやめていい

『斬新なアイデア』を考えるのに疲れたなと感じたとき、冒頭の言葉が響いてきます。

 オリジナリティや新しいことを必ずしも追わなくて良くて。自分がこれを書く必然性に価値を見い出せば、それが唯一無二の作品になるという救いです。

 正直なところ、「何か今まで見たことないか?」を探し出す作業は誰でもできます。「自分以外の誰かがやっても別に構わない事」ではなく、「自分が書かなきゃいけない事」を突き詰めることに重きをおきたいですね。

 それはつまり、自分の人生はこのためにあったのだと胸を張れることですから。

 

では、「自分が書かなきゃいけない事」って何?

 これはおそらく、悪いことも良いことも含めて、自分に与えられたものを受け入れることからしか生まれません。

 

 私も、自分が病に冒されたとき、何故自分ばかりこんな辛い目にあうのかと、絶望したことがあります。
「あなたよりもっと苦しんでいる人がいるよ。あなたは恵まれているんだよ」などと言われても、「馬鹿じゃないの? だから私の苦しみが軽くなるとでも思うのか? だったらお前がなってみろ」と言い返してやりたかった。

 社会規範に則れば、自分がどんなに苦しくても、自分より苦しい人のために、祈らなければならなかったでしょう。それはわかっていました。ですが私は、社会規範で覆い隠すことのできなかった本音の蓄積を作品に封じ込めるようにしました。

 そこからあの台詞「だったらお前がやってみろ。この苦しみの中、聡明で居続けてみろ」が生まれました。辛い目にあってこなかった人には、思いつかない展開であり、言葉だったかもしれません。

 

 悪いことも良いことも、本音で向き合って、作品に落とし込むことで、価値が生まれます。今後もクリエイターとして、自分に与えられたものを受け入れ、表現していきたいと思います。このエントリーがあなたの気付きの一端になれば幸いです。