賛否両論・気持ち悪い | ジブリ宮崎駿「君たちはどう生きるか」を考察するためのヒント

 宮崎駿監督(82)の長編アニメ映画「君たちはどう生きるか」が2023年7月14日に公開されました。見に行った方々の感想は二極化しており「凄かった、圧巻」「深い、何回でも見たい」といった肯定と「面白いけどよく解らん」「気持ち悪い」という否定の賛否両論でした。

「君たちはどう生きるか」賛否両論の理由

 賛否両論の理由は、岡田斗司夫氏が以下の動画で語っている通り、本作が「世にも珍しいアニメで作られたアート」だからでしょう。

 アニメは複数人でつくるために、作家が持っている「自分でもなんだかわからないもの」をプロデューサなどに説明する必要がある。この「自分でもなんだかわからないもの」こそが作家の感性でありアートなのですが。しかし「自分でもなんだかわからないもの」を他の人に説明するために言語化したり、絵コンテを書いてしまうと、作家の中の「自分でもなんだかわからないもの(根源的なやりたいこと)」がどんどん失われてしまい、もはやそれはアートではなくなる、という話です。

 ですが、今作「君たちはどう生きるか」は、奇跡的にそれができてしまいました。それがわかるのは2023年2月下旬、東京都内のスタジオで上映された、「君たちはどう生きるか」の初号試写です。ここで宮崎駿監督はこうコメントしました。

「おそらく訳がわからなかったことでしょう。私自身訳がわからないところがありました」 

 作品に込めたテーマが個人的すぎて恥ずかしく隠したかったり、場を盛り上げるための冗談だったりしたのかもしれませんが、言葉をそのまま受け取ると、監督の「自分でもなんだかわからないもの(根源的なやりたいこと)」を表現できたのでしょう。

 具体的なテーマも提示されないし、説明はないし、キャラクターの言動はシーンごとに矛盾しているように見える……ただ一つの答えを出そうとすると、どうしても矛盾してしまう部分が出てくる。それはさながら、プロットを書かずに小説を書き始めて、作家の書きたいシーンをすべて詰め込んだような作品です。

 私たちはこの映画を見て、何を感じてもいいし、どう解釈しても良い。鑑賞後、テーマ曲である「地球儀」を聞きながら、言葉にできないモヤモヤを抱えるだけでも価値のある映画です。ぜひ、Youtubeの解説動画や解説記事は一切見ず、映画館でこの映画を見て自分の感じたことを大事にしてみてくださいね。

「君たちはどう生きるか」をより楽しむために

 「君たちはどう生きるか」は解釈自由のアート的映画です。見て感じたことをそのまま言葉にすれば良い……のですが、宮崎駿監督自身のことを知っておくと、より楽しむことができます。

 私が「君たちはどう生きるか」を見るにあたり、宮崎駿監督について知っておいたほうがよいと感じたことを4つ紹介します。

「君たちはどう生きるか」原作本

 映画の中で「君たちはどう生きるか」という本が出てきます。しかし内容については説明されることがありません。簡単にでもこの本の内容を頭に入れておくと、映画の見え方が変わります。映画の中で登場する本は1937年に書かれた吉野源三郎さんの小説ですが、2017年にそれを原作とした漫画が発売され大ヒットとなりました。

created by Rinker
¥1,121 (2024/11/23 18:31:37時点 Amazon調べ-詳細)

 以下の記事に「君たちはどう生きるか」のあらすじやポイントがまとまっていますので、こちらだけでも読んでおくと良いです。

・人生の意味を知るには、心をうごかされたことの意味を正直に考えること
・見ず知らずの他人にも、生産関係(生きてゆくのに必要なものをつくるために、協働したり、手分けしたりして働くこと)で切っても切れない縁がある
・本当に人間らしい人間関係とは、お互いに好意をつくし、それを喜びとすること
・学問とは、人類の経験をひとまとめにしたもの
・学問を修め、人類がまだ解決できていない問題のために尽力すべき
・「生産する人」と「消費する人」という区別を見落としてはいけない(なんの妨げもなく勉強ができ、才能を思うままに伸ばしてゆけるということが、どんなにありがたいことか理解せねばならない)
もっとも苦しいのは、「自分が取り返しのつかない過ちを犯してしまった」という意識。過ちを苦しいと感じるのは、正しい道に従って歩こうとしているから

『君たちはどう生きるか』あらすじ・名言・要約・感想文まとめ

7/8に公開されたNHKの記事「謎に包まれたジブリの新作 鈴木敏夫Pに聞いた!

「君たちはどう生きるか」というタイトルは、宮崎駿監督が子どもの頃に読んで衝撃を受けた、吉野源三郎の同名小説からとっています。鈴木さんはこの7年間、めまぐるしく変化する世界を目の当たりにして、このタイトルの受け止め方が変わってきたといいます。

「小説は原作ではありませんが、ミヤさんが子どものころに読んで受けた衝撃を、お客さんにも提供したいと思ったんでしょう。タイトルを聞いたときは正直、これをお客さんに問うのはどうだろうと思いました。ある種の、押しつけがましさのようなものを感じたんです。ところが、だんだん映画を作っているうちに、気がついたら世の中全体が『君たちはどう生きるか』という時代になってきた」

見る者に重く突きつけられるタイトル。果たして、何が描かれるのか。

「『君たちはどう生きるか』って言われたら、多くの人が、“うーん”とうなるでしょう。それがエンターテインメントのはじめだと僕は思います」

宮崎駿監督は、10年前の引退会見で、「子どもたちに“この世は生きるに値するんだ”ということを伝えるのが自分たちの仕事の根幹になければならない」と語っていました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230706/k10014119971000.html

過去のジブリ作品

 過去のジブリ作品を見直しておくのもおすすめです。トトロの森につながる草むらや、ナウシカの大婆、ハウルの動く城のかまど、もののけ姫のショウジョウ・コダマ、ラピュタの回廊など過去の作品を連想させるシーンが多数あります。それらのシーンは過去のジブリ作品のメッセージとリンクしているように感じられます。

created by Rinker
スタジオジブリ
¥43,800 (2024/11/23 18:31:38時点 Amazon調べ-詳細)

 まさに一つの映像に2つ以上の背景をもたせる、X(エックス)ミーニングの究極系ですね。過去のジブリ作品を見ておくと、楽しさが倍増すること間違いなしです。

 

宮崎駿監督のご家族について

 私は「君たちはどう生きるか」を見たとき、母親に関する憧れや、母親に恥じない人間になりたいという願いのようなものを感じました。

 宮崎駿作品全般に言えることですが、監督はしばしば母の不在を描きます。監督が幼少の頃、母親が結核を患い、しばしば自宅に不在であったことが『となりのトトロ』のサツキとメイの母が入院しているアイデアに繋がり、『風立ちぬ』のヒロイン菜穂子の病気のシーンにも繋がったと考えられています。これらは監督自身が、母の結核で母と子の時間を満足に持てなかった体験の反映かもしれません。

 「君たちはどう生きるか」はこうした監督の母との関係だけでなく、父との関係にも深く踏み込んだ作品になっています。そこで宮崎駿監督自身の家族事情についても知っておくと、映画の理解が深まるかもしれません。

宮崎駿監督の母について

宮崎:じつは就職するときに戸籍謄本を取って見たら、母親の実年齢がはじめてわかりました(笑)。それと親父の隠された半生が全部あきらかになったんです(笑)。親父にはおふくろとの結婚の前に最初の奥さんがいたということが、はじめてわかった。しかも学生結婚なんです。聞いてみたら、生きるの死ぬのと大騒ぎして結婚して、一年もたたないうちに相手が結核で亡くなっちゃった。「あんなに大恋愛の末の結婚だったから、大丈夫だろうか」ってまわりはずいぶん気を揉んだそうです。そうしたら一年もたたないうちにぼくらのおふくろと恋愛結婚することになって、まわりがのけぞった、という話があって(笑)。そういう男なんです。
半藤:立ち入ったことを聞くようですが、お父さんの最初の奥さんとのあいだには子どもさんはいなかった?
宮崎:いなかったんです。一年もたたずに結核で亡くなっちゃったので、父は自分の結核が伝染したんだって言ってました。父も結核を患ってますから。

『腰抜け愛国談義』
created by Rinker
¥622 (2024/11/23 18:31:38時点 Amazon調べ-詳細)

宮崎駿監督の父について

僕の父親は大正三年に生まれ、七九歳まで生きました。九歳のとき関東大震災にあっています。四万人近い焼死者を出した被服廠跡の広場を妹の手をひいて逃げまわり、生き延びました。(中略)
父が死んでから何年もたって、小津安二郎の「青春の夢いまいづこ」を観て呆然となりました。主人公の青年が父とそっくりなんです。容姿も眼鏡があるだけで、ものの考え方や行動がそっくりなのです。アナーキーで享楽的で、権威は大きらいなデカダンスな昭和のモダンボーイの姿がそこにありました。
ニヒリズムの影がその底にあります。父はそのままの姿で戦前、戦中、戦後の昭和を生きたのでした。
九歳の少年が関東大震災で体験したことの重さが分かったように思いました。彼のアナーキーなニヒリズムは被服廠跡で体験したことと無縁ではなかったはずです。
そして、父は九歳で、僕は七十歳で同じ風の吹く時代に出会ったのだと思いました。

『本へのとびら――岩波少年文庫を語る』
created by Rinker
¥1,210 (2024/11/23 18:31:39時点 Amazon調べ-詳細)

まとめ:ジブリ宮崎駿「君たちはどう生きるか」を考察するためのヒントヒント

 「君たちはどう生きるか」が賛否両論の理由は、この作品がアート的な映画であり、一つの答えがないことが原因でしょう。見た人それぞれが自分の解釈で楽しめる奇跡的な作品なので、見ないのはもったいないです。

 その上で、「君たちはどう生きるか」を楽しむために最低限知っておくと良い情報を紹介しました。私自身はこの映画を見て、母親に関する憧れや、母親に恥じない人間になりたいという願いのようなものを感じました。

※それと同時に、今にも崩れそうな13個のブロックを積み上げる為政者と、若い命を犠牲にしながら生きながらえている老いたペリカンに現代社会のメタファーを感じたりもしました。悪意に満ちた自分を受け入れながら、地獄のような現実を前向きに生きていこうとするポジティブな感情も感じました。

 「君たちはどう生きるか」見ておいて損はない作品です。それと同時に作家を目指す人間としては、プロットを書かずに小説を書き始めて、作家の書きたいシーンをすべて詰め込んだような作品は「気持ち悪い」と評されることもある……という事実に考えることがありましたね。テーマを伝えるためにプロットを練って、シーンを作り上げていくのがエンターテイメントの王道なのだと再発見しました。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
このホームページは創作者支援サイトです。
創作者の方向けの記事を発信しています。