タイムパフォーマンスと物語の消費|「にわか」排斥が業界を殺す理由
ワールドカップの時期になると、いつも議論になる話があります。
「普段サッカー見てないくせに、ワールドカップのときだけ熱狂するのはどうなの?」
この議論を見るたびに思うのです。それ、小説界隈でもまったく同じことが起きていませんかと。
世界最高を楽しむのは何も間違っていない
最初に明言します。世界最高を楽しむのは何も間違っていません。
現代は「タイムパフォーマンス」を重視する時代です。多くの人が良いものを手っ取り早く摂取したいと考えている。よく考えてみてください。サッカーをよく知らない人に「小学校のサッカーから見ろ」と言ったところで、ゴールキーパー以外の10人がボールに群がる試合を見て楽しめるわけがありません。
将来サッカー選手になりたい子どもだって、世界最高のプレーを見て「メッシのようになりたい」と願うことは正しいはずです。ボールに群がる小学生に憧れてプロになれるわけがない。
ワールドカップだけを楽しむのは、タイパの観点からも正しく、将来その道に進むとしても正しいのです。
世界最高を楽しんだ後の2つの道
ただし、世界最高を楽しんだ後には2つの道があります。
1. 「タイパよかったー」と消費者として終わるか
2. 「自分もワールドカップに出たい」と感動の生産者を目指すか
どちらも正しい選択です。有限な人生の中で、世界最高を見るたびに「私もやりたい」を繰り返していたら時間が足りません。消費者として終わるのも正解。
しかし、ここで重要な事実があります。
感動の生産者がいなくなると、世界最高は先細りになる。
感動の生産者になろうとする無謀な人々の芽を摘んではいけません。無謀な勇気が世界を変えることがある。挑戦する人がいなくなった世界はつまらない。
芽を摘むのは誰か
感動の生産者を目指す人の芽を摘むのは、だいたい「普段サッカーを見てないくせに」と揶揄する人たちです。
彼らの拠り所は、他の人よりよく知っていること。知識を振りかざしてマウントを取ったり、「〇〇と比べたら下手だ」と批評したり、「君は〇〇みたいだね」と総括したりする。つまり、にわか・気軽民を排斥する人になりがちです。
そして——にわか・気軽民を排斥する業界は先細りしていきます。これはサッカーに限らず、あらゆるジャンルに当てはまる法則です。
感動の生産者を目指す人は、排斥民に惑わされないでください。メッシになれれば世界最高なのだから、そこを目指せばいい。サッカーの幅広い知識は、メッシになる道のりの中で勝手に身につきます。
小説界隈でもまったく同じことが起きている
ここまでの話、小説界隈にそのまま当てはまります。
ランキング上位や売れ筋の小説だけを読むのは、ワールドカップだけを見ているのと同じ。世界最高にタイパよく触れる手段にすぎません。
ソードアート・オンラインを読んで「めちゃくちゃ面白い、こんな作品を書きたい」と感じ、感動の生産者を目指した人は大勢いるはずです。これはメッシに感動したサッカー少年と同じ構造です。
消費者として終わってもいい。感動の生産者を目指すなら素晴らしい。
そして挑戦する中で、「〇〇も読んでないのに小説家を目指すのか」と揶揄する人に出会うこともあるでしょう。そんなときは思い出してください。感動の生産者を目指す無謀な勇気こそが、世界で一番尊いのだと。
TikTok倍速時代の現実
タイパ消費はさらに加速しています。
• TikTokで映画のあらすじを10秒で消費する
• アニメを1.5倍速で視聴する
• まとめサイトでネタバレを読んでから本編を読む(あるいは読まない)
これは「悪い」ことではありません。タイパ消費は世界最高に効率よく触れる手段として合理的です。
しかし作家としてはこの現実を直視しなければなりません。
冒頭の引力を最大化すること。 最初の3行で読者を掴めなければ、スワイプされて終わりです。
倍速でも伝わる感情を設計すること。 複雑な伏線の妙よりも、シーンごとの感情の強度が問われます。倍速で流し読みされても、心に引っかかる場面があれば読者は戻ってくる。
体験でしか得られない価値を意識すること。 あらすじでは代替できない読書体験——たとえば文体のリズム、呼吸感、ページをめくる手が止まらない中毒性——こそが、タイパ時代に小説が持てる最後の砦です。
倍速で消費されることを嘆くのではなく、倍速でも心に残る物語を作る。それが今の時代に求められるスキルです。
AI量産時代と「感動の生産者」の価値
もう一つ、避けて通れない変化があります。AIによる物語の量産です。
生成AIはテンプレート的な物語を大量に生成できるようになりました。「にわか排斥」をしてきた人々が大切にしてきた「知識の量」は、AIの前では無力です。AIは誰よりも多くの作品を「読んで」いるのですから。
では、人間の作家に残された価値は何か。
それは「感動の生産者としての体験」です。
メッシのプレーに感動して自分もボールを蹴り始めた少年の体験。ソードアート・オンラインに衝撃を受けて深夜にキーボードを叩き始めた経験。挫折と成功を繰り返しながら物語を書き続けてきた日々。
この体験から生まれる物語はAIには書けません。なぜならAIには「感動した体験」がないからです。
AI時代に作家が生き残る方法は、皮肉にも「にわかであること」——何かに触れて感動し、自分もやりたいと無謀に思う気持ち——を失わないことなのかもしれません。
にわかを歓迎する文化が業界を育てる
2022年のワールドカップでは、アルゼンチンが優勝しました。メッシという世界最高を見てサッカーを始めた若者たちが、メッシとともにピッチに立ち、優勝カップをもたらした。
世界最高を見て感動の生産者になった人たちが、世界を変えた瞬間でした。
小説界隈でも同じことが起きています。なろう系を読んで「自分も書きたい」と思った「にわか」たちが、Web小説の市場を拡大し、次世代のヒット作を生み出し続けている。
にわかを排斥するのではなく歓迎する。タイパ消費を嘆くのではなく活かす。感動の生産者が増える環境を作る。それが物語の世界を豊かにする唯一の方法です。
まとめ
| テーマ | 要点 |
|---|---|
| タイパと消費 | 世界最高を楽しむのは正しい |
| 2つの道 | 消費者で終わるか、生産者を目指すか |
| にわか排斥 | 排斥する業界は先細りする |
| TikTok倍速時代 | 冒頭の引力と「体験価値」が鍵 |
| AI量産時代 | 「感動した体験」から生まれる物語が人間の武器 |
感動の生産者を目指す人を応援します。にわかであることを恥じないでください。にわかの無謀な勇気が、世界を変えるのですから。
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