ひげを剃る。そして女子高生を拾う。娯楽の皮をかぶった”父性”の物語
こんにちは、腰ボロSEです。
『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』(しめさば・著)を読みました。引き込まれるように読みました。
娯楽小説かなと思って手に取ったけれど、考えさせられた。
大人の男が女子高生を拾う作品と聞くと、多くの人がエロい想像をするのではないでしょうか。ですが本作が描こうとしているのは、エロでもラッキースケベでもありません。むしろ描かれているのは、女子高生・沙優がほしかった父親の無欲の愛。それを父親的な存在・吉田さんの目線で書いているように感じました。
そんな崇高な作品を、大の大人がエロとラッキースケベを期待して手に取る——すごく現代アートチックだなあ、と。
カクヨムで公開されているものとは、全然印象が違いますね。
物語の面白さ(印象に残った変化)
変わらない主人公が周囲を変える
実は主人公の吉田の内面は、ほとんど変化していません。これが面白い。
もちろん定時に帰るようになるという生活の変化はあります。しかし読者から見ると、吉田が働いているシーンは描かれていないため、仕事熱心な姿を想像しにくい。つまりこの作品は、吉田を主人公に据えながら、周りの人間の成長を描いた物語なのです。
第1巻においては、吉田が沙優を拾ったことで定時帰宅を始めるという環境変化を経て、沙優・後藤さん・柚葉の三人に変化が起きます。
主役は沙優です。愛想笑いをずっと浮かべていた彼女が、次第に自分の感情をあらわにするようになり、不安や弱さを吉田に明かすようになった。この変化が印象に残りました。
主人公の内面は変化させず、環境を変化させ、それにより周りの女性の気持ちが変化するというスタイル。ラブコメってこうやって書くのかと感心してしまいました。
※見直したら、吉田にも感情変化がありました。「ここにいていいぞ」が「ここにいてくれないか」になるまでのストーリー。上から目線が対等目線に変わる——これは吉田の物語でもありますね。
設定の面白さ(印象に残った設定)
吉田という「完璧な父性」の設計
実は主人公の吉田自体が、壮大な設定のように感じます。
第1巻で一番救われたのは沙優で、沙優を救うために吉田の家族のような無条件の優しさも、無欲なところも必要だった。吉田ってそういう意味で完璧な人なんですよね。物語を通して何も変わる必要がないほどに。
そして吉田が持っている完璧さって、ライトノベル読者にも一定数いると思われる「優しいけどモテない人たち」はみんな持っています(私もね……)。
「これ俺じゃん……」と思った人も多いのではないでしょうか。そう思った人はみんな、優しさという点においては完璧なんですよ(私もね……)。
だからこそ吉田に感情移入できた人が多かったのだと思います。
あとはどうでもいい話ですが、しめさばさんという作家さんのPN自体が布石に思えて仕方ない。なんだか後藤さんのように感じるのです。
> 人気マンガ「東京タラレバ娘」(東村アキコ)で話題になったワード「〆鯖女」。サバサバした大人な女のフリをしながら、本当は誰よりも生臭い(人とのふれあいを求めている)女性のこと。
後藤さんは「〆鯖女」な気がする……どうでもいいですけど。
展開の面白さ(印象に残った展開)
視点移動という「答え合わせ」
前半8割は吉田の視点から、沙優と柚葉の行動の不審な点を匂わせつつ物事を描きます。そして後半1割で沙優と柚葉に視点を移動させ、それぞれの本当の思いを書く——答え合わせの構造です。
沙優に対しては、吉田から最後に一種の回答を出すところまでが1巻でした。
優しさは与えられるだけだと不安になる。見返りが必要なはずだ。 無償の愛を体験したことがない人は、そう思うようになるのかもしれない。これはキャラクターの感情のストックとして持っておきたい知見ですね。
ただし、この視点移動は功罪があります。3人分の視点移動が行われるため、読者としては結構な負担です。どんなに上手くても、視点移動が繰り返されるとテンポが落ちる。この小説を読んだからこそ知ることができた教訓でもあります。
言葉選びの面白さ(印象に残った言葉)
タイトルの衝撃
「ひげを剃る。そして女子高生を拾う。」というタイトル。時系列としては逆なんですよ、この話。ですが「ひげを剃る」を先に持ってくることで、主人公が社会人で、しかもおっさんであるという印象が与えられ、「女子高生を拾う」ことによる背徳感を表現しています。
時系列を逆にするだけでインパクトが跳ね上がる——タイトルの技法として覚えておきたい手法です。
読みやすさという武器
本文はとにかく読みやすい。私が2時間で読める本は珍しいです。この読みやすさがあるからこそ、後半の視点移動にも耐えられました。
※恋愛小説はだいたい8割進んだところでヒロインに視点が変わり、答え合わせするケースが多いですが、本作は3人の視点移動が行われます。
吉田の察する力が見える一文
> 自分が相手にどう見られているか。何を求められているのか。そういう他人からのものさしに怯えながら、ここまで来たのだろう。
吉田の察する能力を示す文であり、沙優の答え合わせにもなる一文です。社会人としての示唆に富んだ字の文が、このライトノベルの知的な背骨になっています。
読後の感覚
読後思い返してみると、この物語は「家族」の物語でした。血の繋がらない二人が、擬似的な家族関係を築いていく。沙優がほしかったのは恋人ではなく、安心できる居場所だったのでしょう。
ライトノベルだけど、これはアートだ。最初に感じた言葉を、読了後も変える必要はありませんでした。
創作者の視点で学ぶ — 「ひげひろ」に隠された3つの物語技術
①「変わらない主人公」という構造の力
ラブコメの主人公は成長するもの——という固定観念がありますが、吉田はほぼ変わりません。彼は触媒であり、「変わる必要がないほど完成された人間を配置し、その人を通して周囲が変わる」という構造。
これは実は難易度の高い技法です。主人公の内面変化に頼れないため、周囲のキャラクターの変化だけでドラマを生む必要があるからです。
あなたの作品に活かすなら:
主人公を「変わらない人」として設計し、彼/彼女と関わった人々が変化する物語を考えてみてください。この構造のメリットは、読者が主人公に安心感を持てること。嵐の中の灯台のように、主人公がブレないからこそ、周囲の変化が際立ちます。
②「読者の期待を裏切る」テーマ設定
タイトルと表紙から「エロコメ」を期待した読者に、「父性」と「無償の愛」を差し出す。これは商業的にリスクがありますが、期待と実際のギャップが大きいほど、読了後の衝撃も大きくなるという法則を示しています。
あなたの作品に活かすなら:
ジャンルの「お約束」をあえて裏切る要素を、テーマレベルで1つ仕込んでみてください。ファンタジーなのに本質は労働小説、学園ものなのに核心は家族の再生——ジャンルの皮をかぶせたまま別のテーマを描くことで、「こんな作品は初めてだ」という読後感を生み出せます。
③ 視点移動は2回まで——「答え合わせ」の適正量
本作は3人分の視点移動をしますが、正直に言うと読者としてはやや負担でした。恋愛小説の視点移動における教訓は明確です。
• 1回目の視点移動:メインヒロインの答え合わせ → 強い効果
• 2回目の視点移動:サブキャラの補足 → まだ許容範囲
• 3回目以降:テンポが落ちるリスクが急増
あなたの作品に活かすなら:
後半の「答え合わせパート」を設ける場合、視点移動は最大2回に絞りましょう。それ以上やるなら、各視点パートをごく短くするか、新情報の密度を極端に上げて読者の退屈を防ぐ工夫が必要です。
大人が女子高生を拾う。文字面だけ見れば不謹慎ですが、そこに描かれていたのは、人間が人間を大切に思う、ごくまっとうな感情でした。ぜひ読んでみてください。






