「いつか専業になる」と言い続けて——兼業作家12年目の結論
こんにちは。腰ボロSEです。
このシリーズでは、転職と執筆時間の関係、IT企業での経験が創作に還元される話、副業作家の税務や就業規則の壁、そして作家の年収のリアルな算数を書いてきました。最後に、それらを全部踏まえた上で、兼業作家12年目の人間が今どう考えているかを書きます。
「いつか専業になりたい」と思っていた時期
正直に書くと、書き始めた頃は専業作家になりたいと思っていました。
朝起きて、コーヒーを淹れて、机に向かって、1日中小説を書く。締め切りに追われることはあっても、それは「自分の物語のための締め切り」であって、誰かのシステムの納期ではない。夕方になったら散歩して、本屋に寄って、夜はまた書く。そういう生活を想像していました。
会社で理不尽な会議に出ているとき、通勤電車に揺られているとき、「いつかこの生活から抜け出す」という気持ちが支えになっていた時期がありました。
専業作家の現実を見た
その幻想が揺らいだのは、商業デビューしている同世代の作家たちの話を聞くようになってからです。
ある人は、年に3冊出しているのに生活が苦しいと言っていました。初版部数は減り続けていて、増刷がかかるのは10冊に1冊。印税だけでは家賃と光熱費で消えると。電子書籍の収入を合わせても、年収は200万円台。国民健康保険と国民年金を自分で払い、退職金はない。
別の人は、専業になった直後に新刊の企画が通らなくなり、半年間収入がゼロだったと話していました。「書けない」のではなく「書いても出せない」状態。出版社の事情で刊行スケジュールが延期になったり、レーベルの方針が変わって企画が塩漬けになったり。自分ではコントロールできない要因で収入が途絶える恐怖は、想像以上のものだったそうです。
これらは極端な例ではなく、むしろ典型的な例です。専業で安定して食べていけている作家は、新人賞の受賞者リストの中でもごく一部。「専業」という言葉の響きの良さと実態の間には、かなりの距離があります。
兼業の「弱さ」は「強さ」だった
30歳を過ぎたあたりから、考え方が変わりました。
兼業の最大の弱さは「時間が足りない」ことです。専業作家が1日8時間書けるところを、兼業は2〜3時間しか書けない。年間の生産量は半分以下。チャンスを掴むスピードも、成長の速度も、物理的に遅れます。
でも兼業の強さは「失敗しても生活が壊れない」ことです。
新作が売れなくても、翌月の給料は振り込まれます。企画が通らなくても、社会保険は会社が半分払ってくれます。この安全網のおかげで、「売れるもの」ではなく「書きたいもの」を選ぶ余裕が生まれる。
マーケットの需要に合わせて書かなければ収入が途絶える状況と、需要に関係なく書きたいものを書ける状況。長い目で見たとき、どちらがより良い作品を生む可能性があるか。私は後者だと思うようになりました。
「二足のわらじ」の摩耗
ただし、兼業を美化するつもりもありません。
12年間、本業と創作の両立を続けてきて、正直に言えば「消耗」しています。体力的な意味ではなく——もちろん腰は壊れていますが——精神的な意味で、ふたつの世界を行き来し続けることの疲労があります。
月曜から金曜はSE。夜と週末は作家。頭の切り替えにはエネルギーが必要です。会社でシステムの設計を考えた脳を、帰宅してから物語の設計に切り替える。その切り替えのコストは、年を重ねるにつれて大きくなっている気がします。
若い頃は「2つの世界を持っている自分」にどこか誇りがありました。でも40歳に近づくと、「どちらも中途半端なのではないか」という疑念が湧いてくる瞬間があります。会社では「本気で昇進を目指していない社員」だし、作家としては「専業ほどの覚悟がない書き手」だと、自分で思ってしまうことがある。
この疲労は、ライフハックでは解決できません。根幹にあるのは「ひとつに絞れない」という性格の問題であり、それは弱さでもあり、正直に言えば自分らしさでもあります。
12年目の結論
ここまで書いて、結論を求められていることに気づきます。
「結局、兼業がいいの? 専業を目指すべきなの?」
答えは、「どちらでもいい」です。身も蓋もない結論ですが、本当にそう思っています。
専業に向いている人はいます。生活のすべてを創作に捧げる覚悟があり、収入の不安定さに耐えられるメンタルと、最低限の貯蓄がある人。そういう人は専業になったほうが、作品の質も量も上がるでしょう。
兼業に向いている人もいます。安定した収入がないと不安で書けなくなるタイプ。会社員としての経験が作品に還元される実感がある人。「書くこと」を「生計手段」にした瞬間に楽しくなくなりそうだと感じる人。
私は後者です。12年かけてようやく認められるようになりました。
「いつか専業になる」と言い続けて、12年経って気づいたのは、「その"いつか"は来なくていい」ということです。兼業であることは逃げでも妥協でもなく、自分にとって最も長く書き続けられる形だった。
年間の生産量は専業の半分以下かもしれません。でも「書き続けていること」自体に価値がある。完走しなかった50本より、完走した5本のほうが意味がある。12年で積み上げた作品群は、速度は遅くても確実に増えています。
最後に、これからの話
このシリーズでは、職場の選び方、仕事経験の還元、副業の壁、お金のリアルを順に書いてきました。どの記事にも共通しているのは、「創作を続けるために、創作以外のことを設計する」という発想です。
格好よく言えば「創作者のキャリア戦略」ですが、実態はもっと泥臭い試行錯誤の連続です。転職に失敗したこともあります。確定申告を間違えて修正申告したこともあります。年収が下がって妻に心配をかけたこともあります。
それでも書き続けている。書くことをやめなかった。それが12年の、ただひとつの成果です。
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で、ランバ・ラルが「戦いとは、いつも二手三手先を考えて行うものだ」と言っていました。キャリアも同じです。でも私が付け加えるなら、「二手三手先を読みながら、今日の1行を書く」ことが兼業作家の本質ではないかと思います。
ここまでシリーズを読んで頂きありがとうございました。何かひとつでも、あなたの「書き続ける」の支えになれば嬉しいです。
さて、今日も物語を書きましょう。腰は壊しても、筆は折らない。
腰ボロSE




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