現代社会で「ファンタジー(非日常)」を必要としない人々の心理と構造(ファンタジー心理学 第3回)

2025年8月29日

「ファンタジーと読者の心理学」をテーマにした連載も、今回で第3回となります。
第1回ではファンタジーへの憧れを「海外移住」に例え、第2回では物語への逃避が心を守るための「防衛機制(安全装置)」であることを解説してきました。

今回は視点を大きく変えてみましょう。
世の中には、「ファンタジー小説や異世界ものに全く興味がない。読みたいとも思わない」という人がたくさんいます。彼らにとって、魔法やモンスター、ステータス画面といった要素は、むしろ物語に入り込むノイズにしかなりません。

彼らは一体、どのような心理状態で毎日を生きているのでしょうか?
そして私たちファンタジーの創作者は、あえて「ファンタジーを必要としない人々」の心理構造から、何を学ぶことができるのでしょうか。

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日常に満足している人の「欲求」の構造

ファンタジー(非日常への逃避)を必要としない人々の最大の特徴は、「現実世界(日常)の中である程度以上の心理的な満足を得ている」という点にあります。これを説明するために、心理学で有名な「マズローの欲求5段階説」を使って考えてみましょう。

マズローの欲求階層説から見る「承認」と「自己実現」

マズローの理論では、人間の欲求はピラミッド状になっており、下位の欲求が満たされると上位の欲求が現れるとされています。

1. 生理的欲求(生きたい)
2. 安全の欲求(安心して暮らしたい)
3. 社会的欲求(集団に属したい、仲間が欲しい)
4. 承認欲求(他者から認められたい、尊敬されたい)
5. 自己実現欲求(自分の能力を発揮して、なりたい自分になりたい)

前回の記事で、ファンタジーは「現実で傷ついた心の防衛機制」だとお話ししました。ブラック企業での労働や孤立などにより、現実世界で3(社会的欲求)や4(承認欲求)が著しく損なわれている状態の時、人は物語の力を使って、強制的にそれらを満たそうとします。

しかし、「現実でファンタジーを必要としない人」というのは、仕事や家庭、趣味のコミュニティなどの「現実世界」の活動を通じて、この4(承認)や5(自己実現)の欲求をある程度自力で満たせている人たちです。

現実世界でレベルアップできている人たち

「仕事で成果を出して上司や顧客から褒められた(承認欲求の充足)」
「休日に続けている草野球チームでレギュラーになれた(社会的欲求と自己実現の充足)」

彼らは、現実という名のRPGにおいて、きちんと経験値を稼ぎ、レベルアップし、適切な報酬(給料や他者からの称賛)を得るというサイクルを回せています。
そのため、わざわざ脳内のリソースを使って「異世界に転生してチート能力で村人にちやほやされる」という仮想の報酬(逃避)を得る必要性がないのです。現実の自分の人生そのものが、すでに適度な難易度と報酬バランスを持った良質なゲーム(物語)として成立しているからです。

非ファンタジー層が好む「リアルな物語」の正体

では、現実の欲求が満たされている彼らは、小説や漫画といったエンターテインメントを全く必要としないのでしょうか?
もちろんそんなことはありません。彼らもまた読書や映画を楽しみますが、「好むジャンル」と「物語への向き合い方」がファンタジー読者とは大きく異なります。

異世界よりも「お仕事小説」や「現代恋愛」を好む理由

現実充実層(非ファンタジー層)が好む傾向にあるのは、「お仕事小説」「経済小説(池井戸潤作品など)」「リアルな現代恋愛」「ヒューマンドラマ」といった、現実世界と地続きの地道な物語です。

彼らは物語に対して、自分ではない誰かへの「変身(リセット)」や、別世界への「逃避」を求めているのではありません。彼らが求めているのは、「現実を生きる自分の人生の解像度を上げてくれる、少しだけ特別な他人の人生の追体験」です。

「銀行員ってこんな裏事情があるんだな。明日のプレゼン、主人公みたいに強気でいってみようかな」
「この夫婦のすれ違い、ちょっと昨日の自分たちに似てるかも。帰ったら妻に優しくしよう」

彼らは物語から得た知識や感情の動きを、ダイレクトに「自分の現実の生活(明日の仕事や人間関係)」にフィードバック(還元)させることを楽しみにしています。だからこそ、現実世界から乖離した「魔法」や「ゴブリン」が出てくると、自分の現実にフィードバックしづらくなり、「共感できない」とシャッターを下ろしてしまうのです。

共感のベクトルが「逃避」ではなく「追体験」に向かう

ファンタジー読者の共感が「主人公に自分自身を完全に重ね合わせる(憑依する)」ベクトルに向かうのに対し、非ファンタジー層の共感は「主人公という自分とは別の『面白い人間』の隣に立って、その人生を観察する(追体験する)」ベクトルに向かいます。

そのため、主人公が最初から無条件で最強(チート)であると、かえって「現実味がなく、人間としての面白み(葛藤)がない」と評価されてしまいます。彼らは、現実と同じように主人公が悩み、失敗し、それでも自分なりの答えを見つけていく「泥臭いプロセス」そのものを味わいたいのです。

創作者が彼らから学べる視点

さて、ここまで「ファンタジーを必要としない人々」の心理を見てきました。
「じゃあ、ファンタジーを書いている自分には関係ない話だな」と思ってしまうのは勿体ないです。実は、彼らが求める「リアルな物語の構造」をファンタジー小説の設計に取り入れることで、あなたの作品は「一段階上の、普遍的な名作」へと進化する可能性を秘めているからです。

「もし魔法がなくても面白いか?」という究極の問い

あなたの書いているファンタジー小説から、一時的に「魔法」「魔王」「エルフ」「ステータス」といったファンタジー要素をすべて取り除いて、ただの現代の日本に置き換えたと想像してみてください。

残ったキャラクターたちの人間関係や、彼らが抱えている「心の悩み」「目的」だけで、物語は面白く成立するでしょうか?

• (例)「魔王を倒す」という目的を外しても、「期待に応えられずプレッシャーに潰れそうな少年が、本当の親友を見つける話」として成立しているか。

• (例)「魔法学校でのバトル」を外しても、「価値観の違うライバルと衝突しながら、お互いを認め合っていく青春ドラマ」として成立しているか。

名作と呼ばれるファンタジー(例えば『ハリー・ポッター』や『鋼の錬金術師』など)は、実はこの「ファンタジー要素を剥ぎ取っても、普遍的なヒューマンドラマとして極めて面白い」という骨格を持っています。だからこそ、普段はファンタジーを読まない層(現実充実層)をも巻き込んで大ヒットするのです。

ファンタジーキャラに「現実的な動機」を付与する

異世界という非日常の舞台であっても、キャラクターが行動する動機(モチベーション)は、現代の私たちが共感できる「リアルで人間臭いもの」にしておくことが重要です。

「世界を救うため」という高尚すぎる(非現実的な)動機だけではなく、「田舎の妹に仕送りをするため」「上官(騎士団長)に認められたいから」「ただ温かいご飯をお腹いっぱい食べたいから」といった、マズローの欲求階層の下位・中位に根ざした泥臭い動機をキャラクターに持たせてみてください。

これだけで、キャラクターに圧倒的な実在感が生まれ、ファンタジーの世界が単なる「逃避先」から、「血の通った人間が生きている世界の追体験」へと昇華されます。

まとめ:対極の価値観を知ることで、世界観の底が深くなる

第3回では、「ファンタジーを必要としない人々(現実充実層)」の心理と、そこから学べる創作のヒントを解説しました。

日常に満足している人は、現実世界で承認欲求や自己実現を果たせているため、逃避を必要としない。

彼らが物語に求めるのは、別世界への「リセット」ではなく、現実の人生に還元できる「他者の追体験」である。

ファンタジー要素を剥ぎ取っても成立する「リアルな人間の葛藤(泥臭い動機)」を組み込むことで、作品の普遍性は劇的に高まる。

逃避を求める読者のための「安全なシェルター(第2回)」としての機能は維持しつつ、そこに「リアルな人間の息遣い」を混ぜ込むこと。この絶妙なバランスこそが、多くの読者を熱狂させる名作ファンタジーの条件と言えるでしょう。

さて、いよいよ次回(第4回)は本シリーズの最終回です。
読者の心理から離れ、「大ヒットファンタジーを生み出せる作者(クリエイター)自身のメンタリティ」について考えます。「日常を楽しむ力」が、なぜ非日常を描く最強の手札になるのか。物語を創り出す私たちの心根に迫ります。

お楽しみに!

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