凪良ゆう『流浪の月』感想

2022年6月20日

2022年5月13日映画公開! ! 
監督:李相日 
主演:広瀬すず 松坂桃李
横浜流星 多部未華子ほか出演

2020年本屋大賞受賞作 
愛ではない。けれどそばにいたい。
新しい人間関係への旅立ちを描いた、
息をのむ傑作小説。

あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい――。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

流浪の月
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Contents

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感想

「理解のある彼くん」の物語を、第17回本屋大賞受賞レベルの読みやすさで表現したもの。

 一言でこの物語を表すなら上記の一文となる。理解のある彼くんの物語とは、Twitter上のweb漫画で人気を博したタイプの作品だ。

 理解のある彼くんとは、何かしらの個性(病気や価値観など)により常識的な生活を送れない女性に対し、彼女のあらゆるわがままを許しありのままを許す男性のことである(私は〇〇という病気で、このように日常生活がまともに送れない。けれどそんな私にもパートナーがいます、という流れで紹介されるパターンが多い)。

 男性目線でみれば、それは見た目や財力やトーク力に乏しい男性が、高嶺の花に手を伸ばすのではなく、自分の手の届く範囲の女性とお付き合いするために試行錯誤した結果に見える。

 つまり自分自身の意志や感情を押し殺して、試行回数1分の1を外さないよう彼女の全てを肯定してあげるやり方である。この方法の落とし穴としては、男側が幸せになる可能性が低いことだ。男性側は性欲を前面に出さないことが求められる。ただし女性側が求めるなら応えなければいけない。

 私自身もかつて「理解のある彼くん」だったことがある。私が当時の自分を振り返り、何が自分をそうさせたのかを考えてみると、世間からの結婚圧力や最悪のケースを想定した場合の先回りであった。

 例えば相手が何かしらの病気を抱えていた場合、その相手は簡単に精神的な傷を負うかもしれない。相手が精神的な傷をおった場合、賠償問題に発展しかねない。

 私自身も病気を持っているのだが、女性のわがままに付き合った結果私の病気が多少悪くなっても賠償問題にはできないだろう。むしろ美談として語られるかもしれない。まだまだ男女の権利格差は大きい。男性は自分を傷つけても女性を守るべきで、女性を訴えるような男性は女々しく弱いという判断をされる。

 「理解のある彼くん」でいることが辛かったかといえば、もちろん好きという気持ちもあり、辛いだけではなかった。だが年単位のすれ違いが続けば想いは弱まるし、あとは世間体と責任感で付き合うことになる。

 まとめると、「理解のある彼くん」とは、ワガママな女性をありのままに受け入れ、性的な凶暴性を持たない男性のことである。

 そうなるには男性側にも理由がある。試行回数1分の1を外さないよう、自分を押し殺して女性のわがままを受け入れている。そのあとに性的な欲望を満たしたい狙いもあるだろう。だが、「理解のある彼くん」の物語では、そうした打算的な理由は描かれない。

 描かれるのは逃げ場を奪われ、女性を理解せざるを得ない状況に追い込まれた男性の姿である。

 流浪の月に登場する彼くん、佐伯文も、複雑な背景を持つ。清潔感のあるイケメンで童顔、決まった時間に決まった家事をするというリズムのある(行動が予想のつく、保守的で安心な)男性だ。そして佐伯文は幼い子供しか愛せない事情があった。大人の女性に対する凶暴性のない文は、理想の「理解のある彼くん」だ。

 

 ヒロインの更紗は幼い頃に父親を失い、母親は不倫して出て行き、叔母の元に預けられた。従兄弟からの性暴力を受け、男性恐怖症に陥っていた彼女は、佐伯文の家についていき、リズムのある文の生活をかき乱して消えた。それにより更紗は幼女誘拐事件の被害者となり、文は誘拐犯となった。文は刑務所に入り苗字を変えざるを得なくなる。だが文はそれを許した上で更紗にまた会いたいと願う。

 更紗はお淑やかさを身につけ、素の自分を押し殺して生きた結果、DV癖のある男性の恋人におさまっていた。だが文のことを忘れていない。

 この物語は一見、悲しい過去をもち、初恋を忘れられない男女が再び巡り合いつながっていくラブストーリーに見える。

 物語の各所に散りばめられたお洒落な小物や料理が美しくストーリーを彩ってもいる。

 だが読後感は「理解のある彼くん」の漫画のそれだ。

 この物語が本屋大賞に選ばれたのは、男性本位の物語から女性本位の物語へ時代が転換したことを示している。

 正欲も同じテーマを描いているが、これは男性本位の物語であった。奇しくも同じ時代に異なる目線から、他人を理解する物語が描かれたことがなによりも面白い。

 ふたつの作品を読み比べると、今の時代が理解できる。人と人との繋がりはどんどん身勝手で、都合良いことを望むようになっている。これは現代人があまりに恵まれている証拠である。生活のあらゆる問題を解決し、最後の最後に残ったのが恋愛関係の最適化なのだ。

 どんなにインフレが進んで金銭的に苦しくなろうとも、あらゆる時代のどんな人々よりも現代人は幸せなのだ。

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 私自身はこの本が大好きという女性とは結婚したくないです。同様に女性も、正欲が大好きという男性とは結婚したくないでしょう。気づいてしまったもの同士はつながれない。この2冊の本は、便利であらゆるものが手に入るようになった現代の恋愛について、開かれた目線をもっているかの試金石になります。どちらかの作品の描き出す世界がただ美しく思えたなら、あなたはそのまま生きてほしい。どちらかの作品に気持ち悪い願望を感じ取ったなら、あなたは現実でたくさんのコミュニティに入ってみてほしい。現実にはネットや本が描く絶望的な世界以外も広がっている。最後に。もしどちらかの作品の当事者となっているのなら、これらの物語に対して感想をコメントしてほしい。これらの物語が描く生ぬるい幸せについてどう感じるか、生の声を聞いてみたいと感じます。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
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Posted by QTK