【映像×創作】『イエスタデイ』から学ぶ「知識チートの倫理と物語の着地点」
2019年、ダニー・ボイル監督が手がけたファンタジーコメディ『イエスタデイ』。ある日突然、世界中の人々がビートルズの存在を忘れてしまい、主人公のジャックだけがその曲を覚えている——という設定の映画です。私はこれを「イギリス版異世界転移」「ビートルズの知識チート」だと感じました。
確かに、この構造は異世界転生もので主人公が現代知識を活用して無双する展開と瓜二つです。「なろう系」の知識チートを、ビートルズの楽曲に置き換えたらこうなる。しかし、本作がただの知識チートものと異なるのは、その「チート」に倫理的な痛みが伴う点です。なぜこの構造が物語として深みを持つのか。3つの仮説を立てて考えてみました。
仮説1:「他者の功績を自分のものにする」という原罪が物語を駆動する
一般的な異世界転生の知識チートでは、主人公が現代の技術や知識を使って問題を解決します。火薬の製法を知っている、抗生物質の作り方を知っている、といった具合に。この場合、知識の元の発明者は異世界に存在しないため、「盗んだ」という感覚は薄くなります。
しかしジャックの場合、ビートルズの楽曲を「自分が作った」と偽っています。ジョン・レノンもポール・マッカートニーも存在していた(していないことになったけれど)世界で、彼らの創作物を自分の名義で発表する。これは知識チートではなく、本質的には「盗作」です。
この原罪意識が物語に深みを与えています。ジャックは成功するほど苦しくなる。スタジアムを満員にし、世界的なスターになればなるほど、「これは自分の才能ではない」という事実が重くのしかかるのです。
これは『ガタカ』(1997年)の主人公ヴィンセントの構造とは正反対ですね。ヴィンセントは自分の才能と努力で遺伝子差別を乗り越えようとする。ジャックは他人の才能で成功してしまう。どちらも「自分は本物か?」という問いを抱えていますが、ベクトルが逆です。この「偽物の成功」というテーマは、創作者なら誰もが一度は恐れたことがあるのではないでしょうか。
仮説2:「消失した文化」が逆説的にその価値を証明する
本作の最大の仕掛けは、「ビートルズが存在しない世界」を描くことで、逆説的にビートルズの偉大さを証明しているところです。ジャックが「Yesterday」を弾き語りすると、初めてその曲を聴いた人々が涙する。これは「名曲は時代や文脈を超えて人の心を動かす」ということの証明であり、同時にビートルズへの壮大なラブレターでもあります。
この「不在によって存在を証明する」手法は、物語の技法としても非常に強力です。『ドラえもん』のSF短編「おばあちゃんの思い出」を思い出してください。のび太がタイムマシンで死んだおばあちゃんに会いに行く話ですが、おばあちゃんの優しさが突き刺さるのは、現在の世界で彼女がもう存在しないからです。
あなたの物語で何かの価値を読者に伝えたいとき、直接「これはすごい」と描写するよりも、一度それを消してから再発見させるほうが効果的な場合があります。キャラクターの大切さ、文化の重要性、日常の価値——すべて「不在」にすることで、読者は初めてその本当の重さを感じ取るのです。
仮説3:「知識チートの放棄」が物語の真のクライマックスになる
ここからがネタバレになりますが、ジャックは最終的にビートルズの楽曲を無料で世界に公開します。つまり、知識チートを放棄するのです。異世界転生ものに例えるなら、チート能力を自ら手放して一般人に戻る選択をしたことになります。
この選択が物語のクライマックスとして機能するのは、「チートを使い続ける」ほうが簡単で得だからです。世界的スターの地位、莫大な富、名声——これらを全て捨てる決断には、相応の動機が必要です。ジャックの場合、その動機は「本当に愛する人との本当の関係」を取り戻すことでした。偽りの成功よりも、正直な自分で愛する人のそばにいることを選んだのです。
『千と千尋の神隠し』で千尋が湯婆婆から名前を取り戻す行為にも似た構造がありますね。千尋は湯屋での居場所と引き換えに本来の名前を失い、最後にそれを取り戻す。ジャックもまた、世界的な名声と引き換えに自分自身の誠実さを失い、最後にそれを取り戻す。どちらも「得たものを手放すことで、本当に大切なものを取り戻す」という構造です。
創作として注目すべきは、「チートの放棄」それ自体がカタルシスになっているという点です。通常、能力を失うことはマイナスの展開です。しかし、その能力が主人公を苦しめていた場合、放棄は「解放」として機能します。もしあなたの物語の主人公がチート能力に苦しんでいるなら、その放棄をクライマックスに据えてみてはどうでしょうか。
あなたの物語に活かすなら
『イエスタデイ』から、3つの技法を抽出できます。
1. 知識チートに「原罪」を付与する
主人公が何らかの有利な知識や能力を持っている場合、その知識の「本来の持ち主」を設定してみてください。他者の功績を借りているという自覚は、主人公に倫理的な葛藤を与え、物語を深くします。
| チートの種類 | 原罪の設計 | 生まれるドラマ |
|---|---|---|
| 未来知識 | まだ生まれていない発明者の功績を先取りしている | 将来その人物と出会ったとき、どう向き合うか |
| 異世界の技術 | 元の世界の師匠から学んだ技を自分の手柄にしている | 師匠の存在を忘れることへの罪悪感 |
| ループの記憶 | 前の周回で他者が教えてくれた情報を使っている | 「教えてくれた人」が存在しない周回での孤独 |
2. 「不在」で価値を証明する
大切なものの価値を読者に伝えたいなら、一度それを消してみる。キャラクターを退場させる、文化を忘却させる、日常を破壊する。そのあとで再発見させると、同じものが十倍の重みを持って読者に届きます。
3. 能力の放棄をクライマックスにする
チートや特別な力が主人公の「本当の望み」の障害になっている場合、その力を手放す瞬間が最大のカタルシスになります。大切なのは、放棄によって主人公が「何を取り戻すのか」を明確に描くことです。
まとめ
『イエスタデイ』は、知識チートに原罪を付与し、文化の不在でその価値を証明し、チートの放棄をクライマックスに据えた作品でした。勉強になりました。
「イギリス版異世界転移」としてこの映画を捉えると、知識チートの構造そのものを問い直す作品でもあります。異世界に転生した主人公が現代知識で無双する物語を書いているとき、ふと立ち止まって考えてみてください。その知識の本来の持ち主は、あなたの物語の世界のどこかにいませんか。偽りの成功と本物の幸福の間で揺れるキャラクターは、きっと読者の心に深く刺さるはずです。