夏へのトンネル、さよならの出口読者への配慮が行き届いた青春SF

2020年9月5日

こんにちは、腰ボロSEです。

『夏へのトンネル、さよならの出口』(八目迷・著)を読みました。

第13回小学館ライトノベル大賞のガガガ賞と審査員特別賞のW受賞作。その肩書きに恥じない、優しさと切なさに満ちたひと夏の青春SFです。

配慮の行き届いた、素敵な物語でした。


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あらすじ

「ウラシマトンネルって、知ってる? そのトンネルに入ったら、欲しいものがなんでも手に入るの」

海に面する田舎町・香崎。高二の塔野カオルは、中に入れば年を取る代わりに欲しいものが手に入るという「ウラシマトンネル」の都市伝説を耳にする。その夜、偶然にもそのトンネルらしきものを発見した。

最愛の妹・カレンを五年前に事故で亡くしたカオルは、トンネルを前にあることを思いつく——カレンを取り戻せるかもしれない。

検証を始めたカオルの後をつける人物がいた。転校生の花城あんず。クラスで浮いた存在の彼女は、カオルに興味を持つ。二人は互いの欲しいものを手に入れるために協力関係を結ぶのだが……。


物語の面白さ(印象に残った変化)

塔野カオル——立ち止まった少年が前を向くまで

特別な家庭環境を持つ少年。自分の軸を持たないことを軸にしている。幸せになる権利も愛される権利もないと思っている。

そんな彼が恋心も自分の人生もすべてほっぽり出して追い求めたのが、妹・カレン。それは自分のせいで妹を失ったという罪に対する贖罪でした。彼は妹の死の責任を背負うことで、「自分には幸せになる権利はない」と考えた。

それがウラシマトンネルの果てでカレンと再会し、幸せになる許可証をもらうことで前を向けた。

彼は「特別は環境が作るのではなく、普通の先にある」というメッセンジャーだったと思います。最後に普通の道に戻ってくる許可をもらえて、あんずと一緒に未来へ進むことができるようになったのは、彼にとって救いでした。

> ポイント:自分の罪により立ち止まる。自分の軸を持たないことを信念にしている。赦してもらえてはじめて前を向ける(ニヒリズムの一つの形です)。

花城あんず——特別を求める少女の本当の願い

特別になりたいと願う少女。自分の軸を持っているのに、特別になることを望み、ウラシマトンネルに興味を持つ。

自分の軸を持っているのに不安を抱き、特別なものにすがろうとする姿は、ある意味後述の川崎に似ているかもしれません。

その彼女が、カオルから「塔野カオルにとって誰よりも特別な人である」と言われ、頑張ることができるようになる。

あんずが求めていたのは特別な環境。カオルを特別に思ったのは、カオルが不幸な環境にいたから。けれどもそれに憧れるということは、あんずの「普通に努力できる」という良さを捨てることでもあります。カオルは頑張ることのできない人だから。

そして、ウラシマトンネルから帰ってきたカオルと最初から出会っていたら、あんずはカオルに興味を持たなかっただろう。そういう意味でも、ひと夏の出会いを書いた素敵な作品だと思いました。

> ポイント:軸はあるが自分を特別だと思えない。だから特別な環境を求める。特別は人と人の関係が作るもの。

川崎——軸を持つ勇気

カオルと裏表にある女性。自分の軸を持てていない。ゆえに不安を抱き、高校内の権力を持つことに執着していました。しかし権力(および暴力)に屈しないあんずを見て、「自分もそうなりたい」と感じて変わります。

あんずは確固たる軸を持っている女性です。川崎はあんずを見て、自分の軸がないから不安なのだと気づいたのでしょう。自分の軸を持つこと、変化することは周りから見て違和感があり、物笑いにされる可能性があります(実際あんずは物笑いにされていたし、川崎もそうなった)。

しかし川崎は、軸を持って生きることがカッコいいと憧れ、あんずもそれを認めた。だから川崎は笑われることに耐えられたのだと思います。

> ポイント:軸がないから権力を求める。軸を持つと笑われる。耐えられるのは認めてくれる人がいるから。


設定の面白さ(印象に残った設定)

ウラシマトンネル——名前で効果がわかるギミック

「ウラシマトンネル」という、名前を聞いただけで効果が想像できるギミックが秀逸でした。

さらにこの設定が優れているのは、入り口は『千と千尋の神隠し』の最初のトンネルを、トンネルの果ては『ハウルの動く城』の草原を彷彿とさせる描写がされている点です。文章だけなのに、読者の頭の中に映像イメージがくっきり浮かぶ。

一般小説とライトノベルの違いは「どれだけ読者に同じイメージを想起できるか」にあると思います。だとすると、ジブリ映画のような国民的作品からイメージを借りつつ味付けするのは最良の手法ではないでしょうか。

またSF効果の中でも「ウラシマ効果」は、『トップをねらえ!』をはじめ様々な作品で使われていて知名度があり、効果が広く知れ渡っているギミックです。SFギミックからこれを選んだ点も、読者にイメージしやすくという配慮だったのだと思います。

……八目迷さんの気遣いがすごいですね。


展開の面白さ(印象に残った展開)

時間計測が二人の距離を縮める

ウラシマトンネル内の時間の流れを計測する方法が、予想外に具体的で面白い。

二人で紐の両端を持ち、一人は現実世界に滞在し、もう一人はウラシマトンネル内に入る。紐の進みが遅くなったら紐を張ることで境界線がわかる。そこから境界線より先に滞在した時間と現実で経った時間の差異を見ることで、トンネル内の時間の流れを計測する。

しかもこれがカオルとあんずの最初の共同作業になって、仲良くなるきっかけにもなるという——世界観の説明と二人の距離を近づける一石二鳥の展開です。

SFの設定説明をただの情報提示で終わらせず、キャラクター関係の進展と同時に行う。この設計の巧みさには唸らされました。


言葉選びの面白さ(印象に残った言葉)

> 「結局さ、何が正しいのかなんて誰にも分かんないんだから、自分が選んだ道を全力で駆け抜けるしかないんだよ」

> 「でも、君の好意は違うんだ。それは悲劇のヒロインになりたいと願う憧憬が変質したものでしかないんだ。妹を失った僕に、なんらかのドラマ性を期待していただけなんだ。
>  ダメだよ、花城。それじゃあダメだ。
>  特別になりたいなら、僕になんか構ってちゃいけない。
>  普通に頑張れ。
>  誰にでもできて、誰にも褒められず、誰にも同情されない。
>  そういう普通をひたすら延々と地道に積み重ねた上に、特別があるんだよ。
>  君なら、それに辿り着ける。」

この台詞が、作者の伝えたかったことではないかと感じます。

「普通をひたすら延々と地道に積み重ねた上に、特別がある」——これは創作者にとっても胸に刺さる言葉です。毎日コツコツ書き続けることの先にしか、特別な作品は生まれないのかもしれません。


読後の感覚

ライトノベルに分類されているけれど、それはイラストと、作者の八目迷さんの読者に対する気遣いが行き届いているからで、本質は人生への学びもある教養小説だと感じました。私が一番好きなタイプの作品です。


創作者の視点で学ぶ — 「夏へのトンネル」に隠された3つの物語技術

① 国民的作品のイメージを「借りる」技術

ウラシマトンネルの入り口は千と千尋、出口はハウルの草原。作者はおそらく意図的に、日本人の大多数が共有する映像イメージを設定に組み込んでいます。

ライトノベルは挿絵があるとはいえ、文章メディアです。読者に同じ映像を想像してもらうのは難しい。しかし、国民的作品からイメージを借りることで、文章だけで鮮明なビジョンを読者と共有できます。

あなたの作品に活かすなら:
自作のキービジュアルとなるシーンを書くとき、「読者が知っている有名作品のどのシーンに近いか」を考えてみてください。そのイメージを下敷きにしつつ、独自の味付けをする。ゼロから映像を構築するより、遥かに確実に読者と映像を共有できます。

② 設定説明と関係構築を同時にやる

ウラシマトンネルの時間計測シーンは、世界観の説明(SF設定の紹介)とキャラクター関係の進展(共同作業で距離が縮まる)を一度に行っています。

これは優れた物語の必須条件です。設定だけを説明するシーンは退屈になりがちですが、そこにキャラクターの心情変化を重ねることで、読者は飽きることなく設定を理解できます。

あなたの作品に活かすなら:
世界観の説明シーンを書くとき、必ず「このシーンでキャラクターの関係はどう変わるか」を同時に設計しましょう。情報提示だけのシーンは、読者にとって休憩時間——つまり離脱ポイント——になりやすい。キャラクターの変化を添えることで、読者の興味を維持できます。

③「贖罪→許し→再出発」の感情設計

カオルの物語は「罪の意識で立ち止まる → 赦される → 前を向ける」という感情の流れで構成されています。この三段階は、読者に深い感動を与える黄金パターンです。

重要なのは、赦しは自分では与えられないという点。カオルは自分で自分を赦すことができなかった。妹のカレンから「許可証」をもらってはじめて、前を向けた。

あなたの作品に活かすなら:
罪を抱えたキャラクターを描くとき、「誰がその罪を赦すのか」を最初に決めてください。自分自身が赦す場合と、他者から赦される場合では、物語の構造がまったく変わります。本作のように「失った人からの赦し」は最も感動を生みますが、ファンタジーやSFの力が必要になる。その制約が、逆にウラシマトンネルという設定の必然性を高めています。


この物語を書くためにはどうすればいいかと考えてみると、何よりも題材選びが一番重要だと感じました。伝えたいテーマは持ちつつも、それを伝えるための世界観には自分のこだわりを持たない。テーマを伝えるために必要なギミックや景色を、広く一般的な国民的作品から借りてきて配置する。

「誰にでもできて、誰にも褒められず、誰にも同情されない。そういう普通をひたすら延々と地道に積み重ねた上に」この作品があるのでしょうね。

素敵な作品です。ぜひ読んでみてください。

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腰ボロ作家について
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