小説が漫画に勝った日|テキストだからこそ可能な「視覚的娯楽」の突破口

2021年7月21日

小説が漫画に絶対勝てない部分があります。それは視覚的な娯楽です。

視覚的な娯楽とは、ビジュアルで強烈なインパクトを残すという娯楽的手法のことです。この分野では小説は漫画の足元にも及びません。たとえば松井優征先生の『魔人探偵脳噛ネウロ』に登場する「ドーピングコンソメスープ」のシーン。テニスの王子様の「でかすぎんだろ」のシーン。あの一コマがTwitterで拡散されたとき、何だこれはと思わず手を止めた方も多いのではないでしょうか。

漫画やアニメは一枚の絵でインパクトを与え、SNSで拡散され、一瞬で数万人の目に触れることができます。テキストにはこの瞬発力がありません。文字だけの投稿がTwitterでバズることは稀であり、どうしても絵や動画に比べてインパクトで劣ります。では小説は、視覚的な娯楽の領域で永遠に負け続けるしかないのでしょうか。

このエントリーでは、小説が視覚的な娯楽の扉を開いた事例と、テキストが持つ固有の武器について考察します。小説には小説の戦い方がある。その戦略を一緒に考えてみましょう。

創作ノウハウ200超|小説の書き方ガイド

視覚的な娯楽としての小説 — 前代未聞の事件

視覚的な娯楽として、小説は漫画に絶対勝てないと諦めてしまったら、小説の発展はありません。そこで長年、さまざまな試行錯誤が行われてきました。イラストレーターに表紙を描いてもらい、ライトノベルやライト文芸という形態で売り出すのもその一つです。

しかし「純粋な文章」で視覚的な娯楽を目指す試みは、長いこと進歩が見られませんでした。アスキーアートで絵を表現してみる、という方向性が精一杯だったかもしれません。

ところが2021年初頭、「漫画を超える視覚的な娯楽」としての小説が、突如として誕生しました。

あるライトノベルの本文中に、擬音語だけで埋め尽くされた10ページが存在していたのです。延々と続くオノマトペ。購入者はブチ切れ、SNSで大炎上しました。

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転生したら破滅フラグしかない悪役貴族だった件~エルフ、獣人、吸血鬼をメイドにしました~ (美少女文庫)※実際は10ページあります。

「あーあ、やっちゃったよ」と思いつつも、この出来事が小説に新しい扉を開いたのではないかと感じました。だって、絶対に勝てないと思われた視覚的な娯楽のジャンルで、小説の本文がここまで話題になったのです。「こんな扉の開き方でいいのか」という話は当然あるのですが、誰もが反応してしまったこと自体が、テキストの持つ可能性を証明しています。

この事件が教えてくれるのは、「テキストは読むもの」という固定観念を破壊したとき、まったく新しい反応が生まれるということです。

もちろん、これを推奨しているわけではありません。しかしこの事件は、テキストがまだ開拓されていない領域を持っているという事実を、逆説的に証明しました。小説の本文が「視覚的にバズる」という現象は、それまでほぼ存在しなかったからです。テキストの可能性は、私たちが思っている以上に広いのかもしれません。

小説が本当に漫画に勝てる瞬間

炎上事件はさておき、小説が漫画やアニメに本当の意味で勝てる瞬間はあるのでしょうか。答えは「ある」と断言します。

それは、読者の想像力を動かした瞬間です。

漫画やアニメは、キャラクターの顔も背景も、すべてが描かれた状態で読者に提示されます。読者は「見る」だけでよい。その手軽さが漫画の強みであり、同時に限界でもあります。なぜなら、読者の頭の中に描かれるイメージは、作者が描いた絵を超えることがないからです。

一方、小説のテキストが提示するのは「情報」であり、「映像」ではありません。読者は文章から情報を受け取り、自分の頭の中で映像を構築します。この過程で、読者は自分自身の体験や記憶を無意識に投影します。結果として、読者の頭の中に浮かぶ映像は、作者が意図したものを超えることがあるのです。

たとえば「彼女は泣いていた」という一文を読んだとき、読者は自分が知っている「泣いている誰か」の顔を思い浮かべます。それは母親かもしれないし、かつての恋人かもしれない。小学校のときに泣いていた友達かもしれない。その個人的な記憶との結びつきが、テキスト固有の感情的インパクトを生みます。漫画で描かれた「泣き顔」は万人に同じ顔ですが、小説の「泣き顔」は読者の数だけ存在するのです。

これが小説の最大の武器です。読者の想像力を起動させ、読者自身の体験を物語に巻き込むことで、映像作品には不可能な深さの感情体験を提供できます。

ホラー小説の怖さが映画を超えることがあるのも、同じ原理です。映画のホラーは「見える恐怖」ですが、小説のホラーは「見えない恐怖」です。読者の脳内で構築された恐怖は、他人が描いたモンスターよりも遥かに怖い。なぜなら、自分が最も恐れているものが、無意識に映像化されてしまうからです。テキストが読者の内面を引き出す装置として機能する瞬間、小説は漫画やアニメを超える体験を提供できます。

視覚的な娯楽をつくりだす「3つのF」

では、テキストでも視覚的な娯楽に近いインパクトを生み出すにはどうすればよいのか。松井優征先生の作品を分析すると、視覚的な娯楽には「3つのF」が共通しています。

ふきんしん — 慎みがなく、不真面目であること。真面目な文章は視覚的な娯楽とは真逆の位置にあります。

ふざけている — まともではなく、現実的ではないこと。予定調和を裏切る展開が、読者の目を引きます。

ふきだす — 笑えること。思わず吹き出してしまうような意外性が、テキストにも瞬発力を与えます。

小説を書く人間は、往々にして「慎み深く、まともで現実的で、笑いと無縁の文章」を書きがちです。それは美しい文章ではあっても、視覚的な娯楽としてのインパクトには欠けます。

松井優征先生は「ジャンル物はそのジャンルが好きな人間が描くと、同じくそれが好きな人の方しか向いてない作品になってしまいがちなのです。そうならない為にも、作品を良い意味で突き放し、時にイジりを入れて笑いにすることも大切」と述べています。

小説においても同じことがいえるでしょう。書こうとしているジャンルの通例を、3つのFの精神で破ってみることも、テキストの可能性を広げる一つの方法です。

ただし注意点もあります。3つのFは「意図的に」行うことが重要です。ただ滅茶苦茶なことを書けばいいわけではなく、読者の期待を裏切りつつも「こう来たか」と思わせる計算が必要です。松井優征先生のドーピングコンソメスープが面白いのは、シリアスな物語の文脈の中にあのビジュアルが飛び込んでくるからであって、ギャグ漫画であれば同じインパクトは生まれません。文脈を理解した上で破壊することが、3つのFの真髄です。

テキストの勝ち筋を意識した創作

小説が漫画に勝とうとする必要はないかもしれません。しかし「テキストだからこそ可能な表現」を意識することは、小説家にとって重要な姿勢です。

読者の想像力を信頼し、あえて描きすぎないことで読者の脳内に映像を発生させる。読者自身の記憶や体験を呼び覚ます言葉を意図的に選ぶ。そして時には、テキストの常識を破壊する勇気を持つ。この3つが、小説が漫画に「勝てる」瞬間を生み出す条件ではないでしょうか。

テキストには、映像にはない「余白」があります。その余白こそが、読者一人ひとりに異なる感動を届けるための、小説だけの武器なのです。

漫画やアニメと張り合う必要はありません。しかし「自分はテキストで何ができるか」を常に問い続ける姿勢は、小説家としての表現の幅を広げてくれます。視覚的な娯楽の扉が開いた以上、テキストの未来にはまだ見ぬ可能性が広がっています。その扉の先に何があるのか、一緒に探っていきたいです。テキストの可能性は、私たちが思っているよりもずっと広いのですから。


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