「エンドロールの歌詞を先に書く」が創作者に刺さる理由|長久允『脚本の教室』のヤバい第3講
「キャラより先に、プロットより先に、エンドロールの歌詞を書け。」
今回のテーマは「シド・フィールドにもSAVE THE CATにも載っていない、書き手の本音に最も近い創作メソッド」についてです。
きっかけは、Xで偶然見かけたこのポストでした。
今読んでる脚本の書き方の本、まず創作のネタに初期衝動を認識した後に「次はエンドロールの歌詞を書きましょう」って出て来て爆笑してる
こんな創作者に寄り添った創作術の本初めて見た
引用元は、長久允(ながひさ・まこと)監督による著書『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』。リプ欄を覗いてみると、「これは本当にそう」「自分もやってる」「分かりすぎて泣いた」という共感の声がずらりと並んでいました。書き手たちが密かに抱えていた「変な癖」が、はじめて活字になった瞬間だったわけです。
なぜ「エンドロールの歌詞を先に書く」が、これほど創作者の心を撃ち抜いたのか。今日はその理由を、私たち書き手が自分の小説や脚本にそのまま使える形に翻訳しながら整理していきますね。
まず本のメソッドを確認しよう
該当ページ(Lesson 3 エンドロールの歌詞を書く)には、こう書かれています。
Lesson2でお伝えした通常のやり方では、執筆序盤でキャラクターを膨らませたり、プロットを書き進めたりしたと思います。
しかし私はそれをまだやりません。セリフもまだ書きません。
本当に謎の行動だと思われるのですが、ここでエンドロールの歌詞を書きます。
私はエンドロールが異常に好きなのです。エンドロールの歌詞はとても大事です。
その映画を観たときに、どういう気持ちで席をあとにしてほしいのか、それはラストカット、もしくはエンドロールによるものが大きいと感じています。
エンドロールは映画の伝えたい感覚が凝縮されています。
順番をまとめると次の通りです。
1. Lesson 1:創作の初期衝動(なぜ書きたいのか)を認識する
2. Lesson 2:題材と音楽(聴き漁ったサブスクの中から「これだ!」と感じた曲)を組み合わせる
3. Lesson 3:プロットより先に、エンドロールに流れる歌詞を書く
4. (これ以降にようやくキャラとプロットの本格的な肉付けに入る)
普通の脚本術の本——シド・フィールドでも、SAVE THE CATでも、シナリオ・センター式でも——は、「キャラクター設定」と「三幕構成」をまず固めるところから始まります。長久監督のやり方は、その王道とは順序が逆さまになっているわけです。
なぜこれが「創作者に寄り添っている」と評されたのか
X上の反応を観察していて気づいたのは、共感している人たちが口を揃えて「自分も似たことをやっている」と言っていることでした。
• 「映画を観終わって余韻にひたっている時間が一番好き」
• 「主題歌を脳内で流しながら書いている」
• 「最後の一行から逆算して書く」
• 「読後感が決まらないと一文字も書けない」
つまりこの本は、多くの創作者が「やってはいるけれど、誰にも教わっていない手順」を、はじめて教科書として明文化してくれたわけですね。だからこそ「分かりすぎて爆笑」という反応が生まれます。
書き手の本音を言えば、プロットより先に「読み終わったあとの感情」のほうが鮮明にイメージできていることは、本当によくあるんです。私自身、小説を書くとき「ラストでこのセリフを言わせたい」「この曲が脳内で流れたまま終わってほしい」という像が一番先に降りてきて、そこから逆算してプロットを組むことのほうが多い。
長久監督はそれを「謎の行動だと思われるのですが」と前置きしつつ、堂々と推奨してくれている。これは創作者にとって、「あなたのやり方は変じゃないよ、それが正解の入口だよ」と言ってもらえた感覚に近いのではないでしょうか。
「ラストカットから書く」が物語にもたらす3つの効果
ではなぜ、エンドロールの歌詞を先に書くと物語が良くなるのか。私なりに整理すると、効果は3つに分かれます。
① 読後感の解像度が上がる
普通にプロットから書くと、ラストは「これまでの積み上げから論理的に導かれる結末」になります。それは正しいのですが、読者が席を立つときに胸に残っている感情は論理では設計できません。
歌詞を先に書くということは、「読者の胸に最後に残す一行」を最初に決めるということです。ラストの感情が決まれば、そこに向かって全シーンが整列します。 プロットから書くと「結末がぼんやりした作品」が量産されてしまうのは、ここが空欄のまま走っているからではないでしょうか。
② 不要なシーンが自動的に削れる
エンドロールに流れる歌詞には、その物語が「最終的に何を伝えたかったのか」のエッセンスが凝縮されます。
例えば歌詞が「君に出会えてよかった」というテーマだったら、「君と出会わなかった世界線の話」は一切要らないと判断できる。歌詞が「振り返らずに進む」だったら、「過去を懐かしむシーン」は省略していいと分かる。
これはプロットから書いていると絶対に発生しないフィルターで、ラストの一行から逆算してこそ機能する取捨選択です。書きすぎ問題に悩む人ほど、この順序の効果が大きいと思います。
③ 書いている途中の自分が迷子にならない
長編を書いていて一番つらいのは、「自分はいま何を書いているんだっけ?」と分からなくなる中盤の沼です。最初にエンドロールの歌詞を書いておくと、その歌詞をBGMがわりに脳内で流しながら執筆を続けられるようになります。
これは思っている以上に効きます。中盤の沼で迷ったとき、「あの歌詞のラストに繋がる選択はどっちか?」と問うだけで、進むべき方向がほぼ決まる。創作者を一人で歩かせない、内蔵コンパスのような装置として機能するわけですね。
あなたの物語に活かす:「エンドロール置き」3ステップ
実際に小説や脚本でこの手法を使う場合、私はこの3ステップで運用するのをおすすめします。
ステップ1:作品に流したい1曲を決める
長久監督のLesson 2と同じく、まずサブスクを掘って「この物語の終わりに流れていてほしい曲」を1曲決めます。タイアップ曲ではなく、自分だけの脳内エンディングテーマで構いません。書いている期間中、執筆前にこの曲を1回聴く習慣を作ると、世界観が安定します。
ステップ2:その曲が呼び起こす感情を歌詞っぽく書く
実際に作詞しなくて大丈夫です。4〜8行のメモで十分ですので、その曲を聴きながら浮かんだフレーズや情景を書き留めてください。
例えば——
• 「振り返ったらもう、あの日の自分はいなかった」
• 「ありがとう、と言えないまま電車が出てしまった」
• 「次に会うときには、別の名前で呼んでほしい」
ような短いフレーズの羅列で構いません。これがあなたの物語の「最後に残す感情」のコンパスになります。
ステップ3:そのコンパスに合わない描写を削る
執筆中、迷いが出たら毎回ステップ2のメモを見返してください。そこに書かれた感情と矛盾するシーンは、どれだけ書きやすくても削るのがコツです。
逆に、書きにくいけれどコンパスとピタリと合うシーンは、何時間かかっても残す。これだけで物語の余韻は別物になります。
「初期衝動 → エンドロール」という設計思想
長久監督の本の構造でもう一つ注目したいのは、Lesson 1の「初期衝動を認識する」と Lesson 3の「エンドロールの歌詞を書く」が、物語の入口と出口を最初に固める設計になっていることです。
| 工程 | やること | 物語の中での位置 |
|---|---|---|
| 入口を決める | 初期衝動の認識(Lesson 1) | なぜこの話を書きたいのか |
| 出口を決める | エンドロールの歌詞(Lesson 3) | 読み終えた読者にどう感じてほしいか |
| その後 | キャラとプロット | 入口と出口を結ぶ橋を作る |
普通の脚本術が「橋(プロット)」から作り始めるのに対して、長久メソッドは両端の岸を先に固めるのですね。橋というのは両岸が決まっていれば自然に架けられるもので、両岸が決まっていないと一生かけても完成しません。
これは小説でも、シナリオでも、漫画原作でも、エッセイでも——物語と名のつくあらゆる創作に応用できる思想だと感じます。
まとめ:「変な順序」こそが創作者に寄り添う
整理すると、『脚本の教室』のLesson 3が創作者に刺さった理由は3つに絞られます。
1. 多くの書き手が密かにやっていた手順を、初めて明文化してくれた
2. 「エンドロール(ラスト)」を最初に置くことで、読者の余韻まで設計できる
3. 入口(初期衝動)と出口(エンドロール)を先に固めるので、書いている途中で迷子にならない
「セオリー通りにキャラとプロットから組まないと駄目だ」と思い込んで筆が止まっている方は、一度長久監督のメソッドを試してみてください。あなたが書きたかった物語は、もしかすると最初からラストカットの形をしていたのかもしれません。
書ける気がしてきましたか? もし悩むことがあったら、このブログにまた戻ってきてくださいね。
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